豊穣祭前日
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先日イクセル様がまた占いにいらっしゃった。イクセル様には婚約者がいるのだから、もう関わるのは止めようって思ってたのに、何故か豊穣祭の店番を頼まれてしまった。おばあ様はまたどこかへおでかけになってしまったから、私はテアさんにその事を相談してみた。
「売り子として接客するくらいでしたら、大丈夫なのでは?占いのお客様の方がよほど深く関わってることになると思いますし」
「そうよね……」
他人との深い関りがどの程度のものなのかは良く分からないけど、学園生活を送らせてもらえたくらいだから多分そのくらいなら大丈夫のはず。
「ただお嬢様のような貴族のご令嬢が売り子をなさるのは、どうなのでしょうか……」
「そうかしら?」
私が伯爵家の娘であることはディアス学園に入学する時に教えてもらえていた。ただ貴族だと分かると近づいてくる人が多くなるからとおばあ様に言われて、ずっと平民として学園に通っていた。だから売り子として働くことにも特に抵抗が無い。
「私にはあんまり自分が貴族だって言う感覚が無いのよね……」
「まあこの地での豊穣祭はもう最後になるかもしれませんし、この際ですから楽しんでこられてはいかがですか?」
「……そうね」
湯あみを終えた私の髪を乾かしてくれながら、その時テアさんはとても嬉しそうに勧めてくれた。
「はあ……」
「お嬢様、ため息が多いですね。なにかあったのですか?それともどこかお体の具合が悪いのですか?」
「違うわ。体は何ともないの!心配かけてしまってごめんなさい」
私は慌ててテアさんに謝った。
占いのお仕事も終わって、すこし冷たい風と花の香りが窓から入ってきてる。
「温かいお茶が美味しい……。テアさんの入れてくれた蜜入りのお茶は絶品ね」
「ふふ。うちの母直伝のブレンドティーに蜜を入れたもので、これを飲むと風邪をひきにくくなるんですよ」
私はこんな秋の日暮れの時間が大好きだった。本を読んだり、刺繍なんかの手仕事や占いをしたり……。静かで穏やかな大切な時間。ユーティライネン伯爵家に行ったらこういう風に過ごす時間は無くなってしまうのかな。
明日は豊穣祭だ。その翌日は私の十六歳の誕生日。色々なことが変わってしまうかもしれない日。
少し不安だ。でも嬉しい気持ちもあるの。だってイクセル様に会えるから。
豊穣祭が終わればシャディアス王国の北西にあるユーティライネン伯爵家に帰ることになる。その先は普通の貴族令嬢としての生活が待っているのだろう。
リンテロート伯爵家のイクセル様のお兄様は家督を継ぐために王都で更なる高等教育を受けていらっしゃる。次男であるイクセル様はこの地にほど近い領地の仕事やお菓子のお店の経営を任されるらしい。
だから、私が帰ってしまえばもうイクセル様とは……。
花の香りに誘われて思い出す記憶。
そういえば学園の図書室からも金木犀が見えたっけ。時々、本当に時々図書室でイクセル様を見かけることがあって、それが密かな楽しみだった。貴族なのに誰にでも分け隔ての無いイクセル様は人気があったから、いつでもみんなに囲まれてた。
おばあ様からあまり他人と関わらないように厳しく言われてたし、そうでなくても私自身誰かと話すよりも一人で過ごす方が好きだった。だから自分からイクセル様に話しかけるなんてできなかった。まさか卒業してからこうして接点を持つことになるなんて思わなかった。
そうね、最後になるんだから頑張ろう。少しでも役に立てるように。
「ねえ、テアさん!お願いがあるの!」
「まあ、なんでしょう?ユーリアお嬢様」
「私、豊穣祭でイクセル様のお店を手伝うことになったって言ったよね」
「ええ、リンテロート様は積極的ですね。プラス五十点です」
「そうなの。お店の経営にとても熱心だったわ。占いもお店のことだったし」
「それはちょっと意気地なしですね……マイナス六十点」
さっきからその点数はなんなの?テアさんに聞いたら、「心の点数表です」って分かるような分からないような答えをされてしまった……。
「とにかくイクセル様に頼まれたから、やるからにはしっかり売り上げに貢献したいの」
「ユーリアお嬢様のそういう真面目なところは大変素晴らしいと存じます」
ううん。真面目なんかじゃないの。頑張ってたくさん売り上げたら、最後に会えた時に、ううん、会えなくても喜んでもらえるかもしれないもの。そういう不純な動機だからテアさんには言えない。
「だから……」
「可愛い服をご用意いたしましょうね!」
「ううん。それより接客の極意を教えて!」
「へ?」
「テアさんのおうちは商いをされてるのよね?だからたくさん売れるような接客方法を知りたいの!」
「そっち?……そうですか。先は遠そうですね」
「え?」
「いえ、何でもありません。そうですね、まずは笑顔ですね」
テアさんは人差し指を立てて片目を瞑った。
「笑顔?」
占いの時は気にしたこと無かった。占いだって接客なのに……。
「そうですとも!」
「お嬢様は仏頂面の店主のお店に入りたいとお思いになりますか?」
「それはちょっと勇気がいるかも……」
「そうでしょう?ですからまずは笑顔でしょうね。お嬢様はお可愛らしいですから効果は抜群ですよ!」
「そ、そんなことは……」
「そんなことはありますよ!」
「そう……。できるだけ頑張るわ」
テアさんは私への評価が時々激甘になるのよね……。
「ええ!それから……」
「…………」
「…………」
その夜はベッドに入るまで、テアさんと接客の勉強をしたんだ。付け焼刃かもしれないけど、おかげで明日は頑張れそう。
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