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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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16話 - ウィル・オ・ウィスプ

 第九階層の最深部、十層へと続く扉の守護者は巨大な蜂の群れだった。厄介なのはその数だ。広い空間に巣を作り、百匹以上が次々と襲い掛かってくるのだ。素早い動きで縦横無尽に飛び回りながら鋭い毒針で突き刺してくるため、剣や拳だけではかなり厄介な敵だった。

 フリードがいなければ手も足も出なかっただろうが、霧による目くらましや、麻痺や眠りの魔術有効だったことが幸いしてなんとか倒すことができた。一匹では大したことがないが、大軍を倒したことで守護者の持つ存在の力がどんどん僕たちに流れ込んでいた。

「ふ、オレ様にかかればこんなもんさ」

 蜂の守護者が次々と黒い霧となって消えていくのを尻目に、彼が自信満々に言う。

「ふん、気に食わないけど、やっぱり魔法があったほうが便利ね!」

 それに対し、ニャスカが装備の点検をしながら返す。フリードが加わってから仲が若干険悪だったのが、これで見直してくれるといいのだが。

 意気揚々と次の階層に続く扉に手をかけようとしたとき、ニャスカがピタリと足を止めた。

「何かが近づいてくる」

 防御と回復にマナを消費して疲れ切った様子のロランが、扉の方へ向かう。

「これ以上敵に囲まれる前に、早く先に進んでしまうのはどうでしょう…… もう消えてしまいますよ」

 そう言いながら扉をすり抜けようとした次の瞬間、僕の耳にもはっきりと聞こえた。

「……たす…け……だれか……!」

 僕らが元来た道からだ。誰か冒険者が窮地に陥っているのだろうか。この深層までたどり着いているということは相当な手練れなはずだが、逃げているということはパーティが壊滅しているか、よほど厄介な魔物に襲われている可能性だってある。

「面倒ごとはごめんだぜ、さっさと進むとすっか」

 フリードもロランに続いて進み、扉に手をかける。その手を僕は掴んだ。

「おいおい、まさか助けるっていうんじゃないだろうなぁ!」

 そうだ。僕は助けるんだ。それが誰であろうと、どんな状況であろうと。そうあの上級冒険者――レオンと約束を交わしたのだ。フリードの目を見つめながら強く頷く。

「どんなヤツか知らんが、恩を売っておきゃ得だろ。うちらなら大丈夫さ」

 ニャスカが僕に同調してくれた。流石、彼女には義侠心ってものがある。それにこういう意見が割れたときには頼りになる。

「はぁ、いざとなったら私は()()()に逃げますからね」

 そういいながら、扉の向こう側へ入りかけていたロランが引き返してきた。

 フリードは地面を蹴って舌打ちする。

「ふん、俺は反対したぜ。どうなっても知らんからな!」

 シュエはというと、既に引き返して魔物を倒しにいく構えだ。消極的な意見もあるが、一応パーティとしてはまとまった。ならばあとは急ぐだけだ。フリードの手を放し、来た道へと走り出した。


「た、助けてー! 誰かいませんかぁーーっ⁉」

 通路のすぐ向こうから声が聞こえる。近い。女性の声。どうどうと鳴る足音も聞こえてくる。

 暗闇の奥からすごいスピードで近づいてきたのは、宙に浮かぶひとつの白い炎だった。誰かが松明を持っている様子はない。僕は自分の目を疑う。

「な、なんだありゃ?」

 助けに飛び出そうとしていたニャスカも意表を突かれて立ち止まる。が、フリードだけは嬉々とした表情でその光景を見ていた。

「おいおい、珍しいな! ありゃウィル・オ・ウィスプだ! 喋るやつがいるとは知らなかったぜ」

「後ろのも突っ込んできますよ!」

 ロランが慌てて祈祷を始める。火の玉の後ろから三匹の魔物。全員が巨大な斧を持ち猛然と突進してくる。頭が牛、首から下は筋骨隆々の人間の形をしている。

 ニャスカが慌てて叫ぶ。

「ミノタウロス! まず勢いを止めろ!」

 僕は火の玉と位置を入れ替えるようにして立ちはだかる。狙いを僕に変えたミノタウロスが凄まじい勢いで斧を振りかぶる。鬼人(オーガ)との特訓を思い出しながら、冷静に盾で受ける。金属同士がぶつかり合ったかのような激しい衝突音。斧が盾の表面でガチリと止まる。

(よし、受けきれる!)

 もう一体も僕を狙って斧を振り上げるが、後方から空気を切り裂くように飛翔したナイフが両目に突き刺さる。

 さらに別の一体はシュエが相手をしている。激しい蹴りにより脚部があらぬ方向に曲がっている。あっちは大丈夫そうだ。

「ふん、隙だらけだ。穿て、炎神の槍! 〈炎槍三段フレイム・トライデント〉」

 フリードの魔術。相変わらず詠唱が速い。中空に召喚された火炎の槍は三つに分裂し、足を止めていた三匹それぞれに襲い掛かる。三匹の腕や頭がみるみる内に消し炭に変わる。一度戦っているので身に染みているが、やはり敵にすると恐ろしい使い手だ。

 あとは動けなくなった敵に止めを刺し、大きなダメージもなく戦闘が終わった。


「あの、あの! ありがとう、ございました!」

 鈴のような少女の声が聞こえる。ぴょこぴょこと宙を跳ねるように動き回りながら、頭より一回りほど大きな火を灯す精霊。そんな不思議な存在が、元気な村の子供のような口調で喋っている。よくよく見てみると、火の玉の中央には目のようなものがあることが分かる。ほっとしたような、嬉しそうな表情をしているのがなんとなく伝わってくる。

「ずっと魔物に追いかけられて、怖かったんです! あの、お礼とか何もできないんですけど…… とにかく、助かりました!」

 にっこりと笑顔を浮かべる火の玉に、ニャスカが駆け寄る。

「か、か……かわいーっ! 何この子、こんな精霊がダンジョンにはいるの⁉」

 彼女は大興奮しながら火の玉の周りをぐるぐると回っている。

「つっても、ウィスプって本来は思念体のようなもので、普通は喋ったりしないもんだけどな……」

 フリードが考え込むような仕草をしながら指摘する。

 ニャスカはこの突然現れたペットのような存在に目を輝かせっぱなしだ。

「名前は、なんていうのかな?」

 僕は自然と、頭に浮かんだ疑問を()()()

「ナル……ルース。ナルルースっていうの」

「そうか、なんだかかわいい響きだね、よろしく。『ナル』って呼ぶね。君はどこから来たの?」

「分かんない。上の方から逃げてきて、気づいたら下の方に来ちゃってたの……」

 他のみんなは何故か僕の方ばかりを見ているような気がする。どうしてだろう。でも、とにかく今は、この目の前にいる迷子の精霊を助けなくては。こんな暗いダンジョンの深奥で一人、さぞ孤独だったことだろう。

「可哀想。助けてあげたい」

 めずらしくシュエが反応する。なぜか彼女は口元を抑えている。そんなに恥ずかしがることでもないのに。彼女にもそういう人の情みたいなものがあるんだと安心する。

「おやおや、珍しいこともありますね。シュエにも人の情というものがあったとは」

 ロランも意外なようだ。

 もっと、ナルの情報を聞いてみよう。

「他に一緒にいた人や、精霊? みたいなのは、いないのかな?」

「ううん、ずっと一人なの。寂しかったの……」

「他には何か分かる? 迷子…… なんだと思うけど、どこに帰りたいのかな?」

「私…… 何も覚えてないの。自分の名前しか、分からない……」

 そう言うと、彼女の目尻が悲しそうに下がる。なんて可哀想な子なのか。勢いでその頭(?)を撫でてしまいそうになる。

「あぁ、こっちにおいで…… ワタシがヨシヨシしてあげる」

 シュエがそういうと、ナルルースはすりすりとシュエの方に移動していく。が、シュエはなぜだかそっぽを向いてしまっている。なにもそんなに照れなくていいのに。彼女にもかわいいところがあるんだな。

 この子を、どこかに送り届けなければ。広く聞き込みをしながら旅をすれば、いずれどこかに彼女を心配する人や精霊が現れるかもしれない。そのためにも、まずはみんなを説得しなくてはならない。

「みんな、聞いてくれ、この子を……」

 僕のことを不思議そうな目でみつめていたニャスカが堪らず喋り出す。

「ね、ねぇ、ジル! ジル……なの? その、声……」

「え…… え? あ、僕…… あれ? (しゃべ)……ってる?」

 これまで僕は骸骨(スケルトン)として、声帯を持たぬ身体のままずっと過ごしてきたはずだ。それなのに、今になって急に話せるようになったとでもいうのだろうか?

「驚きだな、念話というやつか。これはおそらく、その精霊の持つ力だな。互いの意識を直接繋いで意思疎通ができるらしい。ジル、お前は今、心の力で話しているんだ。おそらくシュエも、な」

 合点がいったようにフリードが呟く。シュエがそれを聞いて、大きく後方に飛びのく。

「それ、やめて。ワタシは…… 別に、いいから……!」

 シュエは自分の心が読まれるのが恥ずかしいのだろうか。でも、僕にとってはこれ以上有難いことはない。

「ナル、僕は平気だよ。これからも話せるように、心を()()()欲しい。できるかな?」

「うん、大丈夫だよーっ! あの、お姉ちゃんの方は、やめておくね? でも、またお話しようねーっ!」

 ナルがそう無邪気にそう言うが、シュエはふるふると首を横に振るだけだ。なるほど、彼女はただ無口というよりは、引っ込み思案な性格なのかもしれない。無理に話しかけることもないし、ここは彼女のペースで話しかけてくれるのを待つとしよう。


「さて、僕らはこれから、この子を守りながら先に進もう。親御さんか仲間の精霊か分からないけど、とにかく無事に送り届けるんだ!」

 さきほどみんなに言おうとしていたことを、改めて宣言する。筆談しなくても意思疎通できるっていうのは、なんて楽なんだろう。

「おいおい、こいつがかわいいっていうのは、まあ認めるがよぉ! オレはダンジョンの深奥を目指しているんだ。そいつがただのお荷物だったら、連れていくのは反対だぜ!」

 成り行きを見守っていたフリードが切り出す。それにシュエも同調する。

「ワタシも、弱者のお守りはイヤ。強さを証明して」

 僕としては彼女を連れていき守り通したいが、彼らの言う事にも一理はある。僕らはフリードの話した「黄昏の錠前」を手に入れて地上に戻る必要がある。ただ、彼女に戦闘力が無いのなら、僕らは大きな枷を背負う事となる。一瞬の油断が命取りになるこのダンジョンでは、そう簡単には連れて行けないというのも分かる。

 もし彼女にも何か特技や必殺技があれば、一緒に戦う上でフリードやシュエも納得してくれるかもしれない。

「ナルルースさんは、どんなことが得意なんでしょうか?」

 ロランが優しく尋ねる。

「えーっとねぇ、歌ったり、踊ったり、光ったりできるよー!」

 ナルの返答に、フリードが呆れてため息をつく。

「おいおいなんだそりゃ、そんなん役に立つのかよ……」

 ナルルースはそれを聞いて、ムキになり宙で飛び跳ねる。

「役に立つもん、光でモンスターを追い払えることもあるんだから! いっくよー……えーい‼」

 そういうと、ナルはプルプルと空中で震えてから、まばゆい光を発した。光が僕の目を焼く。熱い。

「ぐっ……あぁ……!」

 フリードがマントの中に隠れる。ロランは言葉もなく、そのまま霧となって霧散しかけている。

「ちょっと、ナルちゃん、それ止めて! みんな死んじゃうからっ‼」

 皮膚を焼けただれさせながらニャスカが叫び、それでようやく光は止まった。

「う、うん、これは、強力なアンデッド用の最後の切り札として取っておこう……!」

 自分でそう言いながらも、二度と使わせてはいけないと硬く思った。

「ナル、他には何か無いのかい? 歌や踊りが見てみたいな~?」

 一縷の望みを託して聞いてみる。実は「歌」と聞いて、僕には少しだけ心当たりがあった。王国の騎士団には軍楽隊があることを思い出したのだ。敵軍と激しく衝突する戦いの前には、魔力を乗せた楽器演奏で味方を鼓舞するのだという。実際に力が湧いてくるのかは分からないが、もしそれが本当であれば心強い。

「みんな、ごめんね。痛くするつもりは無かったの…… 歌で、みんなの傷を癒せると思う。聞いてね?」

 そういうと、咳払いをコホンと一つ。警戒したみんなは、また直撃を浴びないように身構えている。本当に大丈夫なのだろうか。

「それでは聞いてください。『森のララバイ』」

 息を吸い込むかのように火の玉が大きくなり、それから歌い出す。歌いながら、踊る。


 風が巡る 深き森に 枝は揺れ 命は還る

 木漏れ日は 眠る君の 目蓋をそっと撫でる


 暗い洞窟に、彼女の鈴のような歌声が響き渡る。ナルルースが揺れると、光の軌跡が空間に刻まれる。そこから空間に広がり、マナが波紋する。辺りの空気が煌めき、戦闘で傷ついていた僕らの身体に魔力の息吹が吹き込まれる。全身が、特に胸の辺りがなんだか暖かい。

 彼女の踊りに合わせ、光の粒が暗闇に舞う。先ほどとは打って変わって、見たこともない幻想的な光景に全員が魅入っていた。

 ロランがふと思い出したように呟く。

「この文字…… 古エルフ語?」

 彼女が空間に残した軌跡は、数秒の間だけ文字となって光り、そして消えていく。どうやらそれを見たロランには思い当たるところがあったようだ。


 さやや そよよ お眠りなさい

 星を編む わたしの唄に 夢の中で 再び逢える


 数フレーズを歌うと、彼女はふぅと息をついた。辺りの空気の輝きが収まる。

「はぁ、つかれた…… ちょっと、休憩するね? おやすみぃ……」

 そういうなり、そのまま宙に浮いてすぅすぅと寝息を立て始めた。

 呆気にとられたままのフリードが頭を掻く。

「おいおい、こいつ、一体何モンなんだよ……」


 不思議な力を持つ可愛い精霊と、こうして僕らは運命を共にすることとなった――

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