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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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15話 - 黄昏の錠前

「いいかい君達、黄昏の錠前というのはだな」

 それについて何も知らない僕らに、フリードが説明を始める。

「いや、その前にだ。古代魔道具(アーティファクト)がまず何か分かるか?」

 聞いたことはある。人智を超えた魔法の品。しかし、騎士団の食堂で聞いた英雄譚の中にその単語が登場するだけであって、その詳細など知る由もなかった。なので、そのフリードの質問に大して僕は首を傾げて答えた。

 一方、ニャスカがその単語に強く反応する。

「当たり前よ! 偉い大昔のヤツらが作った、めちゃくちゃすごいお宝だろ⁉」

 ……ニャスカも僕と同じぐらい知らないということらしい。

「はぁ…… 君達、なにも知らないんだな。いいか、古代魔道具といえば、数千年以上前の世代のエルフが制作に携わったとされる、()()が吹き込まれた物品(アイテム)のことだ。魔術が起動するいわゆるマジック・アイテムとは訳が違う」

「魔法というのは…… 魔術とは異なるのですか?」

 知識欲を刺激したのか、ロランも会話に加わってくる。

「いい質問だ、と言いたいがな。これは魔導の初歩の初歩だ。原理的に、魔術は誰にでも使える。だがな、魔法というのは世の(ことわり)そのものを捻じ曲げる」

 その違いが僕にはピンとこない。魔術を全く扱えない僕からすると、大して違いが無いように思えてしまう。

「なんっか、難しくて分かんねぇな!」

 ニャスカは腕を組み、眉をへの字に曲げている。

「魔術なら例えば、空間を温めたり、冷やしたりはできる。だが()()()()()()を無いものにしたり、逆に無限大にしたりはできない。それを可能にするのが魔法だ」

 分かるような、分からないような。度が過ぎているということだろうか。

「なんと、それはもの凄く危険ですね。使いようによっては、世界を簡単に滅ぼせるような……」

「よく分かってるじゃないか。薄ボケているように見えて、呑み込みが早いな」

「ハハハ、それはどうも」

 皮肉を言われる側に回るのにも慣れているのか、ロランは意に介さずに返答する。

 コホン、と咳払いをしたフリードが続ける。

「そして、この魔法が宿った品のひとつである『黄昏の錠前』がこの迷宮の深奥に眠るという噂がある」

 彼は、鋭い爪が伸びた人差し指を立て、力を込めて言った。

「この黄昏の錠前についての文献にはな、死者の魂を呼び戻し、生者に戻す効果があると記されている」

 死者の蘇生。そんなものが本当に可能だと言うのか。もしその魔道具とやらでぽんぽんと死者を蘇らせることができるなら、それはまさしく、自然の法則に反している。

「復活の、奇跡…… なるほど。教会によって厳重に秘匿されているものの、確かに存在はします。それと同等の効果が?」

「古代魔道具というぐらいだ。条件を満たしさえすれば、神様へのお祈りすら必要無いのさ。どうだ、興味が湧いてきただろう」

 もしそれさえあれば、何者かに滅ぼされた父さんや母さんを…… そんな良からぬことを考えてしまう。いや、本来であれば、彼らは殺されるべきではなかった。村のみんなを蘇らせるというのは、本当に悪いことなのか?

 そして、この自分もだ。また生者に戻れるなら。また騎士団に戻ってやり直せるなら。そんなことを考えずにはいられない。

 そんな気持ちはニャスカも同じだったようだ。

「はは、ははは…… すっげぇ! それで、アタシもアニキも生き返っちまうかもしれねぇな!」

 シュエは何かを決意するかのように、拳を握りしめている。

「……(あに)様……っ!」

 それなら、フリードにも確認しておかなくてはならないことがある。彼は善悪にあまり頓着が無いように見えるが、もしも悪事に利用しようと考えているのなら見過ごせない。

『きみの 目的は』

 筆談で質問をしてみる。

「ふっ、よくぞ訊いてくれた。オレ様の望みはな、一度人間に戻って失敗した儀式をやり直し、今度こそ真祖吸血鬼トゥルー・ヴァンパイアに転生することさ。そうすれば、こんなみっともない吸血衝動ともおさらばだ。日差しの下を歩いたって平気だしな!」

 ……なんだか心配して損をした。彼もシュエと同じく、ただ道を究めようとするタイプだったらしい。


 それにしても。古代魔道具とは。

 「迷宮の奥底に何かお宝があれば」という漠然とした希望によって、僕らはなんとかここまで歩いてこれた。あるいは、死者となった今の状況を受け入れないように、自分の心を守るために、とにかく強くなって迷宮の下に下にと挑んでいた気もする。それがフリードの出現によって、突如として実感を伴った目標に変わってきた。

 みんなの表情を見渡しても、やる気に満ち溢れてきているのが分かる。

 フリードが表情を引き締めて更に説明する。

「ただ、敵の強さのわりにひたすら長いのがこのダンジョンの特徴らしくてね。普通なら食料が尽きてしまう」

 そうだったのか。ダンジョンに出没する魔物の基本的な性質なんかについては座学で習ったが、そんな特殊な性質をもつ迷宮だとは知らなかった。

「数人の探索者を奥に送り出そうと思っても、百人単位でそれを補佐する輸送隊が必要になる。ただ、それにしては道も入り組んでるし、トラップだってそこら中にある。まるで採算が合わないのさ。それこそ、死者でないと辿り着けないほどに、ね」

 上を向いていたフリードの指先が、真っすぐ僕に向けられる。

「君達、見たところそれぞれ闘えるし。君達にも悪い話じゃないはずだ。どうだ、ここは一時休戦して、共同戦線を張るというのは」

 素直に「一緒についていく」とか「仲間にしてくれ」とは言わない彼の性格にも既に慣れてきていた。そして、そこまで高慢に振る舞えるほどの実力は確かにある。彼と戦いたくないのだってそうだし、できるなら僕らの力になってほしい。それが、古代魔道具(アーティファクト)を得るまでの一時的なものだったとしても。

 僕はみんなの方を見ながら頷く。ロランは魔術の話をできたのが楽しかったのか、うんうんと頷き返す。ニャスカはというと、腕を頭の後ろで組みながらあさっての方を向いている。

「けっ、気に食わねぇガキだがな。魔術の腕だけは褒めてやるぜ」

 なんとか、彼のことを認めてはくれているようだ。

「ワタシは強いヒトならいい。とにかく奥に、進む……!」

 シュエは戦力にプラスになればあとはどうでもいいという感じだ。それよりも、早く迷宮の先へと進みたいのか、ウズウズしている感じさえ伺える。彼女にとっても、黄昏の錠前の存在はそこまで気になるということなのだろう。

 よろしく、そう心の中で言いながら、手を差し出す。フリードも、その握手に応じてくれた。

「ふっ、まさかスケルトンと握手をすることになるなんてな。薄気味悪いが、まぁいい。せいぜいオレ様の足を引っ張ってくれるなよ」

 そう言う彼の口元は不敵に笑っていた。


 その後、僕らも自己紹介をして、迷宮の奥へとまた歩みを再開していた。

 暗闇でパーティの後方を歩くフリードに、ロランが何やら話しかけているようだ。

「ところで、フリードさん」

「気持ち悪いな、フリードでいい」

「では、フリード。あなたは先ほど、自分自身でアンデッドに転生したと言っていましたね」

「あぁ、それがどうした」

「その、職業柄、どうしても興味がありましてね。自ら命を絶って新たにアンデッドとして生きるというのは、どういう心境だったのかと気になりましてね。あなたには神に対する信仰というものが欠片もないのでしょうか?」

 後ろの二人の会話が気になる…… そのことは僕も尋ねてみたかったところだが、あまりに常人と感覚が離れすぎていて、会話にならないのではと躊躇われたのだ。そこを突撃するあたり、ロランは良い意味でも悪い意味でも流石である。

「まず、オレ様に信仰など必要ない。そして君、何か勘違いしてないか? オレは自殺したつもりなど微塵もない。ただ肉体という器が変質しただけだ。そういう君は、器がまるきり無くなって亡霊となったというわけだな」

「ほう…… そしてまさか、その器には何も価値がないと?」

「そうだ。器がどうあろうが全く意味がない。そりゃ、君みたいな霊体だと何かと不便だろうからさすがに御免被りたいがね。ただ、それは本質的には重要ではない」

 ある程度予想できた答えではあるものの、こうもあっさりと断じてしまうとは。彼は尚も持論を続ける。

「知識や記憶、そして魔力操作の中核を担う己の精神こそが最も重要だ。無論、肉体は魔力を媒介し、蓄えもできる。だが、あくまでそれだけだ。魂がどんな肉や骨が覆われていようが、大した問題ではない」

 魔導に生きる人というのは誰もかれもがこのような割り切った考え方ができるのだろうか? いや、そうではあるまい。魔術師が研鑽のためにこぞって転生術を行使するなど、聞いたことがない。おそらく彼は魔導界における極北、いわば異端者なのであろう。

 完全に自身の理路に徹する彼に対し、ロランも負けてはいない。

「白陽の教えでは、健全な肉体にこそ清らかな魂が宿ると説きます。例えば人は飢えていれば怒りっぽくなり、寒ければ心も縮こまります。逆に、温かい湯に浸かり十分な食事があれば、少しだけ優しい気持ちにもなれましょう。……心とは、自らの肉の声にあまりに左右される、そういうものではないでしょうか?」

 そこに、これまで黙っていたニャスカも身を乗り出してきた。

「そうだそうだ! 上手い飯がないとな、人ってのはすぐに荒んじまうんだ。ずっと魔術のことだけを考えられるのが許されるのはなぁ、金が有り余ってるようなお貴族様だけなんだよっ!」

 子供の頃の苦労が骨身に染みているのであろう彼女もロランの言に乗っかる。

「ふん、オレ様は才能はあったがな、別に貴族でもなんでもない、ただの平民の()だよ。幸い、魔導皇国で学院に行くだけの金はギリギリあった。だから努力したよ。それこそ、凡人共が及びもつかないぐらいにな」

 周囲を刺すような高慢な態度に反し、彼はどちらかというと苦学生タイプであったらしい。自分以外を認めようとしない態度は心の冷淡さから来るというよりは、ただひたすらに己の努力の量に対する裏返しということかもしれない。そう考えると急に、彼に大して親近感が湧いてくる気がした。

「だからこそ、転生するしかなかったんだ。魔導の粋を究めるためにはな!」

 フリードがそう言うと、さすがのニャスカも言い返せなかった。そこまでの覚悟を持って何かに取り組もうとした者に、わざわざ突っかかる理由も無いだろう。

「それにな、ロランといったか。君、今も神に対する祈りを行使できていて、何も不都合はないじゃないか。能力のことではなく、君の魂の在り方の話だ」

 彼はずばりロランの胸を指さして言う。

「もしその白陽教とやらの神が()()()()にしか価値を認めないとしたら、ずいぶん了見が狭いことだ。君が持つ意思と感情は、今も変わっていないじゃないか」

「そうですね。私は随分中途半端な存在になり果てました。信仰の徒であるはずの私が、最も〝異端〟に堕ちてしまったのです」

「ふん、異端ねぇ。それは神の教えではなく、君のとこの教会の教えってやつだろう。ったく、とにかく都合の悪いものだけ切り離そうとする、そういうとこがいけ好かないね。信仰とはそんな受け売りだけで成り立っているものなのか? だとしたら余計にオレは神の教えなど御免だね」

「……とすれば、私の持つ信仰もまた謝りではないと?」

「知らないね。何を信じるかなんて自分で決めることさ。オレはオレだけを信じている。信なきものに明日の魔導は拓けない」

「……」

 ロランはそれきり黙ってしまった。何か、深く考え込んでいるようだ。

「ふんっ」

 これまでずっと黙っていたシュエが、鼻白んだように言う。

「ロラン、アナタ、難しく考えすぎ。肉体を鍛えるのも、肉体を変えるのも、強くなるため。肉体が無いなら、無いなりに強くなればいいだけ」

「おっ、分かってるねぇ! 武術のことはさっぱり分からないが、シュエだっけ? 君、気に入ったよ」

「……! う、うるさい。今は歩く!」

 シュエはまた前の方へツカツカと歩いていってしまう。

「ハハハ、シュエの言う通りですね、私もまだまだ精進が足りません」

 そういう彼の表情は、不思議と柔らかに見える。フリードからは信仰への姿勢を真っ向から否定された形になったが、彼は彼で何か納得するところがあったのだろうか。

 僕も、自分が何者であるかとか、何者でなきゃいけないとか、あれこれと複雑に考えすぎていたかもしれない。今はただ、みんなの盾として、ただ強くありたい。その後のことは、黄昏の錠前を無事に手に入れてから考えよう。


 そうやって話をしながら、僕たちは第八階層を進んでいく。

 いつの間にか、仲間が少しずつ増えていく。僕の後ろに続くみんなを、命を懸けて守る。もう死んでいるけれど…… それでも、敵の攻撃を受けてはじめにバラバラになるのは僕だ。それでいい。そうやって、僕の命をみんなに預けることで、このパーティは暗闇を進んでいける。

 どんどん闇に向かって降りていくだけなのに、その状況がなぜか嬉しく、誇らしい。僕は少しずつ、こうして死んでからようやく、本当の意味で騎士になれるのかもしれない。

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