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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
2/21

1話 - 身体は骨でできている

※ 第一部(約20話)完結まで、毎日21時に投稿予定

※ カクヨム、アルファポリスでも連載中です

 薄暗い洞窟を歩いていた。ここはまだ第二階層のはずだ。その証拠に、ところどころ街の冒険者教会が整備した燭台が灯されている。しかしそれも微々たるもので、ほとんどの通路にいると普通はほとんど何も見えず、探索には松明などの装備が必須となる。そう、普通ならば。

 薄暗いのだが、真っ暗ではない。この骨の身体で()()と、不思議と通路の奥の方までその構造が見通せていた。洞窟の地面や壁が、仄かに光を放っているように見えるのだ。


『――ジル、いいか? よく分からない時は、とにかく歩け! じっとしてたらもっと分かんなくなっちまうからな』


 木こりだった父親は、あれこれと考えるよりもとにかく身体を動かすことを好んだ。幼い頃は父の言っていることの意味が分からず、悩むといじけて部屋の隅に丸くなっていた。

 だけれど、今はその教えを思い出しながらとにかく歩くことにする。何も考えないようにして、ただ足を交互に前に出す。そうしていないと、すぐにでも気が触れてしまうのではないかという恐怖の方が勝っていたからだ。


    ◆


 歩いているうちに、湿気を帯びたエリアに入り込んでいることに気がついた。洞窟の天井からはポタポタと水が垂れ、足元はわずかにぬかるんでいる。

(まずい、こういうところには……!)

 警戒を強めた瞬間、首の後ろにずるっとしたネバネバが流れ込んでくる()()があった。洞窟に住む粘性生物(スライム)である。初級冒険者の天敵であり、魔法や松明がない場合はまず戦ってはいけない敵とされる。準備が不十分だと、このように暗闇でまとわりつかれて、あっという間に肉を溶かされてしまう。

 そうした知識がすぐさま頭の中を駆け巡るが、既に敵の粘液は鎧の内側に侵入している。とにかく急いで甲冑を脱ごうとするが、骨の指で背中の紐をうまく解けない。手指の骨が空を滑る。

 と、危険な酸性の魔物に侵入されているにも関わらず、焼けるような熱さは襲ってこない。その時ようやく、僕は今の自分には焼かれる()がないことに気がついた。寧ろ、スライムが取り憑いている肩から背中にかけて、うっすらと寒気を感じている。ずっと纏わりつかれているのも不味い気がするので、落ち着いて鎧を脱ぐことにする。

 神経など無いのだが指先に神経を集中させる。呼吸もしていないはずだが呼吸を整える。そんなつもりで、背中の紐を解いていく。今度は不思議と紐を掴んでいる感触がしっかりとあり、そのまま鎧を脱ぐことができた。

 脇腹まで下がってきていたスライムの核まで手を突っ込み、無理やり引き剥がして地面に捨てる。そのまま剣で核を突き刺すと、スライムは形を保てなくなり、どろどろと地面に溶け出した。

(焦った…… けど、骨で良かった!)

 気を取り直して、脱ぎ捨てた鎧を拾って奥を見渡す。天井にスライムが何匹も張り付いて、僕を襲うタイミングを伺っているのが分かる。

 天井を剣で叩いてスライムを落とし、それを突き刺す。脚に纏わりついてくるものもあったが、落ち着いて引き剥がして突き刺す。

 生きていた時に騎士団の演習で来た際、スライムを斬り損ねて手に纏わりつかれた時に感じた焼け付くような痛みが全く無いのだ。これはもはや、作業に近い。

 こうして周囲に群生していたスライムの()()を繰り返していたとき、動かなくなったスライムから微弱な白い霧が立ち上り、それが自分の身体に流れ込んでいることに気がついた。

 魔素から生まれたモンスターを殺した時、その生命の存在力を取り込んで戦士達は強くなっていくのだといつの日か教わった。

 やがて二十ほどスライムを狩り終えたとき、胸に集まっているマナが一層強く脈動し始めた。

(熱い! これは、()()が上がるときの……!) 

 人間の時にたった一度だけ経験した感覚。魔物の存在力を取り込み続けて魂の位階を上げることにより、王国の騎士や冒険者達はみな超人的な力を得ていくのだそうだ。最も、その高みに登り詰められるのは幸運に恵まれたごく一部の戦士だけなのだけど。

 強い脈動が過ぎ去ると、確かに身体の隅々にこれまで以上の力が漲っている。筋肉など無いのだが、より強く剣やを握りしめることでそれを感じた。

 そして骨の身体の機能を確かめ終わると、次は虚しさが襲ってくる。こんなことを繰り返しながら、僕もいずれ凶悪なモンスターに変貌してしまうのだろうか。今はまだ、このように考えている自分が確かにいる。だが、外から見れば他の魔物を襲うただのスケルトンとしか映らないだろう。

(だめだ、考えるな! 今は敵から身を守り、剣を振り続けるんだ……)

 思考が暗闇に呑まれそうになったら、また身体を動かす。この状況を打破できるような筋道は全く思いつかないが、何も出来なくなるまではとにかく前進するしかないのだ。

 鎧はもうあちこちをスライムに焼かれ、騎士団の威光を示す銀白色だったのがすっかり黒ずんでいる。暗闇を徘徊する、黒い鎧に身を包んだ骸骨騎士(スケルトンナイト)…… それが今の僕の姿だった。


   ◆


 そもそもなぜ僕は骸骨(スケルトン)に成り果てたのか。墓場やダンジョンで強い恨みを抱いたまま死んだものが、骨の姿や霊体のまま蘇り、人間に害を為すのだと言われていた。

 僕はこのダンジョンで死んだ。それも、騎士団の仲間に裏切られるような形で…… いや、彼らは確かに僕を置いていくつもりで魔物の群れに突き倒して逃げたが、それでも仲間が無事に逃げられるよう盾になろうと思って前に出たのは僕自身だ。そのことに後悔は無い。彼らに対する恨みが完全に無いと言えば嘘になるが、でも化けて出るほど憎いとも思わない。

 そんな考えても答えが出ないことについてあれこれと思考しているうち、僕は無防備に生物の気配がする小部屋に足を踏み入れてしまっていた。 

 咄嗟に戦闘体制をとり、視線を素早く巡らす。ゴブリンが三匹。僕に気付き、立ちあがろうとしている。初級騎士がこんな状況に陥れば即座に退却しなければならないところだ。だが半ばヤケになっていた僕は、その場で交戦することに決めた。

 棍棒が二匹、ナイフが一匹。剣をしっかりと握り直し、前方に構える。

 棍棒のゴブリンがけたたましい鳴き声を上げながら次々に殴りかかってくるのをなんとか防ぐ。一対一ならまだしも、二匹同時は捌ききれない。強く棍棒で殴られて体勢を崩した瞬間、見計らっていたナイフのゴブリンが跳躍して鎧にしがみつき、ナイフを突き出す。

(まずい!隙間は致命傷になる‼︎)

 鎧の首元から殺意を込めて突き込まれたナイフは…… そのままカラコロと鎧の中を転がり、そのまま足元に落ちた。

(ははは、そうだ! 僕は骨だった!)

 まだ鎧にしがみついているゴブリンの脇腹から剣を突き刺す。断末魔が響き渡るが、気にせず剣を引き抜いて残りのゴブリン達目掛けて放り投げる。

 怒り狂った残りのゴブリンが、さらにおぞましい叫び声を出しながら棍棒を振り回してくる。

 両手持ちで振り下ろされた棍棒を、身体の軸をずらしてなんとか避ける。が、躱しきれずに左の肩から先が千切れて飛んでいった。だが、これでいい。棍棒を振り抜いて後頭部を晒しているゴブリン目掛けて、もう片手で持った剣を振り抜く。首の中ほどまで剣が到達し、ゴブリンは血を噴き出しながら絶命した。

 もう一匹のゴブリンが、僕が剣を引き抜くのに手こずっている間にすぐさま踊りかかってくる。次をまともに喰らうと流石に不味いのに、剣を持つ手に意識を集中していたため回避が遅れた。

 棍棒が、横一文字に僕の頭蓋骨を捉えた。

(終わった……!)

 視界が、横にずれていく。そのまま、頭が胴を離れる感覚。次いで、頭が洞窟の壁に当たる。視界は何回転かしながら、そのまま地面へ。

 モンスター退治ならなんとかやっていけると思っていた。モンスターを減らせば、骸骨の身体ながら冒険者や騎士団の探索を助けられると思ったのに……

 そんなことを思いながら、僕の頭を打ち抜いたゴブリンと、その前に立つ頭を失った僕とを見上げていた。ゴブリンは不思議そうな顔をして僕と僕の身体とを見比べている。頭蓋骨を失った僕の身体は、()()()()()()()()()

(あれ、身体が崩れ落ちたり……しない?)

 剣を持つ手の方に感覚を戻す。確かに、手に感覚がある。僕の肋骨を見上げる。まだ、確かにその胸にはマナが鼓動している。まだ、勝負はついていない!

 地に伏しているゴブリンを踏みつけ、思い切り剣を引き抜く。ゴブリンが先の一撃の反動で尻餅をつく様を、僕は横方向の地面から見上げている。片腕も失い、頭蓋骨も失っているが、それでも一歩前に出る。身体の真正面に敵がいることを強くイメージして、剣をそのまま真っ直ぐに振り下ろす。

 頭のない骸骨が、ゴブリンの頭を果物か何かのようにかち割った。


 地面に転がっている自分の頭蓋骨を、観ている視界と手の感覚で探し当て、持ち上げる。向きを吟味して、自分の首に付け直す。ふん、と気合を入れると、首と頭を動かせる感覚が蘇る。飛んで行った片腕も、肩に嵌める。これも、関節を近づけると自然と左手の指先まで感覚が戻る。

(こりゃ、なんとも便利な身体だな!)

 ……と、突然身体がフラつき、意識も朦朧としてくる。関節のつけ外しは、この身体にとって消耗が酷く激しいものらしい。こんな無茶な闘いはいつまでも続かない。

 ちゃんと、騎士として教わった戦法で敵に対処しなくては……… などと考えながら、その場の壁にもたれかかって座り込む。

 眠い。身体が猛烈に休息を欲しており、それに抗えない。そのまま、瞼も無い僕の視界が徐々に暗くなっていった。


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