表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
18/21

17話 響きあう魂

 ナルルースを加えた僕ら六人は、いよいよ第十階層へと足を踏み入れた。騎士団で受けた座学によれば、これ以降の階層に足を踏み入れた冒険者はいないはずだ。全員が不死者だからこそ無し得る強行軍。

 僕が第二階層で骸骨として目を覚ましてからここまで来るのに、一体何日が経過しただろうか。一つの階層を踏破するのにおよそ一週間ほど。修練のため長くその階層に居座り戦闘を繰り返した日もあった。日付の感覚もかなり狂ってきているが、全部合わせると三か月は下らないだろう。

 運命のいたずらで集まったアンデッド六体は、もはや未曾有の領域に突入しようとしていた。

 巨大な蜂の群れが守っていた守護者の部屋を抜け、さらに階段を下りると、これまでずっと続いていた洞窟の雰囲気はがらりと姿を変えた。無限に続くかに思われた岩肌ばかりの洞窟が、ある地点を境に、床も壁も全て切り揃えられた石材でできて構成されるようになったのだ。人為的に作られた空間であることが一目でわかる。

「すごい…… 一体誰がこんなものを……」

 僕は思わず呟く。ナルルースの力により、僕の呟きはみんなに伝わる。フリードも興味津々といったように内部の構造に目を走らせる。

「ふむ、何千年前、いや、あるいはもっと前の年代か…… 非常に興味深い……」

 先頭でトラップを警戒するニャスカが慎重な足取りで、それでもするすると奥の方へと進んでいく。

「くくく、こいつは匂うぜ……? お宝の香りがなぁ……!」

 彼女は遺跡探索ができる喜びを隠せないようだ。生前は人の屋敷をターゲットに宝探しをしていたと日記にあったが、ここでも同じような興奮が味わえるのだろう。ダンジョン探索やトレジャーハントは、ニャスカにとって天職なのかもしれない。

 ふと後ろを振り返ると、ナルルースが少し遅れを取っていた。炎の中に映る二つの目が、なんだか困ったようにしょげて見える。

「私、なんだか怖い……」

 ロランがそこに寄りそうように飛んでいく。

「どうしたのです、こんなところまで来て怖気づくなんて。なんだか、らしくないですよ?」

「ちがうの。私、何か思い出せそう…… でもそれが、理由も分からないのに、なんだか怖いの……」

 ナルルースを包む炎の勢いがなんだか弱々しい。

 前方を進もうとしていたニャスカが、それを見て戻ってくる。

「気にすんなって、ナル! なんか変なこと思い出して困っても、お姉ちゃんが守ってやっからよ!」

 ナルルースと行動を共にするようになってあまり時間が経ってないのに、彼女はすっかり新しい妹ができた気でいるようだ。僕も常々感じていたことではあったが、さすが頼れる姉御肌といったところか。

「うん、ありがとう。みんながいるから、きっと大丈夫だよねっ!」

 そういうとナルルースは、幾分か元の調子を取り戻したようだった。が、内心ではまだ不安なままに違いない。ナルルースには以前の記憶が一切無いという。自分がどこからきて何をしようとしていたのか、そういった自身の核とも呼べるものが全く思い出せないというのは、どんなに心細いことだろう。


 遺跡の中を進む途中、何度か魔物との戦闘があった。今のことろ全て問題無く対処できているが、この階層に入ってからずっと気になってたことがあった。

 ニャスカも同じことが気にかかるのか、腕を組んで考え込んでいる。

「なぁ、おかしくねぇか、ここ。アンデッドしかいねぇぞ」

 そう、この第十階層では、悪霊や死体、骸骨といった魔物としか遭遇していない。

「やっぱり、そうだよね。なんか妙だなと思ってたんだ……」

 アンデッドとの戦闘では、ナルルースの光波やフリードの魔術が鍵となる。ナルルースが光を放つと敵の動きが鈍る。そこを、マナを宿した剣で攻撃するとダメージを与えることができた。霊体の魔物については、フリードが放つ炎の魔術も有効だ。火球や炎の矢が貫通すると、敵の身体はそれで空中に霧散するのだ。

 ロランはというと、浄化の祈祷が使えるものの、僕が前に苦しんだ経験からか、できれば使わないようにすると言う。ナルルースの光に備えて、ロランは防壁を展開するのに専念してくれていた。

 そのように対処できているので、進行が困難というわけではない。だが、それでも何かが引っかかる。自然と悪霊(ゴースト)屍人(グール)が集まってきたというよりは、何か意図的なものを感じざるを得なかった。だが、そんな意図が介在する余地があるとして、果たしてそれは()のものだというのだろうか。


 遺跡を奥に進むと、すこし開けた部屋に複数の魔物の気配があった。ロランだけが先行し、()()()から様子を伺う。

 偵察によれば、身体が腐敗した巨人(トロール)が三体。それらに守られるように、後方に骸骨魔導士(スケルトン・メイジ)が二体控えている。バランスの取れた、できれば戦いたくない編成だ。僕は全員を見回しながら言う。

「みんな、準備は」

「いつでもいけるぜ」

 ニャスカが小声で返す。他のみんなも頷いている。

 まず、僕とシュエが部屋に飛び出す。すかさず敵の後方から炎の魔術が飛んでくるが、それをマナで覆った盾で防ぐ。

「右に飛べ!」

 フリードだ。そのまま右の腐敗巨人(ゾンビ・トロール)の方へ肉薄する。次の瞬間、それまで僕がいた地面が冷気で覆われ、左側二体の巨人の足元を瞬く間に凍結させた。控えていた骸骨がさらに杖を振りかざそうとするが、ニャスカの鎖が素早く絡みつき杖を奪う。

「右を引き付ける!」

 僕はそう皆に伝え、敵に肉薄する。トロールが拳を激しく振りかぶる。剣は抜かず、盾に集中。拳が振りぬかれ、構えた盾ごと身体が持っていかれそうになる。前腕と肋骨にヒビが入った感触。横の方にいたシュエが一瞬、僕の方を睨む。

「重心、もっと低くする」

 シュエが念話で注文をつけながら、隙だらけの巨人の胴体をめがけて激しく飛び蹴りを放つ。くぐもった唸り声をあげ、巨人が腰から腐った肉を散らす。大きくよろめいたところへフリードが放った炎が襲い掛かる。巨人の頭がみるみる内に黒焦げになっていく。

 後方で戦況を観察していたロランが、全員に向かって叫ぶ。

「第二射、来ます!」

 二体の骸骨の杖先に魔力が集中する。連続して放たれた魔力の矢は、果たしてロランの展開した防壁に阻まれる。光の膜が大きく揺らめいて薄くなる。

「長くはもちません!」

「三秒後、煙幕!」

 ニャスカが手元のポーチに手を入れながらみんなに伝える。それを聞き、僕とシュエは戦線を大きく下げる。煙幕弾が投げ込まれ、たちまち辺りに煙が立ち込める。敵の攻撃を一度受けただけなのに、僕の身体に軋むようなダメージが残っている。

「いまのうちに、回復するよーっ!」

 そういうと、一番後ろのナルルースが歌い始める。辺りのマナが集まり、身体の中に流れ込む。

「ジル、消耗していますね。回復を」

 ロランが腕を組み祈ると、損傷していた僕の腕の骨も元通りになった。危なくなった戦況は一度仕切り直しとなった。

 十階層に入り、敵のレベルが各段に上がっている。物理攻撃の激しさも、魔力の強さも中層の敵とは比べ物にならない。少しでも油断すると、一撃でパーティが崩壊しかねない。

 だが僕らの方だって、これまで以上に連携が上手く機能している。僕の意思も皆に伝わるし、シュエも僕の動きの悪い所をどんどん指摘してくれるようになった。フリードやニャスカが敵を撹乱するタイミングもすぐに分かるし、ロランとナルルースの回復も心強い。

 難敵に思われた魔物のグループであったが、その後も僕が攻撃を受けながら敵の戦力を一体ずつ削っていくことで、無事に打ち倒すことができた。個々の強さでは敵が上だっただろう。だが敵の純粋な暴力も、今の僕らの連携の前には通用しなかった。

「ふぅ、私達もこれで『亡者の寄せ集め』とは言えなくなってきましたな」

 ロランが涼しい顔で言う。

 シュエは道士服を手で叩いてホコリを払いながら、珍しく僕の方を見ている。

「今回は、アナタがいないと危なかっ……」

 そこまで言うなり目を見開き、ぷいとそっぽを向いてしまった。彼女との念話が途絶えたのが分かる。

(ふふっ、シュエは素直じゃないな……)

 だが、そんなところも彼女らしくて良い。

 フリードが加わった後、そしてナルルースが加入した直後も色々と心配をしていたけれど、なんだかんだでまとまりのあるパーティになってきた。それこそ、そこらの冒険者達と比較しても全く引けをとらないのではないか。


 その後も魔物との戦闘を重ねながら、ついに守護者がいると思われる扉の目の前までたどり着いた。僕の身長の五倍ほどはあろうかという、これまでよりもずっと大きな金属製の扉が据え付けられ、そこから禍々しい空気が漂っている。

 この階層が最深部だとすれば、この先に控えているのはこの迷宮最大の敵ということになる。このまま挑んだとして、果たして無事に打ち勝てるのだろうか。これまでとは比べ物にならない緊張感が押し寄せてくる。

「……いよいよって感じだね」

 僕は思わず呟く。

「よし、今のうちに装備を確認しようぜ」

 ニャスカの声で、みんなが休憩に入った。不安そうにしていたナルルースが、僕のところのにふよふよと飛んでくる。

「ねぇ、ジルアーレ、初めて会った時、ありがとね? 私を連れてくって言ってくれて。一人でずっといるの、心細かったんだ……」

「ジルでいいよ。なに、礼には及ばないさ。僕だってダンジョンの中で目が覚めたらこの姿になってて、訳も分からなくて…… 誰も頼れなくて不安だったから、分かるよ。それに、仲間は一人でも多い方が心強いしね」

 ナルルースを気遣ってとそう言ったというよりは、それが正直な僕の気持ちだった。

「ねぇ、ジルは、このあたりの騎士様? だったんだよね。生まれもこの近くなの?」

「うん、そうだよ。出身は北東の山合にある、リネっていう小さな村なんだ。ガリア王国の中ではそんな取り立てて特徴のある村じゃないけど…… 何か気になることでもあるの?」

「うーん。私、自分のことが何にも思い出せないから…… せめて、みんなのことをもっと知りたいなって思って」

 そういえば、自分の出身のことはニャスカだけには日記で伝えていたが、みんなのいる場所で話すのは初めてだった。

 その話を聞いてナルルースを構ってあげたくなったのか、ニャスカが目をキラキラさせながら立ち上がる。

「ふっふっふ、その国の外れを拠点にしてた、マッドキャッツの『赤猫』様たぁこのニャスカ様のことよ」

 腰に手を当ててふんぞり返っているが、果たしてその凄さがナルルースに伝わっているのだろうか。記憶喪失なんだから、マッドキャッツも赤猫の二つ名も知らないだろうに……

 と、ロランもこの話題に乗ってきた。

「私は西の白陽(はくよう)教国より。でも幼少以後は王国領内で過ごしてきました」

 彼の祖国は、教皇をトップとする宗教国なのだという。よし、せっかくの流れだ、ここはシュエにも水を向けてみよう。

「シュエは、なんていうところから来たの?」

「……ずっと東。リウファの国」

 彼女はむすっとした表情で、それだけ答えた。そういえば、シュエのいた国の名を初めて聞いたな。少し不思議な感じのする響きだ。

 今度はニャスカがナルルースに問いかけようとする。

「ナルは…… ごめんね、まだ分かんないよね」

「うーん、やっぱり全然思い出せない……」

 火の玉に浮かぶ彼女の目は、なおも所在なさげだ。

 仮にナルルースが迷宮の外から来た存在だとしても、あるいは僕らと同じように元は人間だったとしても、なんとなくだが、僕らとは遠い場所に済んでいたのではないかという気がしている。そのくらい、彼女が漂わせている雰囲気にはどこか浮世離れしたところがあった。

「学院で提唱されていた説にあったものだが……」

 少し離れたところに座っているフリードが唐突に切り出す。

「迷宮とは世界の各地にあるものだが、実はその多くが深層で互いに繋がっていて、全体でひとつの巨大な地下構造体を成しているのだという」

 それは初めて聞いたことだった。メインの通路とは別に、細い分流がいくつもあって、それが世界中の迷宮を繋ぎ合わせているということだろうか。なるほど、もしそうだとすれば遠方の出身だというフリードやシュエがこの洞窟にいるのも、それが理由なのかもしれない。

 その説明に、ロランも何やら思い当たるところがあるのか、繰り返し深く頷いている。

「私も聞いたことがあります。ジルやニャスカと違い、私が入ったのは『ザビアティル洞窟』とはかけ離れた場所だったはず。しかし、どうしたものかと彷徨い続けているうち、レムリア近郊の地下にあるこの迷宮で彼らと合流した、ということになります」

 フリードも続ける。

「俺も、迷宮には遥か北の魔導国にある入口から入り、途中でいくつも分岐を経て地下を歩き続けたんだ。そしてなんとか、狙いだったこのガリア王国のダンジョンまで辿り着いた。どうやら、その説は正しかったようだな」

 察するに、下級吸血鬼になり果てたフリードは日差しを避けるため、とりあえず手近なダンジョンに入り込むことにしたのだろう。そして、深層の分流を使って危険な旅を続け、このザビアティル洞窟までたどり着いたのだ。

「……ふっ、長い旅だったがな。ようやく、ここの古代魔道具(アーティファクト)とご対面できそうだ」

 そういえば、他のみんなはもしその「黄昏の錠前」の効果が本物だったら、どんなことに使うんだろうか。ためしにロランに聞いてみることにする。

「そうですねぇ…… 実は私、商人になるのが夢でして……」

 なんと、これも初耳だ。てっきり、聖職者として教会に戻りたいのかとばかり思っていた。

「おや、意外ですか? 信仰を捨てようとは思いません。が、教会の方たちとはあまり反りが合わなかったようでして。それよりは、貧しい人々向けのサービスとして、新しく商店を経営してみたいのですよ。まぁ、万が一生き返ったりしたら、ですが。ハハハ……」

「お、いいねぇ!」

 ロランの夢に、ニャスカが勢いよく答える。

「夢を持つってのはいいもんだ! アタシもさ、もしそんな奇跡が起こったら、マッドキャッツを再興してまた悪どい貴族共を懲らしめてやんのよ!」

 ロランとニャスカには夢がある。フリードも、魔導を究める目的のために古代魔道具(アーティファクト)を追い求めている。シュエだって、人にこそ言わないだけで、何か秘めた願いがありそうだということはこれまで一緒に過ごしていてなんとなく分かる。

「おい、アンタはどうなんだよ!」

 ニャスカが僕の方を向いて尋ねる。

「僕は…… どうだろう。生き返ったとして、また騎士団に戻れる気がしてないんだ」

 そう、僕は仲間から捨てられた。再び何事もなかったかのようにあの集団に馴染めるものだろうか? プリンセス・ガードになるという目標だって確かに大事だ。だが……

「それより今は…… こんな風に冒険を続けていたい気がするよ。みんなの……盾となって、守り通したい。御伽噺の英雄みたいにさ」

 それを聞いたナルルースが、元気そうに空中で跳ねている。

「私も! みんなと冒険するの、楽しいよ⁉ お宝探すのって、すっごく楽しいんだね!」

 それを聞いたニャスカが飛びあがり、ナルルースの目の前に立つ。

「そうこなくっちゃな、アタシもしばらくは冒険に付き合うよ! なんせ団の再興にも、まずは金が必要だからな!」

 フリードも立ち上がる。装備の点検が終わったようだ。

「ま、何はともあれ、この奥を拝んでみないことには話は始まらない。準備がいいなら…… いこうか?」

 それを合図に、みんなが集合する。


 もしも生き返れるなら。もし、生きてこの迷宮を出られるなら。僕は、あなたの騎士になりたい。そんな風に思いながら、僕はニャスカの方を見た。

「へっ、やる気マンマンって感じだな!」

 今は、この想いは伝わらなくとも。

「……行こう!」

 僕ら六人は、扉の前に立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ