終末世界の廃墟巡り
ある日、世界は停止した。
なんの予兆もなく、なんの余韻も残さず、容赦なく衰退した。
こちらはアリゾナ。生存者はいるか。生存者を受け入れる用意がある。用がある人はコールサイン―――に合わせて通信して。
人との通信が繋がらなくなってどれほどの時間がたっただろうか。風のうわさでは、アリゾナ州にあった大規模なシェルターは内部争いと襲撃によって壊滅したらしい。
もっとも、寂れた街路を歩く2人―――金髪の青年と茶髪の少女にとっては関係のない話だった。
「レンリー、そろそろ食事にするか」
「ダメ、まだ耐えれるでしょ」
少女から女性へと成長する間特有の危うさを持つ少女――レンリーが叱るように返すと、背の高いノーランという青年はからかうように鼻を鳴らした。
ご飯は昨日の夜に食べたばかりだから今日の朝に食事を取るのはまだ早かった。身長が高いノーランにとって今の食事量が足りていないことはお互いわかっていたが、わだかまりを作らないためにも食事量は同じにしている。それでもレンリーは体格のいいノーランに多めに食べるよう言っていた。
しかし、ノーランは自分が多めに食べることを頑なに拒んだ。
水分は青年が、食べ物は少女が持つという取り決めを青年は律儀に守っている。
意思決定のパワーバランスが崩れないためだ。この世界においてそれがどれほどの価値をもつのかをレンリーはまだよく知らない。知る必要もない、と元軍人の青年は思っている。
10日ほど前、比較的最近放棄されたであろうコロニーで食料調達が出来てから食べ物になりそうなものを見つけられていない。食料が減る一方の今は節約しなければならない。
こうも廃れるのかと驚愕するほど街は空虚さで満ちている。人の気配は全くなく、あるのは土埃や腐ったような匂い、そして捨てられた骨だけだ。
巨大なビル群が乱立する都市部と違い、ここら一帯はアメリカではよくあるような一戸建て住宅が建ち並んでいる地域だ。
もちろんどの家も子供が遊べる程度の広さの庭がある。以前は丁寧に手入れされていたであろう芝生は無残にも灰に埋もれてしまっている。
灰の雨に汚染された水源の影響で、人間だけではなく多くの生物が死滅していった。生物が滅多にいない上、スーパーとスーパーの間隔が遠いため食糧探索に膨大な時間がかかる。1日の大半を水分や食糧を探しに費やしている。
住宅を狙いたいのは山々だが、銃を構えている人が住んでいる可能性を捨てきれないのなら狙わないほうが無難だった。
人類の文化圏が崩壊し始めた頃、都市部では人同士の争いが絶えなかった。そのせいか各地方に旅立っていく人が絶えなかったという。
今では生物か機械かもわからないクラゲのような不定形の浮遊物体が、ビル群の間を移動しており実質的な立入禁止区域になっている。
都市部から離れているこのあたりはその影もない。
なんらかの事故によって放置された車や、人骨、そして見渡す限りの灰。歩いて移動している最中によくみるいつもの風景。使えそうな車は相変わらず無い。
あれ?
ふと視界に入った窓に違和感を覚えた。道路に面した窓に、ビニールテープか何かで幾何学的な模様を貼り付けている窓のひとつ。テープの隙間から見える何か。
瞬きをする間にその姿は消えていた。
「ノーラン、右斜め向かい側の外壁がクリーム色をした建物に誰かいるかも」
「本当か?」
「うん、窓に誰かいた気がする」
攻撃されるかもしれない、という警戒心と同時に自分達以外にまだ人が生きている、という安心感がレンリーの胸に沸き上がった。関わる気はない。隠れ住んでいる人もそうだろう。
ここまで生き残ってきた人々は大なり小なり人同士の争いをしたり、見たり、聞いてきた。
進んだ人と関わろうとする奴はみんな何かしらの目的がある。その目的は大体ろくでもないものだ。
あまり見過ぎないよう適度な注意をもって通り過ぎた。
「ただの見間違いだったかも……」
「いや、そんなことはない。人が生きているならここら辺に食糧や水があるかもしんねえ」
「じゃあ次行くとこは期待できるかもね」
「ああ、そうだな」
――――――――――
繁華街や住宅密集地からは少し離れたところにある寂れたスーパー。それが第一印象。外壁は崩れてガラス扉は粉々に砕け散り、外壁は経年劣化によってくすんだ色をしている。
自動販売機は惨たらしく破壊され、全てのドリンクが持ち去られていた。
中は更に見窄らしかった。
このスーパーでも、かつて食材と呼ばれたものはもうすでに取られたか腐った後だった。
保存食も当たり前にない。やはり普通に探してるだけじゃ見つけられない。
この前みたく、うまいこと崩壊したコロニーを探すか何かしらの手をうたないと2人とも餓死してしまうのは言葉にせずとも明らかだった。
次の目的地の確認のために2人はスーパーの床に座って地図を広げた。観光向けのような簡易的でわかりやすい地図ではなく、もっと詳細で分かりにくい地図だ。
「ねえノーラン、近くにボーリング場があるみたい。」
「そうか」
「……」
「行きたいのか?」
「うん!」
珍しく満面の笑みを浮かべるレンリーにノーランはふっと表情を緩めた。
以前、ここら辺の地図を見て目的地を探していた時に言わなかったのは断られると思っていたからだろうか。近くになってやっぱり行きたい気持ちが湧き出てきたようだった。人生は楽しむためにあるのだから。
今見つけたのかそれともとっくに気付いていてギリギリまで言い出さなかったのかはレンリーしか知らない。
「じゃあ行ってみるか」
どうせ俺たちは長くない。
心の中で何度も湧き出てきた言葉をノーランは飲み込んだ。
――――――――――
ノーランにとっては10年ぶりの、レンリーにとっては初めてのボーリング場。
営業していないようだが、人はほぼ死んでいるから守られるべき法律はない。
お金の代わりに道端で拾った空き缶を置いて入った。
外が晴れていた分、中は映画館のように暗く見えた。
光源が出入り口の扉からのみのため、使える場所は限られている。
ノーランはボーリング場に初めてきたレンリーにシューズの借り方やボールの選び方を教えた。
「それは子供用のやつだな。軽いが指を入れるところが小さいから入んねぇんじゃないのか?」
「あ、ほんとだ!入らない」
レンリーの声は弾んでいた。影響されたのか、普段は落ち着いているノーランも心なしか明るい。
ボーリングのピンがあるレーンからピンをかき集めてやっと10本。
ピットというピンが落ちる部分にボールやピンが落ちてしまったらゲームは終わってしまう。落ちないようにするために壁になるようなものを探して、レンタルシューズをピットに詰め込むという形で解決した。
「さあ、トップバッターのレンリー選手一投目!」
つたない動きで助走して投げたボールはゆっくりころがり、左側にカーブしながらガターになった。
1フレームの一回目はガターになったものの2回目はピンを2本倒すことができた。
「レンリー選手、2本倒したー!」
よほど楽しいのだろう。大袈裟に実況しているレンリーははしゃいでいた焦茶色の目が三日月の形になっている。
「お次はノーラン選手の一投目!レンリー選手のスコアを超すことができるのでしょうか?!」
「余裕あるのも今のうちだよ。圧勝するから。」
レンリーは口笛を吹いて「レンリー選手に勝利宣言!初っ端からバチバチです!」と言った。
レンリークがあるとはいえ、何回かボーリング場に行ったことのあるノーランのボールはレーンの真ん中を転がっていき、真ん中からわずかにずれたところに当たった。
ピンが数本倒れる。この時点でノーランが勝っている。
1フレームの2回目は一本倒すだけで終わった。
レンリーの実況とボールが落ちる音、ボールが転がる音、ボールがピンに当たって倒れる音。たったそれだけの音が無人の暗いボーリング場に響いていた。
結果はノーランの圧勝で、レンリーのスコアは二桁代だった。
「ついでに飲料水があるか探そう!」
「そうだな。ボーリングのついでに食糧探しだ」
ついではボーリング場だろ、というツッコミは出なかった。
光源となるライトはあるが、完全な暗黒でももないためそのまま探索。壁に隠れるように立っていた自動販売機もまた破壊されていたが、転がっていたブラックコーヒーの中は中身が入っていた。
「これ大丈夫かな?」
「さあ……まあ大丈夫じゃねえか?未開封っぽいし缶だ」
「分けて飲もう」
「ああ」
そう言ってベンチに座ってノーランが缶を開け、レンリーに缶コーヒーを渡した。
「うえ、にっが!」
コーヒーを飲んだ瞬間顔を思いっきりしかめて舌を出した姿をみてノーランを鼻を鳴らして笑った。
「無理するなよ」
「うん、半分は飲むから!ちょっとびっくりしただけだし!私は大人だからブラックコーヒーも飲める!」
「はいはい」
ノーランは緑の双眼を和らげながら、大人ぶってコーヒーを飲むレンリーを微笑ましげに見つめていた。
ボウリング場で遊んだ今日も食糧調達をすることができなかった。
1日で1食。魚の缶詰を1人1缶ずつ食べた。賞味期限は切れているが、食べられないことはない。汁や細かい魚片まで余すことなく胃に入れた。
「頭痒くなってきた」
「そうだな、もう何日も髪を洗えてない。安全な場所と、ある程度清潔な水を探さないと」
川は灰の雨によって汚染されていてひどく澱んでいる。
灰を濾過できるほどの物を2人は持っていなかった。
2人は破壊された自動販売機の近くに布を敷き、レンリーケットやアウターを身体にかけて眠りについた。
――――――――――
今日は曇り。分厚い雲が空を覆い、太陽を遮っている。気温が低い。
行き先は大学だ。食糧探しがどうでもよくなって自棄になったわけではない。どうせ普通にスーパーやらを巡ったところで全部取られているか腐ってるだけだ。
だからそれ以外を探してみることになった。もちろん近くにスーパーがあれば行くが、主目的ではなくなる。というだけの話だった。
この州立大学は複数棟の建物を所有しており、外壁は煉瓦色に塗られていた。
これだけ大きな建物はコロニーになっていることがまあまああるが、様子を見たところ足跡がなく静まり返っていてコロニーにはなっていなそうだった。
警戒は緩めずに各教室を見てまわる。小さめ―――とはいってもエレメンタルスクールにあるような教室と同等の広さはあった。
レンリーはエレメンタルスクールにしか行ったことがない。ミドルスクールやハイスクールに入学するまでに世界が終わったからだ。
もともと大学という場所に行きたいと思っていたが、1人で子育てしている母にその余裕はなかった。
教育にリソースを注ぎ込めないからか頭は良くなかった。貧困家庭には成績優秀者向けの給付型奨学金があったが、得てしてそういう家庭の子供の成績は悪くなりがちだった。例にも漏れずレンリーもその1人だった。
「懐かしいなこの感じ……」
「ノーランは大学に通っていたの?」
「ああ、いや、正確には軍人になるための学校に通ってたんだ」
「へえーー!ねえ、学校ってどんな感じだったの?」
「いかつい男ばかりでむさ苦しかったな。つらい時もあったが良い友人にも出会えて……楽しかったよ」
「良いなあ……私、大学に行くのが夢だった。でも家は母親しかいなかったから貧乏で大学はに行くお金がなかった。奨学金を貰える学力もなかったし。」
集中力の欠いているレンリーと違って、ノーランは人のいなくなった大学を話しながら歩いている間も教室の様子を確認することを欠かしていない。
「じゃあ1日だけの大学生を経験してみるか?」
ノーランは悪巧みするように口角をあげ、低い声でそう言った。
「する!1日大学生!」
満面の笑みを浮かべてレンリーは笑った。
せっかくだからと大きい教室で大学生になることにした。
教壇を中心とした扇形の大教室で、すり鉢状に学生が座る席が並んでいる。
教壇に立つノーランは仰々しく胸をそらし、大股で巨大なホワイトボード名前を歩きながらわざとらしく言った。
「さて、本日の講義はなぜ移動手段に車や自転車を使わないのかについてだ。わかるかな、レンリー」
レンリーはくすくすと笑い「はい!ポッドに捕まるかもしれないのと、人に狙われるかもしれないからです!」
「正解だ。ポッドはわからないことの方が圧倒的に多いがそれでも判明していることは多少ある。それは、人工物を収集している、というものだ。しかしここら辺はポッドはほとんどいない。都市部ほど人工物は多くないからね。そして一番危険なのが人だ。車が動いてるのは人がいるから、人がいるのは食糧があるから。そんな考えで狙う人間がいる。幸か不幸かアメリカは銃社会で、人間より銃の数のほうが多いと言われているほど多くの武器がある。生き物を手軽に殺せる。そんなやつらがどこに潜んでいるかもわからない街で、防弾ガラスも嵌められていない車で移動したらいい的だ。」
「防弾ガラスの車を奪えばいいんじゃないですか?」
「それは確かにそうだ。ただ防弾ガラスが使われている車は一般的にないし、予算の関係上警察車両にも少ない。大体が要人警護車両で、そういうのは誰かが使ってるか、変な人間が使えないようになっているんだ」
「じゃあバイクや自転車で移動するとか」
「それこそ車よりいい的だな。子供が1人で財宝を抱えて歩いてるようなもんだぜ。さて講義はここら辺でおしまい。探索実習だ」
「はい!ノーラン教授」
押しこらえた笑みが顔に滲み出る。目を合わせてふっと笑い合った。
食堂にあった食べ物はすべて腐っていて、とても食べられる状態ではなかったものの売店には飲み物が残っていた。
2人は保健室を見つけることができ、久しぶりのベッドで眠ることにした。誰も使っていないのか、きれいに整えられたままになっていた。汚れた身体で使うのに忍びなさを感じるのはシーツの白さ故だろう。厚い雲が空を覆っているからか今夜は特に冷え込むだろう。明日は灰の雨が降るかもしれない。
柔らかくて暖まれるベッドがあるから明日も1日ここで過ごそう。
ふかふかのベッドで眠れるからか、2人の会話はどこかおだやかだった。
やがて雲の奥に見える微かな光が徐々に弱まり街は闇に沈んだ。
―――――――――
州立大学を出てから数日。あれからいろんな建物を周り食糧と使えそうな物を徹底して集めた。しかしやはり食糧は心許ない。
街の探索は諦めた方がいいのかもしれない。さらに田舎のほうに行くか、むしろ都市部に行くか。
田舎のほうは農作物があるかもしれないし種があれば育てることができるかもしれない。
都市部はポッドが占領しているが、むしろ人が少ないことによって食糧が残っているかもしれない。
昨日の夜、レンリーとノーランは話し合いの末に田舎方面に行くことに決めて今日大半は移動に費やしていた。
二階建ての一軒家が建ち並んでいる住宅街に差し掛かる。壁面にいくつもの銃痕があるのがハッキリとわあり、それが大昔の銃痕ではないことを表していた。
普段ならこんな明らかな危険地帯は避けるのだが、川を渡る橋に行くにはこの街を通るしかなく、迂回路を通るならかなりの時間がかかることになる。
だからここを通るしかなかった。
一瞬、地面が爆ぜた。
コンクリートに小さい何かが勢いよく衝突し、えぐった音がした瞬間、ノーランはレンリーの頭を掴んで身を屈ませて近くの車の影に隠れさせた。その間も絶え間なく銃弾がコンクリートに当たる音がする。狙撃だ。
「ノーラン、たぶんあの家の2階から狙われて……って当たったの?!」
ノーランは顔を顰めながら、左肩を押さえて血を止めようとしていた。
「はッ…ハァ……クソッ……」
「見せて」
「いや、大丈夫だ。左肩だから」
「大丈夫じゃない!」
レンリーは泣きそうな顔をして悲痛な声をしていた。怪我をしたのはノーランのほうなのにレンリーのほうがつらそうだった。
ノーランは腰につけているホルスターからハンドガンを取り出した。マガジンはすでに装填済み。装弾数22発のGlock19だ。サイレンサーも装着した。
一拍遅れてレンリーもハンドガンを取り出してサイレンサーを装着しいつでも撃てる状態になった。
横付けされた車体の運転者席の窓枠から様子を伺うが、家のどこから狙っているか特定できない。
近くでサイレンサーで消音された銃の音が2発。
後部座席側で様子を伺っていたレンリーが。灰で汚れたグレーの車体から身体を僅かに出して窓に向かって撃った。そして向こうからも1発。
レンリーの威嚇射撃でどこから撃っているのかがわかった。
「レンリー、俺をカバーしろ」
「まって、もう少し様子を見よう!」
「いや、ダメだ。様子を見るのは選択肢がある時だけだ。家に突入して狙撃手を殺すか、俺たちが殺されるか、膠着状態でどちらかが餓死するかの3択だ。選択肢なんてないんだよ」
「っ……」
「……あんたが心配してくれてるのはわかる。安心してくれ、俺はこう見えても成績優秀だったんだ。」
そう言ってノーランがレンリーの頭を撫でると色素の薄い茶髪が乱れた。レンリーは迷子の子供のように不安でいっぱいの泣きそうな顔をしていて、それを見たノーランは眉を微かに顰めて困ったように笑っていた。
「やるぞ」
「……わかった」
今までも人に狙われたことがなかったわけじゃない。レンリーと出会う前も何度もあった。
だけど、ここまで死にたくないと思った時は無い。とノーランは思った。
「3カウントで行く」指を3本立ててカウントした。
3、2、1、GO
同時にレンリーが車体から身体を出して窓に撃ち、ノーランが建物に向かって走り出した。
2階の窓に隠れている人も2人に向けて銃を撃っていたが、レンリーの援護射撃によって妨害されて2人には当たっていない。
ノーランは走りながら1階の窓目掛けて弾丸を数発ぶちこんでヒビを入れ、身体ごと窓ガラスに体当たりして突入した。
突入した部屋はリビングルーム。綺麗に整えられた食器が綺麗にガラス窓のケースに並べられている。
テーブルが1台、椅子が4脚で部屋の景色を鈍く反射している黒いテレビが1台。キッチンカウンターに隠れている人がいるかもしれなかったが、それを確認する余裕はなかった。
突入はスピードが命だからだ。
籠城している相手に迎撃する準備をさせてはダメだ。
突入した時に肩に激痛が走ったが無視する。ノーランにとってはレンリーが死ぬこと以外怖いことは無かった。
一気に階段を駆け上がり、勢いよく扉を開けた。
銃弾が1発。部屋の主からノーランへ撃たれたが、ノーランは壁裏に隠れていた。膝を立てて腕を固定し、扉から身体をずらして数発撃つ。
部屋の主は上半身を真っ赤に染め、全身から力が抜けたように壁に寄りかかりながら崩れ落ちた。
軍学校での勉強と、軍人として厳しく鍛えてきた成果の賜物だった。
倒れた細身の壮年の男の近くには使い古された黒いリュックと銃のマガジンが転がり、部屋にあったベッドは子供のものだった。
会話はない。
ノーランが男に近付き額に銃口を突きつけて1発。命が途切れる音は静かだった。
身体は重い。頭がしんどさの海に浸かっている。流れる血が多い。応急処置をちゃんとするより安全を確認するのが先だ。
全部屋を徹底的に確認した結果わかったのは、この家の本来の持ち主は子供が2人いる家族だったということだけだった。
玄関の鍵を開けて外に出てレンリーを呼ぶとすぐに駆け寄ってきた。
「ノーラン!怪我は?早く手当てを!」
「ああ、頼んだ」
レンリーが背負っていたリュックを開け、いざという時のためにドラッグストアからパクってきたガーゼを銃創に入れて止血しようとするも、入れたガーゼはすぐに真っ赤に染まった。上からもガーゼを当ててテープでぐるぐる巻きにした。
さらに止血帯も巻いたが、出血が止まってくれるか微妙だった。
破傷風等を防ぐ抗生剤があればよかったが、以前訪れたドラッグストアには売っていなかった。病院か薬局にしかないのだろう。
「車の鍵があった。多分あのグレーの車の鍵だ。感染症を防ぐ抗生剤欲しいからあの車を使おう」
そう言って立ちあがろうとしたが、血を流しすぎたのか立ち上がることができなかった。
「……私が1人で探してくる」
「は?1人は危険だ。銃の訓練も受けたことないのに」
「受けた!ノーランから!」
「……俺は教えるのが下手だ」
「上手いよ!わかりやすかったもん!」
「知識として知っているのとちゃんと撃てるかどうかは違うぞ」
「わかってるよ。ノーランはここにいて!わたし、いつもノーランに助けてもらってばかりで何も役に立ってない。怪我してるノーランに頼らないと何もできないほど子供じゃない!」
初めて見るようなレンリーの激情にノーランは目を見開いた。
「……とにかく、わたしは行くから」
そう言ってリュックから缶詰を何個か取り出して締めた。
「すぐ戻ってくるから隠れてて」
ノーランはそう言って出ていったレンリーを追いかけることも何かを言うこともできなかった。
幼い少女だったはずのレンリーは遮蔽物にしたグレーの車の運転席に乗り込む。窓ガラスが割れていて座席にガラスが散らばっていたが、後部座席にあったレンリーケットを敷いて座った。
車の免許はなかったが、車の運転の仕方はノーランから教えてもらっていた。銃の扱い方も、応急処置の仕方も、薬の知識も、水の確保の仕方も。
全部与えてもらえてばかりだから、抗生剤ぐらいはなんとかしたかったのだ。
エンジンをつける。ガソリンは少ないものの行って帰るぐらいはできるはずだ。
運がいいことにこの車はナビが付いていた。
近くの薬局を目的地に設定してアクセルペダルを踏んだ。
最初は浅く踏み込んでいたが、しばらく経てば思いきりペダルを踏んでいた。
目的の橋とは逆方向にあるくたびれた薬局に入る。焦って警戒を怠ってはダメだ。
抗生剤と鎮静剤をいくつかと、消毒液やガーゼも確保する。きっとここにはもう来ない。
車体に付いた灰が風によって落ちたグレーの車に乗り込む。
思っていた以上にガソリンを使った。慣れない道で少し迷ってしまったからだ。
祈るように運転するも徐々に力が抜けていくように車体が減速していきついに車は停止した。
レンリーはハンドルに拳をたたきつけて悪態をついた。ここまで来たら車を探すより歩いた方がきっと早い。
前に通った時はノーランと一緒だったの今は1人だという事実がレンリーの心細さに拍車をかけた。それに2人でいた時よりも、1人で歩いている今の方が狙われる可能性はグッとあがる。
2人で歩いていた時には狙ってこなかった人が、1人になったら狙ってくるかもしれない。
レンリーの胸の中に不安が次から次へと湧き上がってくる。
ノーランとこの道を歩いた時は狙われることなかったし、窓に影あったとかもなかったから大丈夫だと自分に言い聞かせて歩いた。
ジャリ、と背後から砂が擦れる音がした。
嫌な予感と悪寒が全身を駆け巡り振り返った。
紺色の防水性っぽいフード付きアウターを羽織るサージカルマスクをした白髪混じりの女性が立っていた。
「一緒に歩いていた人はどうしたの?」
現実味のない中年の女性の口から言葉が発せられた。
レンリーは防塵マスク越しに胸いっぱいに空気を吸い、僅かに震えた息を吐き出した。その吐息まじりの呼吸が何かが変わる予感を告げていた。
読んでくれてありがとうございました。
2人の設定は色々考えていて、長編としてストーリーに入れてもよかったものの、長編を書き切る自信がなかったので短編にしました。結構駆け足になってしまったのかな?と思います。
文章が拙いので後から推敲する可能性大。