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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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10話 - ゾンビ・アタック

 ――夢の中で、僕は長い間訓練をしていた。もうどのぐらい時間がたったのかよく分からない。数時間のような気もするし、何十日も過ごしている気もする。

 夢の中の僕は骨ではない。筋肉があり、眼があり、髪の毛がある。これが一番見慣れた僕の姿だ。でも、本来の僕ってなんなんだ?

 この場所は騎士団の訓練広場だと思う、理由もないがただそんな気がする。周りは白い霧が立ち込めていてよく見えない。そんな中、見覚えのある人物が、巨大な斧を持って容赦なく僕を攻め立てていた。

「ったく、こんなデカブツ持ってこさせやがって。俺の相棒は槍なのによぉ」

 ロック隊長。みんなから兄貴と呼ばれ、慕われていた人物だ。中隊の隊長を務めるその実績や、精悍な顔立ちとその軽口で城内の女官からも人気があった。その彼が、なぜかそんな文句を言いながらも軽々と大斧を振り回している。

 この靄に包まれた訓練場には昼も夜もない。ただひたすら訓練を続けるだけだった。肉体の疲れはないが、精神の芯がすり減る感覚は確かにあった。

 僕が地面に倒れ込んだところで、彼は斧を地面に突き立ててため息を吐いた。

「だから、盾の使い方が全然成ってねぇんだよ、ジル。いいか? 俺たちの盾っては、別にマジックアイテムでもなんでもねぇ。何度も何度も敵の攻撃を受けていれば必ずひしゃげたりして、使い物になんなくなっちまう。そうならないためにはどうすればいいと思う?」

「そうならないように、うまく衝撃を逃しながら受けます」

「そりゃ、初等生の回答だろうが! はー、てめぇは座学で何を聞いてたんだよ」

 そんなことを言われても、分からないものは分からない。そもそも、僕は紛う事なき騎士団の初等生なのだ。

 ロック隊長が、転がった僕の盾を手に取る。

「いいか、俺たちの身体にはマナが巡ってる! そいつを盾に…… こう!」

 途端に、盾が黄色く光る魔力で揺らめき出す。

「こいつなら、どんなにぶっ叩かれようが平気ってもんよ」

 盾を渡され、僕もみよう見真似でやってみる。だが、盾の持ち手部分がせいぜいで、それ以上マナが身体から伸びていかない。

「お前はセンスがねぇな…… さっきはできたのによ。あれはマグレか? 俺なんてやれって言われた瞬間からできたぜ?」

 思わず、肩を落として足元を見る。そういえば僕って別に何の才能も無かったんだった。それに、いま隊長が言ったこと。さっきはできた? 分からない。覚えていない。時間の流れがぐちゃぐちゃで曖昧になっている。

「まぁ、そうしょげるなって。確か教官はこう、自分の心臓から脈打つように、手先足先に魔力を送り出すイメージだ! とかって言ってたぜ」

 そういわれても自分の心臓なんて見えないし、いまいちそのイメージとやらは湧いてこなかった。

「盾にマナを流し、足は大地に根を張るようにして踏ん張る。全身の筋力とマナを総動員させて受けるんだ。これが騎士団流盾術の奥義ってもんよ」

「自分の身体の一部じゃないものをどうやって操作するんでしょう」

「そりゃお前、自分の身体の一部だって思い込むしかねぇよ。とにかく今できねぇんなら、自分を信じて練習するしかねぇのさ」

(それがすぐにできれば、苦労しないさ……!)

「流石に天才の俺でも、鎧までマナで固めるのは無理だったけどな。あれができりゃぁ、近衛兵にもなれるって話だ。ま、これで躓いてるお前にゃ無理だな」

 それは僕も知らないことだった。そもそも、今夢として見ているこの訓練過程とはいったい何年生のものだろうか。少なくともこんな訓練は今まで受けたことが無かった。

「ほら、わざわざ俺が出てきて教えてやってんだ。あんまりガッカリさせんな、よっと!」

 そういって斧を振り上げ、またも叩きつけてくる。必死に盾で受けるが、吹っ飛ばされる。休み暇はない、また立ち上がる。斧の軌道を読み、盾を構える。この斧は本物か? 僕の筋肉は? 存在しないはずなのに、手応えがある。これは……ただの夢じゃない。

「何考えてやがる! ボヤボヤしてっと、あのゾンビちゃんを守れないどころか、そのうちみんなから愛想尽かされちまう……ぜっ!」

 斧の激しい連撃。受け止めろ。流すな。

(そうだ、僕は実際、このままじゃ仲間から見捨てられそうに…… そんなのは嫌だ、絶対に、死んでも騎士になるんだ!)

「ぐ、ああぁぁぁーーッ‼︎」


 ――叫びながら立ち上がると、視界は元の見慣れた洞窟に戻っていた。

 引き攣ったニャスカの顔がすぐ側にあった。

「……っ! なにいきなり。そんなに負けたのショックだった? 口、開いてるよ」

 ふと彼女を見ると、身体のあちこちを損傷している。彼女も回復中だったのだろうか。心配して思わず手を前に出したところで、ニャスカが笑いながらいう。

「あー、はは、あたしも何回かチャレンジしてね。倒せはしたけど、流石に相性が悪いわ。ナイフが目に刺さっても再生するとか、反則でしょ」

「あなたも大概ですよ、ニャスカ」

 ロランのツッコミが入る。ニャスカもシュエに認められるため、一人で繰り返しあいつと戦っていたんだ。そう思うと、寝ているだけの僕が急にどうしようもないやつに思えてくる。戦う方法を。夢で見たことを思い出すんだ。

「で、ジル。ロランとも話してたんだけど、やっぱりアンタはまだ一人であいつ倒すのは無理があるんじゃないかな。まずはここら辺の雑魚を倒して…… ジル?」

 ニャスカの忠告は最もだ。だが、隊長が言ってたように、こんなところで止まってはいられない。僕がずっと守られてるようじゃ、いけないんだ。

 ニャスカの言葉を無視するような形で、地面に置いてあった盾を手に取る。そのまま再び、守護者が待ち受ける扉の前に立つ。

「ジル、剣を忘れてますよー」

 ロランが呼ぶ声を無視し、僕は広間へと入っていった。


 部屋の中央にはやはり、あの鬼人(オーガ)が待ち受けている。こちらを見ても、もう敵ですらないと判断しているためか、心なしだらしない表情をしている。また来やがったのか、と嘲笑すらしているように見えてしまう。

 だが、そんなことはどうでもいい。僕は盾を構えてゆっくりと歩く。そのまま、盾を両手で持つ。剣を持つと意識が疎かになる気がする。だから今は、これでいい。

 胸に集まっているマナが鼓動する。その脈に合わせて、深呼吸するイメージ。息を合わせながら、胸にあるマナを徐々に手先に送り届ける。この身体なら、胸の鼓動も、身体を通るマナも全部()()()。マナが手先から溢れ、盾の裏側まで来ている。もう少しだ。

「ジル、前見て、前ぇーっ……!」

 ニャスカが叫ぶ。もう、彼女を心配させられない。一層強く、息を吹き出すイメージで、盾にマナを送り出す。敵はもう目の前だ。盾を持ち上げて踏ん張る。

 容赦なく斧が振り下ろされる。今度は()()()()。斧の刃に対して垂直に構える。時間がゆっくりと流れる。まるで夢の中の世界のように。あれは本当に夢だったのか? マナの流れを感じる!

 僕の身体から溢れるマナに覆われ、盾が青く輝きだす。それと同時、とてつもない衝撃が盾から全身に伝わる。大鐘を打ったような音が大広間に響き渡った。自分の足先を中心に、地面にひび割れが広がっていく。

 小ぶりなラウンド・シールドが、鬼人の斧を完全に受け止めていた。その展開が意外だったのか、鬼人の目が見開かれる。

 盾を横にぐいと流して、斧をずらしてから距離を取る。もう一度斧が迫る。次は横なぎだ。これも逃げずに、盾で受ける。手と足両方にマナを巡らせるイメージ。真横からとてつもない質量が叩きつけられるが、それを踏ん張って止める。


 この激しい連撃を受け止めきったことで警戒したのか、鬼人が後ろに飛び退いて距離を取った。どうやらこの僕の防御力に臆しているらしい。

 つい嬉しくて後ろを見ると、ニャスカはすっかり驚いた表情だ。だが、やがて僕と目が合うとニヤリと笑ってくれた。彼女は手に持った僕の剣を鞘ごと放り投げてよこした。それをキャッチし、腰のベルトに鞘を装着する。

「ジル、やってやんなさい!」

 ニャスカの言葉で僕は前に走る。鬼人が激しく咆哮する。全力を出させてしまったようだが、それでこそだ。もう一度盾を両手で構え、斧を防ぎきる。今度はむしろ盾を強く押し出して、跳ね返すイメージ。巨体と超重量の斧が弾かれ、敵がわずかによろめく。

 右手で剣を抜き放ち、柄を持つ手に意識を集中させる。再び息を吹き出すイメージで、マナを剣先まで纏わせていく。今度はすんなりといき、剣が青く光り出す。その剣を振りかぶり、鬼人の太ももを切り付ける。剣先は表皮で止まらず、その硬い肉まで切り裂きながら走り抜けた。

「グゥオオォァーーッ‼︎」

 苦痛に激しく叫ぶ鬼人がさらに激しく斧を叩きつけるが、今度は片手で盾を構えてそれを受け切る。真っ直ぐ力を受け切った左腕の骨にヒビが入る。だが、盾は絶対に動かさない。マナを流すことで全身ともに一体となったこの盾は、こんなにも頼もしいのだ。

 ガラ空きの胴体に向かって剣を突き上げる。相手の左胸に吸い込まれるように、剣はまっすぐ突き刺さった。

 鬼人の身体が黒い霧となってバラバラと分解されていく。僕の身体に強大な存在力が流れ込んでくるのが分かる。

「やったやった! ジル、すごいじゃーん!」

 ニャスカが大喜びで駆けてきて、そのまま僕に抱きついた。満面の笑みで、僕の頭蓋骨を撫でてしきりに褒めてくれている。

(あぁ、最高だ……生きてて良かった!)

 実際は死んでいるのだが、そんなことは今はどうでもいい。シュエの言う通りだ。自分が死んでるかなんてどうでもいい。だって、喜びの感情が胸に溢れてくる!

「これぞ前衛、これぞ騎士、という感じでしたな。うんうん」

「良い硬さ。見直した」

 シュエも僕のことを見直してくれたようだった。自信を失いかけていた僕にとって、その言葉が何よりも嬉しかった。

 何より、このマナを感じて流す力をマスターすれば、僕は騎士としてまたみんなの前に立てるようになる。みんなのことを、護ることができるんだ……!


「よぉーし、じゃあシュエちゃんも認めてくれたってことで、張り切ってさらに下層へ、レッツゴぉー!」

 ニャスカが腕をぶんぶんと振りながら奥の扉へ向かおうとしたとき、それをシュエが手で制した。

「でもさっきの、偶然かも」

 そう彼女が言った直後、ヒビが入っていた僕の左腕が限界を迎え、ぱらりと中ほどで折れて崩れ落ちる。盾がガランと音を立てて転がった。

 シュエがジトっとした目で僕を見据えながら宣言する。

「……あと十回」

 この修行は、まだまだ終わりそうに無かった。

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