第1話 その聖女、異端につき
城壁が周囲を囲う街。
建物が密接して並び、まるで迷路のようなこの街の小さな広場で、子供達に囲まれた1人の少年が楽しそうに語っていた。
それは勇者が世界を救う、ありふれた冒険物語であったのだが、その場にいた子供達のみならず、近くを通りがかった大人達まで彼の話す冒険談を聞き入っていた。
少年が語り終えると割れんばかりの拍手と歓声が街に響き渡った。
語る事に熱心だった少年は、気が付けば周囲に沢山の人が集まって、自分の語る話を喜んで聞いていた事に驚き戸惑っていた。
「エイリアの話が凄く面白くて、みんな聞き入っちゃったわ!」
「しかしすげえな・・・どうしたらそんな凄い話しができるんだ?」
「ねえ、エイリア!そのお話しは何処で知ったの?!」
少年は困っていた。
何故なら、このお話しは、街の教会の司祭が持っている騎士道ロマン小説の内容だからである。
騎士道ロマン小説の話が好きな少年は、司祭から本の読み方を教わり、司祭の秘蔵の本棚の書物、騎士道ロマン小説から宮廷恋愛ものまで読破していたのだった。
しかし、司祭からは街の人達に隠れて娯楽である小説を隠し持っている事は秘密だと言いつけられていた。
だから、少年は下手に言い訳もできず、あたふたしているばかりだった。
そんな少年の様子を見た街の人達は・・・
「勇者の冒険をまるで自分が体験して来たかのように語るという事は・・・」
「もしかしてだけど、エイリアって・・・」
「勇者の・・・生まれ変わり・・・!?」
そんなわけねえよ!っと、言い返す勇気も無いこの少年が、勇者の生まれ変わりなわけは無いのである。
「まって、みんな!エイリアが困ってるって!」
そう言って、エイリアをかばってくれたのは幼馴染の女の子。
「わ、ワルリー・・・ボクは・・・」
「わかってるわエイリア・・・あなたは異世界から転生して来たんでしょ?」
「ち、ちがーう!」
すると、市場のおっさんがひょんな事を言い始めたのだ。
「そういえば・・・とある街で子供達が突然、魔王を倒す使命を天から与えられたのだと言って、親の制止も聞かずに集団で失踪したって話を聞いた事があるぞ」
その話を聞いた肉屋のおっさんも
「オレも聞いたぜ。巷じゃ目覚めし子供達なんて呼ばれているみたいだぜ」
ざわつく街の人達・・・
「目覚めし子供達って、集団で突然、聖地へ向かったって話しの子達?」
「教皇様に魔王を倒す為の秘宝を授かりに行ったって聞いたぜ」
「めざしは軽く炙って酒のあてに」
「教皇様が諸侯に呼びかけた聖戦軍が迷走したって話しは聞いていたが」
「大人が頼りないから、子供達に天命が下ったのよ」
このままでは何か、あまりよろしくない雰囲気だったので、少年はその場から逃げ出したのだった。
息を切らしてたどり着いたのは、街の片隅の小さな教会だった。
そこには助祭と一緒に教会の敷地を掃除する司祭の姿があった。
「おやエイリア。そんなに慌ててどうしたのじゃ?悪魔にでも追われているのか?」
「司祭様、実は・・・」
少年は司祭に起こった事を伝えたのだ。
「そうかそうか、それで勇者の生まれ変わりとか、異世界からの転生者じゃないかと疑われたのか。本を読まぬ街の者共のほうがよっぽど物語に感化されやすいようじゃのう」
「どうしましょう・・・」
「なあに、案ずるがよい。生まれ変わりや転生なんてありえないのじゃ。それに騒がせるだけ騒がせておけばいい。いつか飽きて忘れるものじゃよ」
「今、生まれ変わりや転生と言いましたか?」
突如、教会の扉を開けて聖女が姿を現した。
少年はこの小さな教会で聖女の姿を見た事がなかった。
艶やかな長い髪が風に揺れ、きりっとした目つきに姿勢のいい立ち姿、少年はしばらくこの美しい聖女の姿に見とれてしまった。
「死した魂は等しく裁きを受けた後、復活の日が訪れるまで、天にて安息を得る事となります」
「そうじゃのう聖女ベネディアよ」
「ベネディア・・・?」
少年はその名前をどこかで知っているような気がした。
数読んだ冒険小説の中に出て来たはずだと・・・
「しかし、生きる死ぬの考えが、肉体の死のみでかたずけられない事だとしたらどうでしょうか?別の肉体に魂が移転する事、これは生まれ変わりと言えますが、天に召されぬ間は完全な死とならぬとするならば」
何か小難しい事を言い始める聖女・・・
少年は彼女が何を言っているのか、よくわからなかった。
「まてまてベネディアよ。聖典解釈の話なら後でしよう」
「あの、司祭様、この方は・・・」
「あ、ああ、彼女はベネディアと言ってな・・・巡礼者じゃ」
「巡礼者・・・本当に冒険をしている人なのですか?」
「冒険・・・まあ、似たようなものかのう」
小難しい哲学を話し出す美人な女性巡礼者、少年にはまるで愛読する小説の中から出て来た人物かのように見えたのだ。
「あの!よ、よろしければ、旅のお話をお聞かせいただけませんでしょうか?!」
無邪気な好奇心あふれる少年に対し、聖女は静かにうなずいた。
「そうですね、とある街で、窓からう○ちを投げ捨てる人がいた話からいたしましょうか」
「そんな人、本当にいるんですね・・・」
聖女の話しは少年にとってはとても刺激的な話しだった。
少年は生まれてから城壁の外へ出た事がほとんどなかった。
この閉塞的な街が、彼が本当に目にした世界の全てだったのだ。
だから、夢のある冒険物語に強く憧れていたのかもしれない。
聖女が見聞きした話し、海の水はしょっぱい事、海を渡って砂嵐がやってくる街の話し、牡蠣を食べたら腹を下した話し、ヤギが凄い斜面を歩いている話し、王様のう○ちを管理する人が偉い人だった話し、古代人の城の跡で一夜過ごした話し、川で水浴びしていたら上流でう〇ちをしている人がいた話し、全て少年の好奇心を刺激する話だった。
「凄い・・・本当に大冒険をしているのですね!」
「大冒険なんて、魔王を倒して世界を救った勇者の物語に比べたら微々たるものでしょう」
「エイリアよ、お話しが盛り上がってる所、水を差すようじゃが、そろそろ帰った方が親御さんに叱られずに済むぞ」
「え?もうそんなに時間が経っていたのですか・・・」
寂しそうにする少年に聖女は
「大丈夫ですよ。わたくしはまだしばらくここにご面倒になりますので、またお話しを聞かせて差し上げましょう」
っと、優しく微笑んだのだ。
少年は家に帰って、家族と夕食を取る。
昼ごはんの残りのスープに黒いパンをちぎって浸って食べる。
母親や父親が何か言っているが、少年の頭は聖女から聞いた旅の話でいっぱいだった。
食後、わらを集めた簡単な造りのベッドに横になり、少年は夢を見た。
自信が勇者となって、聖女と共に魔王に挑む夢。
大変だけど、とっても楽しい夢だった。
朝になり、母親に叩き起こされる。
「あんた、大変な事になってるわよ!」
母親が何を慌てているのか、よくわからないでいると少年は、父親に連れられて、街の象徴とも言えるお城まで来たのだ。
何が起こってるのか少年が理解しないまま、城の主である王様のいる広間に入った。
「おお、よく来てくれた。そなたが噂に聞く勇者の生まれ変わりであるな!各地で突然発生した目覚めし子供達ともどうやら別格のようじゃのう」
昨日の街の人達の騒ぎが、王の耳まで届いてしまったのだ。
「いや、その、お、王様・・・」
王様、ここら地域を統治する小国の王であり、官位は伯爵ではあったが、庶民の少年にとっては天に住まう人物のように思える身分の高い人であった。
「勇者の生まれ変わりよ。頼みがあるのだ・・・我が国は貧しく、教皇庁が呼びかけた聖戦軍の招集に対してまともに兵を送る事ができなかった・・・今、それで我が領は周囲の諸侯から険悪な目で見られている・・・どうか、この国を代表して、聖地奪還の為の旅に出てくれないだろうか?」
「せ、聖地奪還・・・ボク1人でですか!?な、何をおっしゃいますか!」
「いや、聖地に行って、帰って来てくれるだけでいい!たのむ、勇者よ!」
「聖地に行くって、かなりの距離ですよ?!ぼ、ボクなんかに」
「勇者よ、そなたしかおらぬのじゃ!もし、そなたが行かぬなら、この国は諸侯から難癖つけられ土地を奪われ、下手すればこの街が戦禍を被るかもしれぬ・・・どうか、みんなを救って欲しいのじゃ!」
突然の王様からのお願いに、少年は街で話した事が読んだ小説の話しなのだとも言い出せず、ついには王様から旅の為の資金と護身用の短剣を渡されてしまった。
城を出ると街の人達が勇者の門出を祝っているし、父も母も自分の子が勇者だった事に喜び、むしろ頑張って戦って来いと言い出す始末。
天の代わりに不義を討ってくれと、民衆は歌い、まさに狂乱状態だった。
勇者にされた少年は慌てて教会まで走った。
「どうしたんじゃエイリア?街の人達は何を騒いでおるのじゃ?」
異変を察した司祭は少年を教会の中に招きこんで、彼から話を聞こうとした。
「司祭様・・・じつは・・・」
彼は起こった事を司祭に伝えると、司祭は一瞬、意識を失った程に世の中に対してあきれてしまった。
「しかし、こうなってしまっては後戻りはできないでしょう」
司祭と共に話しを聞いていた聖女がそう切り出した。
「エイリア、あなたの冒険は突然はじまってしまったのです。ここまで来て、引き返すのですか?あなたが夢見て来た広い世界へ、旅立つ時が今なのですよ」
「しかしベネディア、彼はまだ、若いどころか幼い・・・彼に一人で、しかも聖地まで・・・」
「司祭殿、わたくしが彼と共に聖地巡礼の旅に赴きましょう」
少年は耳を疑った・・・
「え?今、何と・・・」
「エイリア、あなたはまだ、世界の歩き方を知りません。わたくしがご一緒致します。それに、わたくしも聖地には一度、行ってみたいと思っていました」
「確かに、旅になれているベネディアがいれば心強いのじゃが・・・」
司祭はとても不安そうだ・・・
「所で、短剣なんて腰に帯びておりますが、他に何を受け取ったのですか?」
「あ、はい・・・お金を・・・」
ベネディアに銀貨の入った革袋を手渡すと、ベネディアはその重みで大体どのくらい入っているのかすぐに理解した。
「これは・・・少ないですね!」
「え?少ないのですか!?」
「ええ、こんな事では港町で資金が足りずに島に閉じ込められてしまうか、騙されて奴隷として売られてしまいますよ?」
「ど、奴隷・・・」
「王様に交渉に行きましょう」
聖女は堂々と権力者に立てつこうとするので、少年は驚くばかりだった。
「そ、そんな無礼な事やったら・・・」
「いいえ、無礼だったのは王様です。それに必要以上に求めているわけではありません。胸を張って物申すべきなのです!」
聖女は勇者を引っ張って、教会の外へ出ると、勇者を見送る民衆が旗振り送り出しを待ち構えていた。
その熱狂に対して、聖女は一歩も引く事は無く、むしろ民衆の前に立って演説を始めたのだ。
「今、この街から世界を救う為に勇者が旅立とうとしています!王は勇者に対して短剣と、小袋分の銀貨を渡しました!」
賑やかだった民衆は静かになり、聖女の演説に耳を貸した。
「いいですか?聖地まで、諸侯が苦労して行く道のりをですよ、たかがこれだけのもので行けるわけがないのです!」
民衆はざわついた。
「王は勇者に対しての対価を出し惜しみました!考えてください!王の財産は皆さま国民が働いて得られた富であります!皆様が勇者に対する期待を王は過小評価しているに他ないのです!」
とんでもない事を言い出す聖女に少年はびびりちらかすも、民衆から聖女に対して賛同する声が上がる。
「今こそ、皆様の力で、勇者に渡すべく資金を、国民の民意を取り戻そうではありませんか!」
聖女の力強い言葉は何故か説得力があった。
民衆は歓声をあげる。
「さあ、皆様と共に行きましょう」
聖女は勇者の手を引き、城へ向かう。
その後ろを民衆が、シュプレヒコールをあげながらついて歩く。
異常事態を察した城の門衛は、槍を掲げて聖女の前に立ちふさがった。
そして、開かれていた城門が閉ざされたのだ。
「ここから先は進めさせるわけにはいきません!」
怯えながらも健気に聖女を止めようとする門衛に対し、聖女は
「門よ開け!!神様に従い、信仰を守る者達が入る為に!!」
突然、天まで響くような大きな声に、城門の上から民衆を見下ろしていた番兵は驚いた。
その拍子に、彼が腰に帯びた剣の鞘が城門のレバーに当たり、ガッコンと大きな音を立てて城門がゆっくりと開いてゆく。
城門の上の番兵は、慌てて門が開くのを止めようと、木のレバーを押さえるも、運が悪い事にぽっきりと折れてしまった。
これを偶然と言うか、奇跡と言うかは人によるのだろうが、門衛は神意を感じざるを得なくなり、身をひいて、民衆が城内に入る事を許してしまったのだ。
この異様な軍勢を見て驚きおののく兵士長。
「なんだ!?暴動か!?」
「暴動?違います・・・これは革命です!」
「革命・・・革命って・・・なんだ?!」
聖女の圧倒的な威圧感に兵士長は兵士としての役割を忘れたかのように、ただただ彼女と彼女が導く民衆が城内を進むのを眺める事しか出来ずにいた。
「さあ、清く美しい人々よ、王のいる広間はここのようです」
突如、広間になだれ込んだ民衆におどろいた王は、その恐怖に身動きが取れず、玉座に貼り付けになったかのような感覚を覚えた。
「ひ、ひい!処刑するなら一思いに首を跳ねて!」
怯える王の前に、聖女は仁王立ち。
「王よ・・・あなたは勇者を送り出す行為に対する覚悟が無い!」
「ひぃっ!」
「あなたは財を蓄えている。本来ならそれは罪である。しかし、蓄えは国家の、国民の緊急事態の為に行われているはずです。今こそ、国庫を開く時では無いのですか!?」
「ま、待ってくれ!そんな事をすれば国は破綻してしまう!」
「民衆の怒りは頂点に達しているのです!」
聖女の威圧的な言葉に、王ですらただ、玉座の上で惨めに震えるだけだった。
民衆の暴徒、数を見れば衛兵を集めた所でどうにかなる数ではないと悟ったし、例えこの場を逃げ出して、兵を招集しようとも、自信に忠誠を誓った騎士達は民衆から逃げ出した王をどこまで信用してくれるのだろうか。
この時代、諸侯は星の数程現れて、それぞれ力を上げてしのぎ合っている。
騎士の主従関係の鞍替えなんて日常茶飯事だ。
そんな事が王の脳裏を駆け巡る。
「王よ!目をそらさず、しっかりと勇者を見るのです!」
「ゆ、勇者を?!」
「勇者は世の為、人の為、そして国の為、教会世界の平穏の為に、旅立つと言うのに、あなたは彼にどれほどの金額を渡しましたか?兵士の1ヶ月分の給料にも満たない程の金額です!これは王にとって、人々の暮らしの平穏がそれ程の価値しかないと言っているのと同じ事です!」
聖女の言葉、民衆の鋭い目つき、彼女の言うめちゃくちゃな言いがかりでも、王は納得せざるを得ない状況だったのだ。
「わ、わかった!わしが浅はかであった!だが、金はすぐには出せぬ!国家の運営をする上で経理関係は容易では無い事を理解して欲しいのじゃ!」
「愚か者め!!!」
単純な罵倒であった。
「ひいっ!」
「今こそ、誠意を見せる時です!それでこそ、民衆の上に立ち、国民を導く者の役割なのでは無いのですか!?」
「誠意を・・・!?」
王はふと、何かを思い出したように玉座から立ち上がり、部屋の奥から一振りの剣を持って戻って来た。
「この剣を・・・我が一族に伝わる宝剣を勇者に授ける!この剣には我が一族の紋章が刻まれている。わしがそなたを勇者として認めた何よりも証拠となるであろう。これを旅行く先々の商人に見せれば、わしのツケでやりくりができるはずじゃ!」
勇者は王様から剣を授かった。
「えっと・・・あ、ありがとうございます。大事な剣、お借り致します。務めを果たした暁には、この剣を返しに参ります」
城に押し寄せた人々から歓声と拍手がわき上がる。
民衆に囲まれながら、勇者と聖女は街を囲う城壁を通る為の大きな門の前までたどり着いた。
「エイリア、せっかくの門出です。皆様に何か、お言葉をかけてはいかがです?」
少年は振り返る。
街の人達は、勇者を期待のまなざしで見つめている。
少年にとって、幼い頃から見慣れた顔の人達のはずなのに、何故か今はまるで他人のように感じたのだ。
「・・・なんって言えばいいのでしょうか?」
「何でもいいのです。とにかく勇ましい感じでひと言発すればいいのですよ」
少年は覚悟を決めて、大きな声で
「お、お国の為!死んできます!」
死んできます?!
自分が発言したのに自分で疑問に抱く少年。
何故、この言葉が出たのかと言えば、聖地には聖典の救世主様が十字架に貼り付けになった丘があり、その時の苦難を受けた救世主様のように、命を張って頑張りますという感じの事を言おうと思ったのだ。
だが、聖典の言葉を引用するには、隣に本職の聖女もいて、言葉選びに慎重になるし、人々の視線を浴び続け、早く何か言わないといけない焦りから、死んできますなどという言葉が出てしまったのだ。
とんでもない問題発言だと、少年は思ったのだが・・・
「いいぞ!勇者として死んでくれ!」
「復活の日にまた会いましょうね!」
「聖なる勇者!グレートアゲイン!」
「教皇猊下万歳!」
「手柄を頼むぞ!後、聖遺物も持って帰って来るんだぞ!」
っと、民衆はただただ歓喜と言う名の狂気に酔っているようだった。
老若男女問わず、1人の少年が無謀な旅に、聖戦と言う名の泥沼の戦場へ向かう事に疑問を抱く者は誰一人としていなかった。
すると、民衆を掻き分けて、司祭が少年の元へやってきた。
「エイリアよ、みんなの言う事に惑わされて道を見失うな。お前はお前の為に旅をするのじゃ。手柄なんて無くて良いし、聖地にたどり着かずに帰って来ても良い」
そして、司祭は一冊の本を少年に手渡した。
「理由はともあれ、憧れた冒険じゃ。楽しまなきゃ損じゃぞ」
その本は、少年が愛読した冒険小説だった。
「司祭様。ありがとうございます。こういう時・・・勇者だったら何を言うのか、いつも妄想していたのに、全然思いつかなくて」
「格好つけんでよい。例え勇者となっても、エイリアはエイリアじゃ。・・・ベネディアよ、どうかエイリアを頼んだぞ」
聖女は静かにうなずいた。
少年は司祭から受け取った小説を開き、そして、最後のページを見た。
そこには写本担当者、ベルベット女子修道会のベネディアと記載されていたのだ。
「ベネディアさん・・・どうやらボクは、初めからあなたに導かれていたみたいです」
ベネディアは少年が何を言っているのかよくわからなかったけど、とりあえず雰囲気で微笑み返した。
「司祭様・・・ボク、行ってきます」
「ああ、適度に頑張るのじゃよ。神のご加護があらんことを」
こうして少年は、街の外へ出た。
今までゆりかごのように少年の暮らしを守って来た城壁を背に、まだ見た事が無い広い世界へ旅立ったのだ。
「所で、ベネディアさんはどうしてボクに付き添ってくれるのですか?」
「わたくしも、聖地に行きたいからですよ」
「でも、そんないきなりの旅立ちなのに、二つ返事でいいと言ってくれるなんて・・・」
「わたくしは元々、巡礼者として各地を巡り歩いているのですよ。それに・・・」
「それに?」
「教会世界をぶち壊す為に、あなたの力が必要です」
「教会世界を・・・ぶち壊す!?」
そして、この聖女は勇者を導く守護聖人なのか、それとも破滅に誘う悪魔なのか・・・
まだ、冒険は始まったばかりなのです。