おばあ様のお話
来ていただいてありがとうございます!
木犀の森の屋敷に帰るとおばあ様が帰って来ていた。
「おかえりなさいませ、おばあ様」
私より一足早く帰って来ていたようで、着替えを済ませて居間でお茶を飲んでいらした。
「あら珍しいのね、どこかへ出掛けていたの?それに貴女が黒くない服を着ているなんて。……少し顔色が悪いわね。どうしたの?」
立ち上がって私の頬を撫でたおばあ様。最近は髪に白いものが目立つようになってきている。
「……今日はちょっと街へ行ったので」
小さな頃からあまり森の外へ出ないように言いつけられていたから、叱られてしまうだろうかと思ったけれど嘘はつけないから正直に話した。
「まあ、そうなのね」
「すみません。おばあ様の言いつけを破ってしまって。でももう街へ行くことは無いと思いますから大丈夫です……」
「あの!差し出がましいようですが、私がお勧めしたんです!ですから、お嬢様は悪くありません!」
そばで控えていたテアさんが私を庇ってくれた。
「いいのよ、テア。貴女の事もユーリアの事も責めたりはしないわ」
おばあ様は深いため息をついた。
「ユーリア、貴女ももうすぐ十六歳ね。そろそろいいかしら。お話があるの。聞いてくれるかしら」
「はい。おばあ様」
「テア、貴女も」
「はい。アデリア様」
テアさんがお茶の準備をしてくれた。
「貴女も座って頂戴、テア」
おばあ様が話し始めた。
「もう十五年前になるわね。私は子どもや孫が生まれる度にその子の将来を占ってきたの。楽しい未来が見えることがほとんどだったけど、時には厳しい運命が待ち受けてることもあったわ」
「ユーリア、貴女の場合はその厳しい運命の中でもとりわけ恐ろしい結果が出てしまったの」
私に関する占いの結果は大きく二つだった。
『ユーリアの意思の無い縁談が進めば、不幸になり夭逝する』
『そして、十五の年までは人との深い関りが死に繋がる』
というもの。
「恐ろしかったわ……」
「アデリア様は予言の魔女と呼ばれるくらいの御方ですから……」
真っ青になったテアさんはそれきり、黙り込んでしまった。
私も何と言っていいかわからなかった。私の未来に関する占いは二つとも私の「死」に直結するものだった。
「ユーリア、貴女の行動を厳しく制限したのも、家族から引き離したのも全て私のせいなの。貴女を怖がらせたくなくて、このことはずっと秘密にしてきたわ。全ては私の独断よ。恨んでくれてもいい。でもね、貴女はもうじき十六歳になる。もう私の言いつけに従ってこの場所にこもり続けなくても大丈夫なのよ」
おばあ様は少し疲れたように言って、私の手を取って隣に座った私を抱き寄せてくれた。
物心ついた頃からこの森の中でおばあ様とメイドさんとの生活だったから、特に不満に思うことはなかったの。おばあ様はこの屋敷にいないことも多かったけど、年に何度か両親と兄達が会いに来てくれたから、凄く寂しいということも少なかった。これが当たり前だと思ってた。ちなみにメイドさんは何年かごとに違う人が来てくれていて、二年前に新しく来てくれたテアさんはその中でも私が一番仲良くなった人だった。
「おばあ様を恨むなんてあり得ません。全部私の為にしてくれたことでしょう?」
そうだわ。おばあ様だってこんな人も来ない森の中で不自由な暮らしを一緒にしてくれたんだもの。おばあ様は厳しかったけれど、とても優しかった。私を大事に思ってくれてたからなんだわ。学園で友達が少なかったのも私の内向的な性格のせいだもの。おばあ様のせいじゃないわ。
「十六歳になったら貴女の本来の家に、ユーティライネン伯爵家に戻りなさい」
「伯爵家に……」
「ええ、そうよ。お父様もお母様もお兄様達も心待ちにしているわ」
「…………」
え?ずっとここにいてはいけないの?この森でおばあ様と一緒に占い師として暮らしていきたいと思ってたのに……。
おばあ様の言葉に私は広い荒野に一人で取り残されたような気持ちになってしまった。
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アデリア視点
可愛い孫娘、ユーリアの顔色が良くないようだったわ。街へ行ったらしい。引っ込み思案なこの子にとっては大冒険だったのでしょう。けれど他にも何かあったのかしら。後でテアに話を聞いてみましょう。テアは随分とあの子を好いているようだから。
ユーリアが生まれた時の自分の占いは忘れられない。折に触れ何度も繰り返した占いの結果はいつも同じだった。
占いは二つ
ユーリアの意思の無い縁談が進めば、ユーリアが不幸になり夭逝する。
そして、十五の年までは人との深い関りが死に繋がる。
というもの。まるで呪いのような占いの結果に私は頭を抱えた。私の占いはよく当たる。当たってしまう。王家からも度々要請が来るくらいには。
両親である娘夫婦、特に現ユーティライネン伯爵は強く反対したが、占いの結果を正直に伝えてユーリアを引き取った。少しばかり王家に顔が利く私は王家の土地である木犀の森の中に小さな屋敷を構えた。この地は昔から悪しきものを跳ね除ける土地として言い伝えられた場所だったから。ここでユーリアを守るためになるべく他人と関わらせない生活を送らせたのだ。酷いことをしているという自覚はあった。両親や兄弟は時々会いに来るけれど、ユーリアはとても寂しい思いをしたことだろう。
今ユーリアは十五歳。この秋でやっと十六歳になる。最大の関門だった学園生活も乗り切り、あと少しなのだ。ようやく自由な生活を送らせてやれる。私は胸を撫で下ろしていた。今まで閉じ込めていた私が言えたことではないけれど、引っ込み思案なユーリアが一人で街へ行くようになってくれたことも私を安心させた。
テアに私の部屋に来てもらって私が不在の間の話を聞いた。
「そう、イクセル・リンテロート様がいらしたの。……待ちきれなくなってしまったのね」
ずっとユーリアに婚約を申し込んできている家がある。リンテロート伯爵家だ。次男であるイクセル様はユーリアと同じディアス第三学園に在籍していた。彼がユーリアとの婚約を熱望しているというので、一度こちらの事情をさらっと知らせたことがある。そのおかげか在学中はユーリアに深い関りを持つことなく、陰ながら守ってくれていたようだった。
ただ、女性同士の陰湿な嫌がらせ行為にはなかなか立ち入ることができなかったみたいね。
「ユーリアが自分から森を出たということは、ユーリアにも気持ちがあるということかしらねぇ」
私が囲い込んで育てたせいもあったでしょうけれど、引っ込み思案のあの子が外に出るなんてよほどのことだ。でもこれからは自分で世界に関わりを持っていかなければならない。イクセル・リンテロート様とのことはそのための第一歩になるかもしれない。ユーリアの心がどこへ向かっていたとしても、あの子の意思に反したことはさせない。
「あの子が幸せな結婚をするまでは私が守っていかなければ……!」
私は決意を新たにした。
それでもこの時の私は、ユーリアの十六歳の誕生日が目前に迫っていたことで少し気が緩んでいたように思う。
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