13話 - 物言う死体
ロランが即座に守護聖壁を展開する。光の膜が僕らを包んだことにより、女司祭の短縮詠唱による攻撃は牽制された。敵の魔術師から放たれる魔弾も壁が弾いている。先の鬼人との戦闘により、ロランの防護祈祷も力強さを増していた。
戦槌の戦士――レオンが怯まずに躍りかかるが、僕もすかさず前に出る。凄まじい風圧と共にハンマーが振り上げられる。この圧倒的な一撃。少し前の僕なら掠っただけで全身がバラバラになっていたはずだ。だが。
盾に自分の息吹を注ぎ込むイメージ。左手から先全体が青い光に包まれる。盾を強固に推し固めるイメージでマナを注ぎ込む。盾を前に突き出して構える。次の瞬間、猛烈な衝撃が全身を襲う。
(……ぐっ、あぁっ‼)
両足の地面が抉れる。激しい衝撃音が通路を飲み込む。だが果たして、僕の盾は暴力的なハンマーの勢いを完全に止めていた。
「……⁉ 驚いた、こいつを真正面から止めるたぁな!」
燃え盛るような髭面でニカっと笑みを浮かべると、彼は一度前線から距離を取った。
(もう一度は無理かもしれないんですけどね……!)
続いて盾を新調したあの剣士が突貫してくるが、目の前にシュエが立ちはだかる。振りかぶった剣の腹に掌を当て、僅かに軌道を逸らす。剣士は盾を構えようとするが既に遅い。シュエの身体は間合いの内にするりと入り込み、重心を落としながら肘を相手のみぞおちに滑り込ませた。
「ぐっ、ぶぅえっ……ッ!」
剣士は激しく吐瀉物をまき散らしながらそのまま地面に倒れ込む。
「お、あぁ……てめぇ、らっ……!」
嗚咽し、目に涙を浮かべながら道士服の少女を見上げている。
「はぁ。アナタ弱すぎ。しばらく寝てるといい」
シュエは余裕の表情で、剣士が落とした盾と剣を通路の脇の方に蹴飛ばす。これで前衛の一人を完全に無力化できた。
ここにきて戦力に余裕があると見たのか、ニャスカが敵に叫ぶように呼びかけた。
「おい、これ以上攻撃はするな! お前ら、話をしようぜ!」
シュエはやれやれという顔でニャスカの方をにらむ。
「面倒。全部のしてしまえばいいのに」
そういいながらもニャスカの呼びかけに応えてくれるのか、防戦に徹する構えで戦線から前に出ようとはしない。シュエからすると、実力が拮抗してない敵との戦闘にはあまり興味がないのかもしれない。
ロランの祈祷による防壁も継続しており、戦線は完全に膠着していた。
決め手を欠いた戦士、レオンが焦れたように叫ぶ。
「おいおい、こっちにはゾンビどもとしたい話なんてねぇんだがなぁ!」
それに対し、ニャスカが一歩前に出て胸を張りながら名乗りを上げる。
「はは、そりゃねぇだろ。この大盗賊ニャスカ様の話を聞けねぇってのか⁉」
(そんな、誰も名前なんて知ってるわけ……)
そう思っていると、レオンは目を見開いてニャスカの顔を見つめているようだった。
「ニャスカ⁉ 嘘だろお前、あの『赤猫』か⁉ んなわけねぇっ!」
「お、こんなところに俺様のファンがいるとはなぁ! 先日はゴドリックの野郎をコケにしてやったが、街の酒場では随分と評判だったようだな。死んだアニキも鼻が高えってもんだぜ?」
それを聞いたレオンはより一層驚いた表情を見せた。そして数秒の逡巡のあと、ため息を吐くようにして言う。
「……シェリーよ、どうやら聞く価値はあるぜ。こいつらは死人だが、完全に話の通じねぇヤツじゃなさそうだ」
そう言うと背中に構えたハンマーを下ろし、地面に突き指すように置いて仁王立ちとなった。戦闘の姿勢は完全に解かれていた。
「バカな!私は認めない‼ そこの悪霊よ、不浄なる存在よ! 貴様は神のご意志をなんと心得る!」
女司祭は、どうしても神の奇跡を使いこなす幽霊――ロランに聞きたいことがあるようだ。
「神は皆の心に平等におわします。あなたにも、こんな怨霊と成り果てた私の心にも、ね」
「ふざけるな! 神のご意志は、生者を導くためにこそある! 貴様のような怨霊が奇跡を行使するなど、絶対にあってはならない!」
「でも現に私は朝晩の祈りをささげ、今もこうして神の恩寵を賜っています」
堂々と宣言したロランは、光の膜の中央に浮かびながら胸の前で両手を組んで握った。今もなお、彼の防壁は発動されている。
「それは神のご意思に反することよ! 摂理に反している!」
「それは道理の問題でなく、単にあなたの信仰の問題では? 私の魂が朽ち果てるまで、私は神に祈り続けましょう。救われぬ人々のため、ここにいる迷える魂のため、そして我が主のために。それでもあなたは、私を否定しますか?」
「……っ!」
ロランに煽られながらも反論できず、シェリーが言葉に詰まる。
「それともあなたは、死者には祈ることすら許されないとでも? あなたならどうです。もし、死後に神の国に受け入れられなかったら?」
「……そ、それは……!」
「まぁ、あなたがそのような運命を辿ることのないよう、私は神に祈りましょう」
「……っ……!」
完膚なきまでに意趣返しをしたロランは、手を組んだまま目を閉じる。思いついたように顔をあげた女司祭が反撃に転じる。
「そ、そうだ、あの『死の祈り』! あれは本物だったわ、私たちを殺そうとしていたっ! 言い逃れはできまい‼」
シェリーが先の戦闘でのロランが唱えた祝詞について糾弾する。その言葉に全員が警戒を高める。
「アレは皆さんに退いてもらうためのただのハッタリですよ。僕はただの中央協会に所属する第九位階の助祭。そんな高度な祈りは行使できません」
「……ならば、行使できる最高の祈祷は?」
試すようにシェリーが詰問する。
「私が教わった最高難度の祈祷は、まさに先の戦闘で私が唱えた『強制告解』の奇跡。あの場で戦況を膠着させるためにはあの方法しか思いつきませんでした…… 皆さんを一時的にでも苦しめたのは、平にご容赦を」
相手を煽るだけ煽ったが、ここが引き際と見たのかロランは素直に頭を下げて謝罪をした。それが功を奏したのか、シェリーが明らかに勢いを失っている。
「ふ、ふん…… 確かに元聖職者だったようね……」
神学論争でも、闘いの咎についての議論でも言い負かされた形になったシェリーは、言葉を探しながらも俯いたままだ。杖を持った手が震えている。全く納得がいっていないが、いま目の前にある現実を受け入れざるを得ないのだろう。
その一方で前線にいるシュエは論争に参加せず、ただめんどくさそうな表情を浮かべながら敵の前衛の戦士を見ている。
「アナタ、アナタも。弱すぎ。闘うのはもっと修行してから」
「こ、こんにゃろぉ~……」
僕が盾を頂戴してしまった剣士が地面に伏せ呻いている。
(なんか可哀そうになってきた、盾を返してあげたほうがいいかな……)
そんなことを思いながらも、この膠着状態は保持しなくてはならなかった。
僕は前に進み出た。敵の前衛が武器を構えなおすが、僕はその場に踵を揃えて直立する。
剣を胸の前で真っすぐ上に掲げ、盾を剣より前方に突き出す。その後、今度は剣を真横に構えてから剣を鞘に納める。
「こいつぁ……王国騎士団の⁉」
よし、王国の作法に乗っ取った礼儀作法であることは伝わったようだ。敵意はない…… ただそのことを伝えるためだけに命を張らないといけないなんて。でも、ここまで来たからには意地を通す。
更に一歩前に出ると、敢えて背中を見せてしゃがむ。石を使って、できるだけ大きく地面に文字を書く。
『話し合おう 戦いたくない』
「これ以上、死人と語り合うことはないわっ!」
女司祭が錫杖を構えるが、レオンが前に出てそれを制した。
「おいシェリー、小難しいことは分からんがな…… 俺は殺したい奴は自分で決めるぞ。ここはもう手を出さん」
「レオン⁉」
「まぁ、こいつらが何ていうかだ。それからでも遅くはねぇさ…… なぁ、そこの骨よ」
そういうと、レオンは巨大な闘槌を背中に装着して、完全に戦闘態勢を解いた。場は完全に僕に委ねられた。できるだけのことをするんだ。
『ありがとう』
そう素早く書く。だがそれだけでは足りない。ここを穏便に引いてもらうためには、決定的な何かが必要だ。
『人を殺さない 傷つけない 誓う』
どうだ。敵は僕の書いた文字を半信半疑の目で見ている。
「確かに、このぐらいの奴らが来るだけなら傷つけずに制圧できる」
シュエが言い放つ。
「シュエちゃんは、ちょーっと黙ってようか?」
ピリピリしたニャスカがひきつった笑顔を浮かべながら言う。
レオンが腕組みをしながら前に進み出て言った。
「……誓え! ダンジョン内で、全ての人に危害を加えず、力の限り彼らを救うと」
異論もあろうはずがない…… もっとも、敵対さえしなければだが。いや、敵対しないよう最大限の努力をするんだ。
僕は鞄の中からニャスカの日記を取り出す。空白の一ページを指でつまむ。手帳の持ち主の方を見る。彼女がうなづいたのを確認してから、ページを破いた。筆記用の炭でレオンの言った内容を力強く書き、生きていたころの所属も加えて署名をした上でレオンに差し出した。
圧倒的なボリュームの筋肉は近くで見るとなお迫力がある。
レオンはそれを乱暴に受け取り、中身を改めた。
「ふん、ベルンハルトだと。大層なお名前をお持ちじゃねぇか。元五番隊隊士、ねぇ……」
たったこの紙切れ一枚にどれだけの力があるか…… それは彼次第だ。もしかすると、次の瞬間ハンマーで全身をバラバラにされているかもしれない。
場にいた全員が固唾を飲んで見守る。
「……またもし妙な噂を聞きでもしたら容赦しねぇ。……おい、ここはいったん退くぞ!」
そう言うとレオンは一番に僕たちに背を向け、のしのしと反対の方後へ歩き出した。他の冒険者もそれに続く。
悶絶状態からようやく復帰した剣士が恨めしそうに僕をにらむ。
「くそ、必ず俺の盾は返してもらうからな!」
なんなら今お返ししますけど。そう思い盾を前にやろうとしたとき、遠くからレオンが叫ぶ。
「戦闘中に盾を落とすやつが悪い!そんな縁起の悪い盾なんざ、くれちまえ!」
剣士はぶつぶつと何か言いながら、仕方なく他の冒険者に続いた。
最後までシェリーが残っていたが、諦めたように振り返り、最後尾に続いた。
ニャスカがどさりとその場に座り込む。敵の動きに最も柔軟に対応していた彼女は、流石に緊張しっぱなしだったはずだ。
「かぁ~、助かったぜ!あっちも相当の準備があったはずだ、本気でやりあったらタダじゃ済まなかったかもな!」
「神について論じ合うのは久方ぶりでした。やはり何度やっても楽しいものです。うんうん」
ロランもそれに応じる。何か満足のいくやりとりだったようだ。だが敵を挑発するのは頂けないためここで釘を刺しておく。
『ヒヤヒヤした もう少し静かにして』
「そんな、殺生なぁ~」
ニャスカは苦笑いだ。しかし、シュエの圧倒的な体術で敵の前衛を無力化できたのは大きかった。
「双方血を流すことなく、矛を収められたのは良かったですねぇ」
「もともと血が流れてねぇけどな! はっはっは!」
本当にそれこそが、今回の最も大きな収穫だ。意志あるアンデッドとして冒険者に存在を認められた意義は非常に大きい。……いや、見逃されただけか? ともかく、これは今後僕たちが地上に出るための足がかりとなりそうだ。
「ともあれジル、あの場面でよくあんな大胆なことができましたね。関心しましたよ」
「ウチらとしても、困ってるやつらは助けてやりてぇからな。ジル、よくやったぜ!」
そうだ、あの冒険者達との誓いを忘れてはならない。今後はどんな冒険者と遭遇しても、自分達を守り抜いて害意が無いことを示し続けなければならない。骨が折れそうだが、とにかくそれをやり通すんだ。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、シュエは完全に物足りない様子だ。
「もっと強いヒトとやりたい」
「シュエちゃん、そいつは勘弁……」
僕たちは強くなっている。僕はみんなを守れる。そんな確かな成長の実感がある。僕たちの状況は何も進展がないけれど、とにかくまずはそのことを素直に喜ぼう。
しばしの休憩ののち、僕たちは更なるダンジョンの奥底へと足を進めた。




