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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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18話 - 震雷将軍

 地鳴りのような音を立てながら、金属製の巨大な扉を徐々に押し開いていく。その向こうは大広間になっており、底冷えするような空気が通路に流れ込んでくる。

 広間の奥には一体の大柄の戦士が佇んでいた。使い込まれた銀色に鈍く光る鎧、同じ意匠と思われる一揃いの具足と腕甲。

「……あの紋章、王国の!」

 僕は思わず叫んだ。兜の中央に彫り込まれているのは獅子と剣の紋章。それは間違いなく僕が生前所属していた騎士団のものであった。顔の辺りは青みがかった靄に覆われており、朧げな輪郭のみが辛うじて伺える。

「私と同じ…… 霊体ですね。でもこんな存在の強い怨霊(ゴースト)、みたことない!」

 ガクガクと震えながらロランが言う。

 それに対し、ニャスカは片足をトントンと地面につきながら言う。

「ふん、古い時代の将軍ってとこかしら? 腕に覚えはありそうだけど、要するにただの戦士でしょ。ま、お手並み拝見ってところね……!」

 口ぶりに対して、その目は笑っていない。

「……強い」

 シュエは、間合いのはるか外にも関わらず既に半身に構えている。

 やがて、鎧はゆったりとした動作で腰に下げた剣の柄に手をかけた。

(ぬし)()からは生者の息吹を感じぬ…… まぁ良い。死してなお財宝を求めんとする愚かなる冒険者達よ、滅ぶがいい」

 重々しく、だが静かな声でそう宣言すると、肩ほどまであろうかという両手大剣(クレイモア)を抜き放った。刀身が全て現れた瞬間、彼を中心として風圧が広り、部屋中を乱雑に駆け巡った。剣先を真上に向け、右肩の前に構える。僕たちの後ろで、激しく音を立てて広間の扉が閉ざされた。


「……ッ! 〈範囲防護祈祷(マス・プロテクション)〉‼︎」

 緊迫した声でロランの祈祷が完成するとほぼ同時。八相の構えのまま、重厚な鎧の脚が激しく地面を蹴る。岩が砕ける、猛烈な一足の加速。二十歩以上の間合いから、巨体が水平に滑るようにして迫ってくる。

「下がれっ!」

 叫びながら盾を構え、前に躍り出る。盾に渾身のマナを注ぎ込むイメージ。鎧戦士の大剣はやすやすと防護結界を破り、そのまま僕めがけて振り下ろされる。猛烈な勢いの袈裟斬りを、盾を斜めに突き出していなす。大剣が地面を抉り、瓦礫が激しく飛び散る。体勢を崩しながら大きく後方に下がった。

「本当に霊体か⁉︎ 実体のある鎧や剣をこんなに軽々と…… 馬鹿げている!」

 横方向に展開しながら、フリードが叫ぶ。鎧戦士は大剣を引き上げると、僕に向き直った。

「……()()()()()()だ。ふむ、そなたもガリア王国騎士団の一員か。骸になっても我らが技を忘れてないとは、誠に関心」

「そりゃどうも……」

 ……! やはり、騎士団の団員の怨霊!

「だが、斜めに盾を構えるは弱き精神の持ち主たる証拠。臆病者よ、このまま散るがよいぞ」

 苦々しい思いだ。技術の拙さを指摘され、返す言葉もない。それに盾できっちり受けたというのに、一撃で腕の関節がバラバラになりそうなダメージを負っている。

(――こいつ、とんでもなく強い!)

「名乗れ」

「……ガリア王国騎士団五番隊、隊士、だった…… ジルアーレ・ベルンハルト」

「ガリア王国騎士団、団長。ザンダー・ランゲンシュタイン」

 (――まさか、『震雷(しんらい)』のザンダー⁉︎ そんな、王国騎士団初代の……!)

「参る!」

 次の瞬間、ザンダーと名乗った鎧戦士は凄まじい勢いで肉薄し、腰だめに構えたクレイモアをそのまま横一文字に振るう。たまらずもう一度盾で受けようとするが、今度は受け流せない。激しい衝撃が身を襲った次の瞬間、僕の視線が()()()()()()()

「あ……!」

 まずいと思った時には、腰骨が外れている感覚があった。上半身が吹き飛ばされると同時、後方からナイフが投げ込まれるのが見えた。連続で飛翔するナイフは寸分の狂いなく敵の甲冑の隙間に命中したかに見えた。が、二本とも手ごたえ無く、そのまま弾かれて地面に落ちた。

「なによ、こんなん反則じゃない⁉︎」

「霊体なんだ、効かないさ。攻撃を引きつけながら骨拾って」

 ニャスカの叫びに、フリードが冷静に返す。

「そんな無茶な…… わかったわよ!」

 次いで、フリードが後方に下がりながら詠唱をする。現状の彼が持ちうる最大威力の攻撃魔法。

「炎神ユルドの槍よ、彼の敵を穿ち払わん…… これならどうだ! 炎槍三段フレイム・トライデント‼︎」

 杖をまっすぐに構え、詠唱を完成させたフリードが叫ぶ。短縮詠唱ではない、渾身の魔力を込めた彼の得意技。赤く光る三本の槍が中空に出現するやいなや、勢いよく射出される。しかし着弾の直前、敵の大剣が大きく振るわれると、炎の槍はあっけなくその風圧によりかき消されてしまう。

「……! そんな!」

 炎が広がりながら消失した瞬間、身を小さく屈めたシュエが剣を振り抜いた敵の懐に素早く入り込んだ。

「いい目くらまし」

 震脚により地面に大きくひび割れが走り、胴鎧に渾身の双掌打が炸裂する。大鐘を槌で打つような音とともに衝撃波が広がる。しかし、敵はわずかに後ろに下がるだけで体勢を崩していない。そのまま更なる斬撃を放ってくる。斜め下からの切り上げ。

 ビリビリと両手が痺れているシュエはなんとか上体を仰け反らせて躱す。そこに、剣撃から連続した回し蹴りが放たれる。重たい具足を脇腹に喰らい、シュエが広間の壁まで吹き飛ばされる。

 僕はなんとかニャスカに支えられて胴体が()()()ところだが、万全の体勢ではない。パーティの前衛は崩れかかっていた。みんなを守れない。

「ふん、やはりその程度か。一風変わった姿形に見合う実力があるかと期待したが…… 滅びよ」

 そう宣言すると、空間のマナが急速に将軍の体に集まり出した。鎧からはバチバチと激しい音をたてて紫電が迸っている。

「王より賜りしこの剣にて、我は何度でも敵を焼き払おうぞ。〈雷鳴剣(らいめいけん)〉!」

 そう叫びながら、将軍は剣を垂直に振り下ろした。その瞬間、大轟音とともに電撃が炸裂した。稲光は、金属鎧を纏っている僕ただ一人に集中して襲いかかる。

「ぐああぁぁ‼︎ ……って、あれ?」

 僕を狙いすました雷鳴は全身を激しく揺り動かしただけで、将軍の必殺技は何らダメージを与えなかった。ワンテンポ遅れて静寂が辺りを包む。将軍は何事かとこちらを凝視しているように見える。

「……くっ、ははは、骨だからなぁ! おい、死んでて良かったなぁ、君!」

 フリードが吹き出しながら僕をからかう。

「ちっとも嬉しくない! ロラン、シュエを!」

 僕の(げき)で、ロランが慌てて壁に吹き飛ばされたシュエの回復に向かう。必殺技を繰り出した鎧戦士が体勢を立て直し、もう一度パーティに襲い掛かろうと構えている。さっきのことはラッキーだったが、このまま力押しされるとまずい。

 僕は広間全体を見渡した後、ナルルースの方を横目で見た。

「ナル、こうなったら一か八かだ…… あのピカってするやつ頼む。全力で!」

「え、でも、きっと効かないよー!」

「いいから! 考えがある。信じろ! みんなは僕の後ろに‼」

 後方に控えていたナルルースが進み出る。

「もう、どうなっても知らないよっ! むぅ〜ん…… やぁっ‼︎」

 ぷるぷると震えてから、掛け声とともに聖光(ホーリーライト)を放つ。

「ふん、そのような微弱な光で我を浄化しようなどと。消えよ」

 懸命に光を放つナルルースをその存在ごと打ち払おうと、大剣が大上段に掲げられる。

「フリード! 氷で壁()を‼」

「ふん、そういうことか、任せろ」

 意を汲んだフリードが、素早く詠唱を完成させた。瞬く間に白い冷気が敵とナルルースの間に集まり、分厚い氷の壁が立ちはだかる。

「ふん、このような貧弱な壁ごと……」

「そいつはどうかな⁉︎」

 完成した氷壁(アイスウォール)は、中央が膨らむように湾曲している。ナルルースから前方一帯に放たれる聖光が、氷壁を通ってその向こうの一点に収束する。激しい光の束が、敵の全身を激しく包み束縛する。

「ぬ…… ぐ、があぁっ!」

 銀の鎧が太陽のように眩い光を反射させる。鎧戦士は苦しく呻きながら光から逃れようとしている。他のメンバーは、僕の盾の陰に堪らず隠れる。

 なんとかその場から逃れようと将軍が一歩下がろうとした時、その具足がぴたりと固定された。横方向にいるニャスカが、鎖分銅で足を絡めとっていた。ナルルースの光に照らされ、皮膚が焼けていく。ぴんと伸び切った鎖を引きつけている手の皮は、強烈な力によって徐々に引き裂かれていく。だが、そんなことすら気にせずにニャスカは不敵に笑う。

「ゴーストのくせに鎧と一体なんて、あんた、不自由だねぇ」

「ふん、このような鎖など……」

 足元に大剣を強く差し込み、鎖が断ち切られる。だが次の瞬間、鎧戦士の()()()()()()シュエの声がする。

「さっきのお返し」

「貴様、いつの間に⁉︎」

影渡り(シャドウウォーク)

 その問いに答えるように、シュエと手を繋いだフリードが呟く。吸血鬼にのみ許された固有魔法。聖光によってできた盾の()に潜った二人は、鎧の()へと空間を跳躍して移動していた。

 隙だらけの背中で、一際深く息を吸ったシュエが身を低く屈んで構える。両手は前に柔らかく構えられ、彼女が練ったマナが暴れるようにしてその身体の中心に輝き出す。踵、膝、腰、背中、肩。全ての関節が即座に、かつ滑らかに駆動し、力は余すところなくその両掌に流れ込んで解き放たれた。

虎砲破(タイガー・ブレイク)ッ‼︎」

 超至近距離からの奥義。轟音と共に凄まじいエネルギーの奔流が鎧を包みこむ。僕の目からは、まるで獰猛な巨大な虎が一人の戦士を丸ごと飲み込もうとしているかのように見えた。

「お、お、おぉ……ッ!」

 広間全体に悍ましい雄叫びが響き渡る。シュエの両手から光波が消えようとしている。鎧戦士はビクビクと痙攣しつつも、シュエを振り払おうと剣を横なぎに構える。氷壁が砕ける。僕は真っすぐに将軍に躍りかかった。剣を振り上げ、ありったけのマナを刀身に流し込む。

「食らえぇぇーーーッ‼」

 大きく跳躍し、剣を将軍の首から一気に差し込む。鎧からまばゆい光が溢れだす。

「ぐ、が、ぐおぉぉぉーーーーッ‼」

 断末魔のあと、将軍はぴたりと動きを止めた。数秒の間立ち尽くしたあと、鎧がガシャガシャと地面に落ちていく。霊体の残滓が弱々しい霧となって、崩れた鎧の上に立ち昇っている。


 疲れ果てた六人が、よろよろとその周りに集まる。その場に留まった戦士の霊魂は、やがて僕に向かって静かに語りかけた。

「……見事なり。ベルンハルトとやら、そしてその一行よ」

「だぁーれが『その一行』だ! 私は大盗賊のニャスカ様だっつーの!」

 騒ぐニャスカを無視してザンダーと名乗った将軍の霊は続ける。

「かような迷宮にこの身を封じた忌まわしき呪いも、これでようやく解かれる。礼を言うぞ…… これであいつの鼻も明かせる」

「おい、誰だそいつは。貴様を作ったやつか。名を言え!」

消えかかっている霊にフリードが怒鳴る。

「……アルブレヒト。かつての吾輩と共に王国に仕えた魔導士。いつから生きているのかも分からん…… 屍術師(ネクロマンサー)よ」

「まさか、私たちをこんな風にしたのも……」

 ロランが頭を抱えながら言う。霊の声は段々とか細くなっていく。

「さてな。だがこんな芸当ができるのは…… やつ以外に知らぬ…… おい、ベルンハルト。この奥……とある古代……魔道具が……されているはずだ」

 ニャスカが息を呑む。

「もしかして、アーティファクト⁉︎ おい、本当にあんのか⁉」

「黄昏の……錠前……。夕刻…… 唱えよ」

「夕刻に? なんだって⁉︎」

「お主らなら、或いは…… あいつを……」

 そこまで絞り出すように言うと、霊は完全に霧散してしまった。辺りを包んでいた冷気もかき消え、広間は静寂に包まれた。僕は膝をついて、使い込まれたその鎧をそっと撫でる。

「手強い相手だった……。震雷(しんらい)将軍といえば、僕がいた騎士団の初代団長だよ。軍勢の足音は大地を揺らし、その先頭に立つ将軍の怒声は雷のように轟いて、敵国の軍勢を怯みあがらせたんだって。確か、三百年も前の話だ。しかしまさか、彼の奥義がその二つの由来だったとはね」

「なるほど…… じゃあ、そのアルブレヒトとかいう魔術師が何百年も生き続けていて、今も死体で遊んでいるというのか」

 頭に腕を組みながらフリードが関心したような声をあげる。

「ねーねー、この剣、ジルがもらっちゃいなよ!」

 突然、ナルルースが無邪気な声で言う。

「えっ⁉︎ でもこれは団長の大事な……」

「いいんだよ、ダンジョンで倒したモンスターと変わんねぇし、こん中じゃお前しか使えねーんだ。それにこの団長様も、きっとそれを望んでるぜ。なぁ…… 私の騎士様?」

 ニャスカが大剣を拾いながら、挑戦的な目で僕を見上げる。

「うっ…… は、はい、わかりました……!」

 何の気もないニャスカが、雷の魔力が宿った大剣を両手で手渡してくる。思わず跪きながら、僕はそれを両手で受けかけて、いちど手を下す。

――あ、これ、本当の騎士団の儀式……!

 反射的に、半ば勢いに任せて、僕は決めていたセリフを改めて言った。

「我、ジルアーレ・ベルンハルト。ニャスカ殿の騎士となり、其方を死ぬまで護りとおすことを、ここに誓うっ!」

――言った…… 言ったぞ……ッ!

「え、カッコいい! 騎士の誓いってやつ⁉ おとぎ話みたいだよぉ!」

「こんな風に言われたら、ニャスカも誠意で返しませんとねぇ?」

 ナルルースは踊り跳ねてはやし立て、ロランはニヤニヤ笑みを浮かべながらニャスカの横に浮いている。

「え、な…… う、うるせー! そんなつもりで言ったんじゃねぇ! 第一死ぬまでとか、もう死んでんだからな!」

「すなわちそれは、『永遠に』と言い換えられるわけだな。ニャスカ殿()?」

 フリードまでからかいに乗っかってくる。

「あーーー、もう知らねぇ! 勝手にしろっ‼」

 そういうとニャスカは、大剣を勢いよく僕の方に落とす。ガォン、ガォォンと、右肩と左肩に。そして最後は頭。

「ちょっとまって、加減がおかし……」

 最後に振りぬかれた全力の一撃は、やすやすと僕の頭蓋骨を吹き飛ばし胴体から切り離した。頭蓋骨が勢いよく転がっていく。

 みんなの笑い声が聞こえる。僕は気合で身体の感覚を信じ、仕上げの動作のため両手を上に掲げた。乱暴だが、しっかりと大剣が両手に乗せられた感覚。

 「はい! これでいいでしょ! 最後までついてきなさいよね‼」

(こんな格好のつかない騎士の儀式、あんまりだ……)

 そう思いながら見上げると、ニャスカはすでに腕をぶんぶんと振りながら奥の扉の方に向かって歩き始めていた。

「アルブレヒト、ね…… もー、ほんとムッカつく。本当に効果のあるお宝なのか知らないけど、いってみよう! そんで、そいつをぶっ殺す!」

「ま、待ってよー!」

 一人で頭を探している僕を尻目に、みんなは守護者が守っていた門の奥へと進んでいった。

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