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イクセルの依頼

来ていただいてありがとうございます!

イクセル視点です




「イクセル、この次の「渦」の出現地は「はずれの洞窟」だということだ」

父であるリンテロート伯爵の言葉に俺は驚いた。


リンテロート伯爵領はシャディアス王国王都の南東地域に少しだけ接している。領地の西側には木犀の森(ここは王家の直轄地だ)、そして「はずれの洞窟」は王都の中ではあるが、この領地にほど近い場所にある。


「占い師様の予知がおりたのですね。ではうちからも警備隊を出すのですか?」

書斎で城からの文書に目を通していた父が目を上げて俺をの方を見た。その後ろの窓からはこんな物騒な話題には相応しくない爽やかな秋の朝の風が入ってきている。

「いや、城から騎士団や魔術師団が派遣されて来る。近いとはいえ王都の中の事だ。我が領に要請されたのは周辺の警備だけだ」

「そうですか。それならいつもよりその周辺の警備の人員を増やせばいいですね」

「ああ。城からもそう言ってきている。しかし厄介なことだ。何年ぶりかな。我が領の近くで「渦」が発生するのは」


「渦」


「穴」と呼称されることもある主に地面に出現する黒く丸い空間。

シャディアス王国の各地に不定期に現れる。

魔物や悪魔といった人に害を為す存在がそこから這い出てくる場所。

かつては人的被害が多く出たが、現在は大占い師様の予知のおかげで迅速に空間を結界で閉じ込めて塞ぐなどの対処が可能になっている。


大占い師様とはユーリア・ユーティライネン伯爵令嬢の祖母アデリア・ロセアン元侯爵夫人の事だ。


「豊穣祭も近い、何事も起こらなければいいが」

「そうですね」

父の言葉に答えながらも俺はあまり深刻には捉えていなかった。城から騎士や魔術師が派遣されて来るのだ。素人の出る幕は無いだろうと考えたからだ。俺はユーリアさんの事を思った。


豊穣祭、誘ったら一緒に行ってくれるだろうか……。







俺は占いの予約を取り、後日ユーリアさんに会いに木犀の森へ行った。


「やあ、この前はありがとう。でも、帰るなら送っていくから待ってて欲しかったな」

「いえ、通学路でしたし、ご心配には及びません」


あれ?なんだか元気がないみたいだ。それに以前よりも対応が無機質なような……。何かしてしまったかと俺は慌てて記憶を探った。強引に店に誘ったのが嫌だったのだろうか。ユーリアさんは大人しい性格だし、祖母君の占いの事もある。他人との深い関りが禁じられてるから、もしかして俺と関わるなと叱られてしまったのだろうか。


「本日はどのような占いをご希望でしょうか」

「ああ、えっと……」

ユーリアさんは滅多に外出しない。会って豊穣祭に誘うためには占いを予約するしかなかった。でも占いの内容までは考えていなかった。


「…………そう!豊穣祭の天気を占って欲しくて!」

我ながら苦しいな……。そう思いながらも何とか豊穣祭のフィナーレの焚火を一緒に見たくて、ユーリアさんを誘うための会話の糸口をつかみたかった。

「お天気……ですか?」

「そう!だって豊穣祭は稼ぎ時だろう?天気によって売れる菓子の種類も変わって来るから」

「……わかりました」

やや訝し気な表情に見えたけど、何とか強引に納得してもらえたようだ。それにしても何だか今日は本当に素っ気ないな……。俺の気持ちがはやりすぎてるせいだろうか。


真剣な顔でカードを切り始めるユーリアさん。そんな顔も可愛いな、と思いながら綺麗な細い指先にも目がいってしまう。今日も色の薄い金色のサラサラな髪に夕日が射してきらきら光ってる。金木犀の香りが風にのってやってきてユーリアさんは金木犀の花の精霊みたいだ。


「…………です。イクセル様?」

ああ、しまった!ユーリアさんに見惚れて別世界に行ってた!

「ご、ごめん!もう一度いいかな?」

「はい。豊穣祭のお天気は晴れのようです。ただ、一時的に嵐が来る可能性もあります……」

「へ?嵐?」

「……はい。変な占い結果が出てしまい申し訳ありません。私がまだ未熟者のせいかもしれません。結果をお約束できませんがそのように出ましたのでお伝えさせていただきました」

そう言って頭を下げるユーリアさん。

「いやいや!謝らないでよ!とにかくありがとう!!やっぱり食べ歩き用のケーキもたくさん準備することにするよ」

「はい」

ホッとしたようにユーリアさんが小さく笑った。笑ってくれた!?可愛いなぁ!そうだ!!


心の中のテンションを隠して、思い付いた名案を提案することにした。

「ねえ、ユーリアさんは豊穣祭には行くの?」

「いいえ」

だよね。昨年も一昨年もずっと来てなかったからね。一緒に行くような男はいないようだな。よし。

「ユーリアさんに頼みがあるんだ」

「え?」

「今年は俺も急遽、本店の他に露店を出すことになったんだ。それで人手が足りないんだよ。ユーリアさん、良かったら売り子として手伝ってくれないかな?今からだとみんな予定が入ってて無理そうなんだ」

「売り子ですか?」

戸惑ったような表情も可愛いな。ってそうじゃなくてあと一押しだ。


貴族令嬢にこんなことを頼むのはかなり変なことだけど、彼女は良い意味でも悪い意味でも貴族令嬢らしさが無い。優しい人だし困っている人間を放っておけないだろう。言い方は悪いけれど俺はそこにつけこむことにした。十六歳になったら彼女は本来の家に帰ってしまう。そうなれば他の貴族令息達も彼女を放ってはおかないだろう。それまでに何とか俺の事を印象付けておきたかった。そして出来れば俺の気持ちを直接伝えておきたい。


「困ってるんだ。できれば頼めないかな?」

我ながら縋るような目でユーリアさんを見ていたと思う。確か、彼女の誕生日は豊穣祭の翌日だったはずだ。下手をすれば彼女と一緒に過ごせる最後の機会になってしまうかもしれないんだ。


「わかりました。私で良ければお手伝いさせていただきます」

「ありがとう!助かるよ!!」


いつもより感情に乏しい泉の色の瞳が気にはなる。だけど、二人で過ごすことができる豊穣祭というチャンスを貰えたことを俺は素直に喜んでいた。








ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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