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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
15/21

14話 - 下級吸血鬼

 レオン・シェリーをはじめとする上級冒険者達となんとか和解に至ったあと、第八階層で僕たちは思わぬ苦戦を強いられていた。

 例えば、群れて襲ってくる大きな羽虫。空中を自在に動き回るので動きが捉えづらく、誰かを囮にしてダメージを受けながら倒すほかなかった。他に、第一階層で闘ったスライムとは比べ物にならない強力な酸を持つ粘性生物。ニャスカが相性が悪いのは言うに及ばず、僕の装備ですら腐食させてくるので質が悪い。

 こいつらとの戦闘の後、僕らはいったん足を止めて、装備品のメンテナンスや休憩に時間をかけることにしていた。

「おぉ神よ、どうか私に炎や氷の奇跡をお授けください……!」

「どーせ、そんなもんねぇんだろ? 祈るだけ無駄だ!」

 祈るロランに、イライラが最高潮に達しているニャスカが突っかかる。

「いえいえ、高位の司祭(ビショップ)ともなれば魔術も同様に行使できるのだと聞き及びます。あぁ、私にそこまでの才覚があれば……!」

「ワタシ、炎出せない…… (あに)さまならできるのに」

 シュエがなんだかしょんぼりした様子で呟く。ってかお兄さんだって武術家じゃないのか? 炎を操る格闘家(モンク)とは一体どんな風なんだろう。

「でも確かに、魔術師(メイジ)呪術師(シャーマン)みたいなヤツがいればなぁ! こんなスライムども、バァーっとやっちまえるのに」

 そんなニャスカのボヤきを聞きながら、僕は防具にガタが来ていないかチェックしていく。なんとか現状の戦力で敵と戦っていくしかないが、確かに魔法の力が欲しいところだった。僕だって成長すれば、伝説に残る騎士達のように魔法剣を扱えるようになるかもしれない。そうなるのはまだまだ先の話かもしれないが、僕だってもっと強くならなければ。


 第八階層の中ほどまで来た時、ぽつぽつと妙な魔物の死体が現れるようになった。

 氷漬けになった魔物。ピクリとも動かず、ほとんど絶命しかけている。決まって大型の獣のモンスターで、巨大な氷で貫かれてカチカチに凍っていた。

 今も目の前の通路の先に、洞窟の床や壁から氷柱が何本も生えている。冷気でうっすらと霧ができており視界が悪い。

 ――と、ニャスカが僕たちを手で制する。敵か。

 通路の先に目を凝らす。奥に、氷の杭に串刺しされた巨大な猪のモンスター。その脇に人影がある。姿形からして、男性に見える。しゃがんで猪の様子を念入りに調べているようだ。

「おい、なんだか様子がおかしいぜ……?」

 ニャスカが警戒感を強める。 足音を立てぬように更に近づいてみる。……と、その人物は猪の胴体に、口元から覗く大きな牙を突き立てた。咬みついているのだ。ダンジョンの魔物同士が争っていたというのか?

 様々な憶測が脳裏に駆け巡っていたその時、その男がぶつぶつと喋り出した。

「あー、クソ、魅了(チャーム)も効かないし、かと言って燃やすと血が吸えないし……」

 男は猪から吸血するのに夢中でこちらに気づいていない。独り言をあれこれと呟き続けている。気配を殺してさらに近づいていく。

「氷は血が溶けるまで時間がかかる…… はぁ、どうにかして生捕りできにできれば。にしても、なんでこのオレ様がこんな無様な……」

 見るからに意思のある魔物だ。吸血鬼(ヴァンパイア)というやつだろうか。僕たちは互いに目を合わせる。

「あれ…… 血、吸ってない?」

「吸血、してますね」

 ニャスカとロランが声を潜めて話す。

『話しかけてみよう』

「危険では? 念のため防御の準備はしますよ」

 筆談で相談するが、ロランも警戒している。

 しかし、その流れをぶった切るようにニャスカがずかずかと前に出た。ロランが焦ったように祈祷を始める。ニャスカは彼の背中のすぐ後ろに立って、唐突に話しかけた。

「おーい、そこの血吸い野郎、あんた何やってんの?」

 男はびくっと肩を震わせた直後、後ろに振り向きながら叫んだ。

「……ッ‼ 〈火炎球(ファイアー・ボール)〉」

 懐から素早く短杖(ワンド)を取り出しながらの短縮詠唱。手慣れている。杖から射出された火球はロランの防壁に阻まれる。それを見て驚いた男は突然、地面の影にトプンと()()()消えた。と思うと、距離を置いた向こう側から男が出現する。()()()()()とでもいうのだろうか。

 向こうがいきなり戦闘に入ったことで、こちらも構えざるを得ない。できれば友好的に話合いたかったのだが、吸血鬼の男は杖を構えながらこちらを睨みつけている。

「ゾンビにスケルトン、ゴースト、それに…… キョンシーだと? 随分妙な組み合わせだが…… まぁいい。死体とはいえ、こいつならどうだ⁉」

 そう言うと、男の目が一瞬怪しく光る。が、その後すぐに怪訝な表情をする。

「ふん、なんだ、死んでたら効かないのか」

「あんた今、もしかして私に色仕掛けしたの? ……百年はえぇんだよ、ガキが!」

 敵の行為にキレたニャスカがすかさずナイフを投擲する。ナイフは寸分違わない狙いで彼の指先に命中し、杖を取り落した。

「ッ! 何をするっ‼」

 だが次の瞬間、確実に切り落したように見えた三本の指は何事も無かったかのように再生されていた。それに驚いていると、彼は杖を拾いながら魔力を練った。すぐさま魔力が杖の先に集中する。速い!

「これなら防ぎきれまい、〈氷撃槍(アイシクル・スパイク)〉」

 圧倒的な発動のスピード。瞬く間に巨大な氷の塊が空中に顕現し、ニャスカに向かって加速する。僕は彼女との間に割って入り防御態勢を取る。氷の槍はロランの防壁を突き破り、そのままの勢いで襲い掛かかってくる。盾でなんとか受けるが、衝撃で体制が崩れる。盾にマナを吹き込むのが数瞬遅ければ危なかった。

 相当な魔術の使い手だ。僕はロランとニャスカの防御に専念しよう。そう思っていると、床がみるみるうちに凍り付いていく。吸血鬼の杖先から冷気が立ち込め、洞窟の床面に流れ込んでいる。つるつると滑る氷の床に足をとられ、僕はそのまま尻もちをついてしまった。不味い。

 彼は隙だらけの僕に狙いを澄ましているが、そこにシュエが飛び込んでいった。氷上を滑るように水平移動し、そのまま敵の懐に飛び込んだ。深く沈みこんだ体勢から右拳の突き。氷の床に亀裂が走る。シュエの拳は彼の胴体を綺麗に捉え、そのまま()()()()()。勝負が着いたかのように見えたが次の瞬間、彼の身体は細かく千切れ、数十の黒い蝙蝠達に変化した。蝙蝠が少し遠くの位置に集まると、そこからまた彼の姿が出現する。

「思ったより厄介」

 シュエがジトっとした目で彼の方を睨みつける。彼女の渾身の攻撃が効かないなんて、一体どうしたらいいのだろう。おとぎ話にある通り、銀製の武器が必要だとでもいうのか。

「クソっ、何なんだよアイツ、無敵か⁉」

 ニャスカが苛立って叫ぶが、敵は詠唱を止めない。杖の先から濃霧が染み出し、辺りを包み込む。視界が閉ざされ、すぐに彼の姿は見えなくなってしまった。

 と突然、僕とニャスカとの間の地面から、黒い人影がにょきりと生えた。空間移動だ。男はニャスカにそのまま飛びかかろうとした。

 気配に気づいたニャスカが後ろに回し蹴りを放つ。蹴りが頭を捉え、そのまま振りぬかれる。頭が無くなったように見えたが、またしても蝙蝠となって散る。距離を取って、彼が再度出現する。

(くそ、これじゃ埒があかない……!)

 四人がかりだというのに、一体のヴァンパイア相手にいいように翻弄されてしまっている。

 一方で彼も僕らの連携と防御を突き崩せていない。互いに決め手を欠き、戦況は完全に膠着していた。


 一度間合いをとった吸血鬼がこちらを睨みつける。

「おいおい、キリが無いな。君達は一体なんなんだ⁉」

「ハハハ、それはこっちのセリフですね。はじめは知性の低い吸血鬼かと思いましが、驚きましたよ」

「あぁ⁉ オレ様の知性がなんだと? 貴様、もう一度言ってみろ!」

 相変わらずロランは相手を煽る。しかし、こんなに多彩な魔術を使いこなすことには僕だって驚嘆していた。それに威力の高い大魔術こそ使ってこないが、補助的な魔術の使いどころが上手い。相当魔術を利用した戦闘に慣れていることが伺えた。

 吸血鬼は構えていた杖を下してこちらに歩いてくる。

「言っておくがな、君達を殺そうと思えばオレはやれる! 無視だってできるのだ! だがな、オレ様は君達に興味が湧いてきた」

「あぁ⁉ おうおう、本当にやれるもんならやってみろって!」

 ニャスカがつっかかる。また戦おうと前に出るニャスカの肩を掴む

(まぁまぁ、落ち着いて……!)

 ニャスカの方を向いて、懸命に首を横に振る。敵が話をする気になったんだ、どうにか堪えて落ち着いてほしい。

「う、嘘ではないぞ。本気を出せば君達なんて一瞬で消し炭だ! ただ、今はしないだけだ‼」

「おやおや? もしかして、魔力切れですかぁ?」

 見透かしたような口調でロランが肩をすくめる。

「ぐっ……!」

 どうやら図星のようだ。結構単純なヤツかもしれない。少なくともこれ以上戦闘を継続する能力がないのなら好都合だ。こちらの攻撃がことごとく無効化される上に、ロランも防壁を展開し続ける必要がある。戦い続ければこちら側とて消耗は避けられ無さそうだった。

 僕も剣を鞘に納めて、一歩前に出て騎士の礼をする。声が出ない分、態度で示すしかない。

「……ふぅ、どうやら話をする気になったようだな」

 後ろでキレていたニャスカも、いったん武器を下げてくれた。

「話といってもですね、先に攻撃してきたのはあなたの方だったのをお忘れのようですね。何かいう事があるのでは?」

 ロランが涼やかな笑顔を浮かべながら詰問をする。

「チッ、悪かったな! いきなりグロいゾンビが目の前に出たのだ、反射的に撃ってしまったんだよ!」

「おいっ! 誰がグロいってぇ⁉」

 ニャスカが叫ぶ。また暴れ出そうとするニャスカの両腕を掴んで必死に押しとどめる。

(頼む、これ以上煽らないでくれぇ……!)


「喧嘩っ早い輩もいるようだが、ここは一つ、友好の証に自己紹介といこうじゃないか。オレはフリード。フリードリヒ・クライン。はるかに北の国にいたんだ。魔導皇国と言えば分かるかな?」

 魔導皇国。雪深い北の果てに、魔術の専門家達によって創られた国家があるという。軍事、産業などあらゆる面において魔術が浸透している国。この吸血鬼はそこから()()という。彼も何か理由があって吸血鬼に成ったということなのだろうか。

「しっかし君達…… 魔術師(メイジ)には見えないな。いったいどうやって不死者(アンデッド)に転生したというんだ?」

 僕は首を横に傾げ「さぁね」というポーズで返事をする。そんなこと、僕が教えてほしいぐらいだ。ふと、死の間際を思い出す。僕は他の士官に裏切られて瀕死になり、ただ魔物に止めを刺されるのを待つだけだったはずだ。だが、あの時。最期に聞いた老人の声は一体なんだったのだろう。

「そんなのアタシの方が知りたいね! 死んで、目が覚めたらゾンビになってたんだよ」

「私も死んだはずなのですが、気づいたら幽霊になってたもので。神のみぞ知るというやつですね」

 ニャスカとロランの答えに、フリードが驚き目を開く。

「お、おい、まさか君達、自然発生という訳ではあるまい? 君達の主人(マスター)はどんなヤツなんだ?」

「そんな人はいない。起きたら一人だった」

 シュエがぼそぼそとした声で答える。フリードは額に手を当てて天を仰いだ。

「はぁー、それは可哀想な。屍術(ネクロマンシー)をかけたらまずは服従の術をかけるのが常識というものだが、まさかほったらかしとはな」

 屍術。その存在だけは聞いたことがあった。死者の身体に術をかけ、意識もなく戦う「肉の壁」として使役する禁断の魔術。王国によって硬く秘匿されており、現在は数人しか使い手がいないと言われている。また、戦時における国家の奥の手だとも噂されていたことを覚えている。

「しかも君達、見た感じは『魂の復元』が完全だ。そこまで人間性を保った状態で死者を呼び起こす術は既に失われているはずなんだがな……いや、しかし……」

 口元に手を当てて何かぶつぶつと言いながら考え始めてしまった。

「おいおい、うちらがおかしいっていうのかよ。そういうアンタはどうなんだよ⁉」

 ニャスカが詰め寄る。

「オレ様はちょいと違う。自分で吸血鬼(ヴァンパイア)になったのさ。転生(リインカーネイト)の術でな。対象が自分自身の場合なら、魂は維持されるのさ」

 まさか、自分から不死者に転生するようなやつがいるとは!

「は? なんのために?」

 意味が分からないという様子でニャスカが尋ねる。

「それは、魔導を極めるために決まっている。寿命なんて邪魔なだけだからな」

 さも当然と言わんばかりのさらりと答え。常識が違い過ぎる。研鑽を積むためなら自分の命を投げ出すことすら厭わないというのだろうか。おそらく、魔術や生命、魂といったものに関する感覚が常人とはかけ離れているのだろう。

 自身にかけた術が失敗すればどうなるのか…… 普通ならばそういったことが頭をよぎって躊躇われるはずだ。だが彼にとっては、そんなことすら考える必要がないほど術が成功するのが当然なのだろう。

「たしかに、強くなるにはこの身体は便利」

 このフリードという男の在り方に僕が驚いている横で、シュエはなぜか妙に納得がいっているようだった。道を究める意味において、何か通じ合うものがあったのかもしれない。

「で、こんな田舎ダンジョンの深層に来てるってことは、だ。君達も当然、()()を狙ってるんだろ?」

「は? アレって何だよ?」

 ニャスカが首をかしげる。僕にも何のことを言っているのかさっぱり分からない。

「おい、まさか黄昏(たそがれ)の錠前を知らないっていうのか⁉」

「たそ…… なんだそりゃ?」

「……君達、一体、何なんだ……」

 フリードが頭を抱えてしゃがみこんでしまった。この突如現れた吸血鬼との話し合いは、まだまだ混迷を深めそうだった。

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