表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
21/21

第一部 エピローグ

 もうすぐ、この果てしない階段の先に空が見えるんだと思うと、不思議な気持ちになるよ。


 あの日、冷たい石の上で目を覚ましたときは、誰とも会わずにただ朽ちていくだけだと覚悟していた。それが今じゃ、皆と歩き、語り合い、笑ってさえいる。もっとも、僕は笑う表情が無いのだけれど。

 ……夢みたいだね。いや、夢よりもずっと手応えがある気がする。


 僕は、少しは強くなれたと思う。かつての僕ではとても耐えられなかったような戦いの中でも、なんとか立っていられるようになった。

 君が最初に、そばにいてくれたからだ。本当に有り難う。光も温もりもないこの世界で、君や皆を背に立って戦えること――それが今の僕の、誇りなんだ。


 さて。地上に出たら、何が待っているのかな。

 生きている人たちは、僕たちをどう見るだろう。怖がられて、怒られて、追われるかもしれない。

 だからできるだけ、最初は静かにしていようと思う。騒ぎはごめんだし、何より、皆を危険な目に遭わせたくない。


 ……でも、もしも世界が少しだけ優しかったなら。

 皆が「こうありたい」と思えるような生き方を、叶えられるといいな。僕は、そのそばにいたいと思ってる。


 ニャスカ。君は、これから何をしたい?


    ◆


 あー、たしかに。言われてみりゃ、ヘンな気分だな。

 最初はただ、ワケの分かんねぇ洞窟から出られりゃそれでいいと思ってたけど…… まさか、こんなヘンな連中と一緒に歩いてるとはな。


 ま、アンタがちょっとはマシになってきたのも、このニャスカ様のおかげってわけだ。感謝しな。

 正直まだまだだけど、ちったぁ頼りにしてるぜ。アタシの家来としてな。


 それに……アンタがいなかったら、アタシ、どっかで頭ぶっ壊れてたかもしれない。

 ありがとよ。言っとくけど、何回もは言わねーからな。


 さて、と。地上に出たら何をするかって話だけど、アタシは決めてる。

 冒険者ってやつも悪くない。腕を試せるし、宝探しもけっこう楽しいしな。

 そんで、稼げるだけ稼いで、マッドキャッツを復活させるんだ。でっけぇ盗賊団に戻すのさ。


 でもって、盗っていいもんと、盗っちゃいけねぇもんの区別がつかねぇようなクズどもを、片っ端からぶっ飛ばす。

 死んでようがなんだろうが、アタシの流儀は変わらねぇ。

 ……だから、ジル。アンタもちゃんとついてこいよ。途中でくたばったりすんな。

 このニャスカ様が、もう一度、この腐った世界を叩き直してやるんだからさ。


    ◆


 あぁ、もちろんだよ。僕も、ニャスカの夢を手伝いたい。

 ただその……マッドキャッツがまた暴れまわって、騎士団が頭を抱えるようなことになったら、ちょっとだけ手加減してほしいとは思うけど。

 でも、騎士団だけじゃどうにもならない悪が、この国には確かにある。

 少し複雑な気持ちだけど、君の目指すものを、僕は応援したいと思ってる。


 みんなの夢も、気になるよね。

 例えばロラン。彼のいう「貧しい人向けの商売」って、実際にどうなるのか見届けてみたい。

 シュエのことも。時々口にするお兄さんのこと、きっとすごく大事なんだと思う。困ってるなら、力になってあげたいよね。

 フリードは、まだ真祖の吸血鬼になる夢を諦めていないみたいだ。彼の研究熱心さには頭が下がるよ。

 もしかしたら、そのうち僕らの身体の秘密も、解き明かしてしまうかもしれない。


 一番気がかりなのは、やっぱりナルルースかな。

 彼女がエルフなのは分かったけれど、どこから来たのか、どこへ向かっているのか……まだ何も分かっていない。

 いつか、エルフの国にだって行ってみたいな。


 それはそれとして、ところで――僕たちの変装、本当に大丈夫かな?

 骨とか、青白い顔とか、道行く人にバレないといいんだけど……

 とにかく、誰にも見破られないことを祈ろう。


 無事に街に着いたら、まずはゆっくり休もう。

 外はもう春になっている頃だろうか。暖かい風が吹いてるといいね。


――― ◆ ―――


 そこは王宮の中でも、ごく限られた者しか知らない地下三階の一室。

 僅かな灯りしかない石造りの長い廊下、その最奥にある、一部の宮廷魔術師のみが立ち入りを許された研究室。

 室内には天井まで積まれた書物と、幾種もの薬品、魔術具、そして白骨化した人体標本が安置されている。

 不気味な静けさのなか、小さく液体が揺れる音だけが空間にこだましていた。


 壮年の男がひとり、その中心に立っていた。

 白髪の乱れた頭。落ちくぼんだ目元には生気がない。

 だがその奥には、全てを見透かすような、冷たい意志の光が宿っていた。


 男は、棚に整然と並ぶ瓶を見つめていた。どの瓶の中にも、揺らめくような小さな炎がひとつ、浮かぶように灯っている。

 それは魂の残滓か、それとも何かを模した術式なのか――。


 だが、そのうちのひとつの瓶だけが、空虚だった。

 灯は、消えていた。


「……将軍が? ふむ、あり得んことだ。だが、それは起こった……」

 男は誰に向けるでもなく、低く呟く。

()()が持ち出されるのは不味い。……いや、それよりも――一体、誰が?」


 言葉を失いかけたその口元に、僅かな苛立ちが浮かぶ。

 この国には、そんなことを成し得る者はいないはずだった。

 彼自身の計画は、もっと長い時間と、数え切れぬほどの試行錯誤を要するはずだった。

 数千、数万の屍の中から、ただ一度だけ芽吹く可能性。それが、あまりにも早く現れた。


「……まさか、あいつらが?」

 ひときわ長い沈黙。

 男は静かに首を振った。

「あまりに早すぎる。しかし…… 可能性が皆無というわけでも、ない……か」


 男の指が、分厚い扉のノブをゆっくりと回す。

 軋む音が、廊下の奥で反響した。


「いずれにせよ――生かしてはおかん」


 扉が閉まり、再び静寂が戻る。


 瓶の中の炎だけが、ほのかに揺れていた。

 まるで、まだ目覚めぬ意志たちが、夢の中で呼吸しているかのように。


第一部はこれで完結となります。

次回更新まで少し間が空きますが、ぜひ楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ