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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
13/21

12話 - 赤猫の過去

 あれからまた何日かが経って、ニャスカの勘によればだが、僕たちは七層の終わりに差し掛かっていた。

 大型のホブ・ゴブリンや巨大百足(ジャイアント・ピード)といったモンスターに遭遇しても、僕たちは危なげなく攻略できるようになっていた。シュエに至っては、まだ一度もまともなダメージを負ったところを見たことがないのだから凄い。

 何度かの戦闘と長時間の移動の後、僕たちはこの少し開けた小部屋で休憩をしていた。行き止まりの部屋だったので、消耗を回復して立て直すべきだという判断に至った。

 シュエは端の方で、何やら武術の型をひたすら反復練習している。ロランは祈りの時間に当てているようで、手を組んで静かに目を瞑っている。いつもこうしてくれていれば、ニャスカも心穏やかに過ごせるのだが。

 僕は見張りの番に徹していた。部屋から一つだけ伸びる通路の闇に目を凝らしながら座っている。

 ――とそこに、ニャスカが照れ臭そうにしながら()()手帳を差し出してきた。交換日記だ。途端に胸のマナが高まる。

 これで互いに二度書いたことになる。前回の僕の文章へのお返しだろうか、今回は少し時間をかけて書いてくれていたように思える。

 ニャスカが僕の方から目線を逸らし、彼女には似つかわしくないボソボソとした口調で話しかけてきた。

「てめぇ、もうちょっと小さい字で書けよな。ったく、五ページも書き込みやがって。いいか、紙には限りがあるんだ。それに、コイツは…… ()()が効かねぇんだよ……」

 そういうことか。ダンジョンを探索中でいつまた似たような品物が手に入るか分からないからというだけでなく、この手帳自体が彼女にとってとても大切なものだったのだ。

 だから、前回の日記はあんなに小さな字で細かく詰めて書いてあったのか…… 今度からは気を付けよう。

 彼女は俯きながら、手帳の表紙を親指で撫でている。

「アンタさ、なんていうか、上手く言えねぇけど…… 面白いよ。小難しい表現が多くて読むの時間かかったけど」

 (えっ、うそ、褒められた⁉ やった!)

 内心でガッツポーズをする。一生懸命考えて書いたつもりではあったものの、そんな風に言ってもらえるとは思ってもみなかった。自分の内面というか、魂そのものを肯定してもらったような気分になるのだと気づいた。ただ、次回からはもう少しだけ簡潔な表現を心がけるようにしてもいいかもしれない。もっと、彼女の心に響くような文章を書きたい。

「やられっぱなしは性に合わねぇからな、アタシももう少しちゃんと、その…… 書いてみた」

 それは気になる、気になるぞ。ペコペコと礼をしてすぐに日記を開こうとすると、ニャスカが小さく鋭い声で言った。

「バカ、今はやめろ! ……その、あれだ。アタシが寝てる時にしろっ!」

 そう言って彼女は部屋の隅っこに行ってしまった。僕もそうだったが、やっぱりちゃんとした文章で何かを伝えるのは照れ臭いのだろうか。今はそのチャンスが来るまで耐えることにしよう。


 その後しばらくして、ロランと見張りを交代してもらう。彼とすれ違うとき、耳元で囁き声が聞こえた。

()()、後で教えてくださいねっ」

 僕は慌てて首を横に振る。残念ながらそれはできない。彼女と何か約束を交わしたということはないが…… やはりこういうのは、互いの秘密とすべきだろう。

 ニャスカが横になっている部屋の反対側、ロランの姿が正面に見えるようにして座り、静かに日記を取り出す。

 ページを開くと、僕の書いたものの倍は小さく詰まった字で、前回よりもまとまった量の文章が飛び込んできた。はじめの一ページに目を走らせるだけで、自分がもの凄く興奮していることが分かる。今の僕に肌があれば、顔は緊張して紅潮していたことだろう。

 文章は…… パッと見て少し読みづらいかと思ったが、不思議と頭に入ってくる感じだ。例えば、彼女の日記の出だしはこうだ――


   ◆


 アタシはどっかのキゾクのおじょーサマってワケじゃねえ。カタギのしごともわからねえ。オヤはさっさとくたばった。イエもカネもねえ。けど、ぬすみだけはしなかった。ゴミひろい、道あんないで食いつないだ。ある日ほんとうにハラがへってたおれてたら、マッドキャッツにひろわれた。


   ◆


 簡素でぶっきらぼうだし、難しい文字を知らないようだ。何より小さな字で一切改行もなく、それでいて字が詰まっているため面食らうのだが、なんとか読み進めることはできそうだ。

 大事なのは想像力だ。彼女が育ったであろうスラム街の雰囲気や、彼女自身の声を想像しながら読んでみることにしよう――


   ◆


 マッドキャッツはただのチンケな盗賊風情とは一味違う。義賊なんだ。拾われてすぐのうちはよく理解できなかった。けど、アニキと色々話しているうちにコイツ()が普通とは違うんだと感じた。

 アニキからは盗賊(ローグ)斥候(スカウト)の技術を徹底的に叩き込まれた。中でも特に褒められたのはナイフ術だったか。結局、盗みの技術も教わったけどテンでダメだった。アレはなんつうか、性に合わねぇ。

 ただ飯食らいで居続けるのもゴメンだったからな、技を覚えてからはすぐに団の仕事を覚えたよ。例えば、ある日の活動はこうだ――


 アタシはある夜、カルノー男爵がクスリを横流ししていた証拠を掴むために屋敷へ侵入した。クスリっつってもヤバいやつじゃなくて、国が作る医薬品の方な。怪我人を救うためのモノで余計に稼ぐってのは許せねぇからな。

 事前の情報収集を細かくやっとくのも団にとっては大事なんだがな、潜入やカチ込みこそがアタシの本領発揮。押し入ってバタバタとやるスリルがたまんないのさ。そして今回のヤマはいままでで一番デカい。屋敷も、男爵の悪事の大きさも、な。ニャスカ様の腕が鳴るってもんだ。

 事前に入手した屋敷の見取り図が間違いないことを確認。壁をよじ登って窓から侵入した。貴族共の家のカギなんてのはちょちょっとやれば、簡単に開く。アイツらは金のかけドコロってやつを分かってねぇ。

 屋敷はクソ広いがその分死角も多い。通路を、影に溶け込むようにして歩く。足音を立てたら終わり。同じ時間に忍び込んでる仲間の命だってかかってるんだ、失敗はできねぇ。

 そう思ってたら、庭から犬が睨んでるじゃねぇか。短く唸って、吠えた。番犬に気づかなかったのはお粗末だった、けどこんな時のために肉だって用意してある。躾けられたワン公でもコロッと大人しくなる特注品だ。難を逃れて屋敷の奥に進んでいく。

 今の鳴き声で、衛兵がうろうろし始めた。通路の奥からこっちに向かってくるのが一人。曲がり角の影から、不意打ちで組みついてクスリを嗅がせて眠らせる。見かけても殺しはしねぇ。俺たちは正義のヒーローだからな、大人しくしててもらうだけだ。


 カルノー男爵の場合、金庫に証拠は保管されていなかった。だがよ、書斎の本棚の、ホコリがついてない箇所を見てすぐにピンと来た。用心のためメイドに掃除させてなかったのが仇になったな。自分でもキレイにすることをオススメするぜ、もう遅いけどよ。

 帳簿とは関係のない、「カルノー家の歴史」なんて一番つまらなそうなタイトルの本の裏。ココに隠してやがったか。

 証拠を掴んだら、あとは金を持ち出すだけだ。どうせ悪事で稼いだ金だ。宝石や貴金属は足が着きやすいから扱いが難しい。やっぱり金貨ちゃんが一番頼りになるぜ。

 いよいよ屋敷全体が騒然となってきて、クソ高そうなシャンデリアが揺れていた。やっと起きた執事が慌てて駆け寄ってくる。アタシは金貨袋を掴んだまま窓の外にダイブ。いっちょ上がりよ。


   ◆


 どこか乾いた調子で紡がれる彼女の物語からは、文体とは対照的にどこか誇り高い、彼女の生き様そのものが垣間見えた。騎士団において説かれる正義とは方向性が異なるが、これもまたひとつの正義の形なのかもしれない。

 そしてその信念は、彼女の兄貴分の影響を強く受けているようだった。隊長に育てられながら次第にプリンセス・ガードに憧れた僕も、同じようなものだ。

 無意識のうちに彼女の内心に入り込むようにしながら、続きを読み進めていく。


   ◆



 さて、カチ込みの翌日こそがウチ等にとってのお祭りだ。匿名で男爵の悪事についての投書を大量に書いてな、それを市中にばら撒いてやるのさ。

 最も重要な証拠品は正面の門に張り付けてからおさらばする。街のみんながそれを目にしてから、衛兵のご到着ってワケだ。全く、バカな貴族どもが青ざめる顔は、何度見ても最高だねぇ!

 盗んだ金はどうするかって? 当面の活動資金を確保したら、後は街でバラまいちまうのさ。道端の孤児たちに飯を食わせたり、アタシみたいに団員として拾って育てたり。税金で毟られてる商人に有利な条件で金を貸して店を続けさせたりとかな。必需品が売られなくなるとみんなが困っちまうからな。国の連中はなんでそんなことも分かんねぇんだよ。

 ちなみに、王国は悪徳貴族から絵画や貴金属を没収できるし、税金をかすめ取ってた豚を豚箱にいれられる。町民も助かる、アタシらも愉快だ。こういうのをサンポーヨシって言うんだろ?

 まぁ、全部が全部正義のためってわけでもねえ。飲めや歌えやで遊びまくった金もたくさんあるけどな! ったく、アニキには『もうちょっと慎ましく使え』って説教されてさ。でも、ケチくさいこと言ってもしょうがねぇだろ?


   ◆


 土気色の彼女の今の顔とは対照的に、その明るく生き生きとした表情が目に浮かんでくるようだった。

 そうか、あの男爵の一件は彼女たちの仕業、もとい、活躍があっての決着だったのか。あの後、男爵と取引を結んでいた別の貴族や商人達も芋づる式に逮捕されたと聞く。

 いままで義賊の存在に懐疑的だったが、騎士団が保持する捜査力ではこうした悪事を摘発するための力が不足していたのかもしれない。そう考えると、彼女の活動を応援したくなる気持ちが湧いてくる。

 そんな気持ちで読んでいたが、途中から少し雲行きが怪しくなってきた。


   ◆


 ……で、気づいたらアニキは団長になって、アタシは副団長になってた。連中からも割と慕われててよ、「(ねぇ)さん」とか「アネゴ」なんて呼ばれるようになってたんだ。『赤猫』の二つ名がついたりしてな。アンタも知ってるだろ?

 そうやって年に一度ぐらい貴族を締め上げて、酒場で飲んで…… そんなバカ騒ぎが、ずっと続くと思ってたんだけどな。ゴドリック侯爵を敵に回したのは良くなかった。アイツが抱えてた私兵団の戦力を見誤った。反撃に遭って、アタシらは拠点を失ったんだ。

 アニキは、アタシらを逃がすために拠点に残って闘った。アタシがいなくてどうすんだって言ったが、聞いちゃくれねぇ。そうやって自分が一番損する役回りをいつも買って出たのがアニキだった。

 アタシらはこの洞窟に逃げ込んでアニキを待ったけど、帰ってこなかった。そうやって数日が過ぎてから、アタシも死んだのさ。

 結局アタシだけじゃ、混乱と恐怖に飲まれてく連中をまとめきれなかったんだ。最後は裏切られて寝首を搔かれちまった。ざまぁねぇよな。最期のことは、あんまり覚えてねぇ。ただ、気づいたら…… アタシはこの腐った身体になってた。


 アンタ、少しアニキに似てる。バカなとことか。死んでもバカは治らねぇってホントなんだな。


   ◆


 文章は唐突に、そこで途絶えていた。彼女の人生は、激しく燃え盛っていた炎が突然かき消えるようにして終わったのだ。最期は、信頼していただろう仲間に裏切られて死んだ。殺されたのだ。

 思わず、ニャスカの方を見る。彼女は洞窟の壁を向いて寝転んでいる。上級冒険者に襲われたあとに彼女は「死にたい」と言った。そのか細い声を思い出す。死んでからでなく、死の間際に彼女は、既に絶望していたんだ。そんな彼女の無念を思うとただひたすらにやるせなくなった。

 僕に肉体があったなら涙が溢れていただろう。寂しそうな背中に触れたい、彼女を抱きしめたい。切実な気持ちに駆られる。ただ、今の僕にはそうしてあげるだけの度胸も、そのための暖かな腕も持っていなかった。


 彼女の手記全体をもう一度読み返しながら考え込む。僕はこれまでずっと、騎士として正義の名のもとに剣を振るうべきだと思っていた。しかしニャスカの言葉を読んでいると、その正義の形が思っていたよりもずっと広いものに感じられる。

 もし僕が生きたまま彼女に出会っていたなら、きっと、彼女をただの盗賊だと決めつけていただろう。でも今は――


「……ッ!」

 それまで静かに通路の方を見ていたロランが、急に辺りをキョロキョロと見まわしている。思考に深く沈んでいた僕もそれを見て、素早く手帳を鞄にしまった。

「何者かに探知されたようです。こんな身体なもんで()()()()に敏感なんですかね、ハハハ」

 次いで、ニャスカが飛び起きて通路の奥をにらみつける。

「……! 人間か。アイツらじゃねぇだろうな…… ココを早いとこ離れるぞ!」

 ここは長い通路の一番奥の部屋。霊体のロランならまだしも、僕らに逃れる(すべ)はない。

「……また探知! 近づいてきています」

 ロランが先ほどより張り詰めた声で言う。僕でも空気がヒリついていくのが分かる。

「おとなしく見逃してくれないもんかねぇ……!」

 ニャスカが鎖分銅を取り出し、戦闘の準備を始めている。しかし、できるなら穏便に済ませたい。

『できるだけ 戦わないで』

 素早く地面に書き、みんなに意思を伝える。

「ジル、アンタはお人好し過ぎるんだよ。またアイツ等が来たらどうするっての?」

「人間? 強いのが来るといい」

 シュエは既にやる気満々だ。

 もしまた上級の冒険者が来たら。特訓により僕たちは確かに強くなったが、それでも勝てる見込みがあるかは分からない。

「この聖なる気……! どうやら、その()()()みたいですよ」

 暗闇の中に目を凝らす。通路にの奥に数の影。速い、もうそこまで来ているというのか。

 急ぎ戦闘態勢を取りながら、更に空間の奥を観察する。前衛に三人。巨躯の戦士、そして僕が盾を借りているあの剣士もいる。後衛に二人。一人はあの女司祭だ。まずい……!

 敵の前衛が走り出した。ロランが即座に祈祷の詠唱を始める。


 死闘が、またも始まろうとしていた。

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