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勇気を出した日

来ていただいてありがとうございます!



「街に来るなんて本当に久しぶりだわ」


学園を卒業してから初めてだ。おばあ様の言いつけもあって帰りに寄り道なんてしたことなくて、友人と遊ぶことも無かった。友人、ほとんどいなかったけど……。


もうすぐ秋の豊穣祭だからみんな準備に忙しくて、でもなんだかとても楽しそう。街の中も飾り付けがしてあって、私もワクワクしてきちゃう。この街は王都の外れにあって普段は静かな所なんだけど、今は普段よりも人でごった返してて、とても賑やかだ。




「こら、坊主!悪さしてると「はずれの洞窟」に連れてかれるぞ!」

道端で小さな女の子を泣かせてた小さな男の子がびくりと肩をふるわせた。

「へーんだ!そんなの怖くないし!」

そんな強がりをいって走り去っていく男の子。泣いてる女の子を串焼きの露店の店主のおじさんが慰めてる。


豊穣祭の最終日にはご先祖様の霊や悪霊が帰って来るという。だから大きく火を焚いて悪霊を追い払うのだ。今おじさんが言っていた「はずれの洞窟」は王都の外れにある墓地の奥にある岩穴のことだ。そこは死者達の世界につながっていると言われてる場所で滅多に近づく人がいない。悪霊や死者はそこからこの世界へやってくるんだって。


「悪霊は悪い子を攫って行くのよね。私も子どもの頃は豊穣祭の夜は怖くてベッドから出られなかったっけ」

歩きながらディアス学園の近くまでやって来た。さっきの子ども達とおじさんのやり取りを見て、一度だけイクセル様にあんな風に助けてもらったことを思い出した。入学したての頃に黒い服を着てた私を見て男の子たちが取り囲んで「魔女」ってからかってきたの。その時に怒って追い払ってくれたんだ。懐かしいな……。



森から出て通い慣れた学園を通り過ぎて街の中へ入る。賑やかな通り沿いに人で賑わうおしゃれなそのお店はあった。


「リンテ菓子店……ここだわ。可愛い看板。そして、うーん、人がいっぱい……」

ここまでくるのにも勇気がいった。更にこの人でいっぱいのお店に入るのは躊躇われた。

「今日はここまでにしようかな……」

なんてテアさんに怒られそうなことを考えてたら、お店から出てきた人達の会話が聞こえてきた。

「イクセル様にもやっとご婚約話か。めでたいことだな」

「そうだなぁ。王都におられるご長男は……」


衝撃を受けた。


イクセル様は貴族のご子息様で確かもう十六歳だから、婚約者がいらっしゃるのは当たり前だ。むしろ今までそんな話がなかったのがおかしいくらい。それにイクセル様は明るくて優しくて、とても素敵な人だから女の達からとても人気がある。


そう、なんだけど、分かってるけど……。……すぐに家に帰ろう。もうここにはいたくない。森でイクセル様が来るのを待っていれば良かった。振り返り、走り出そうとしたその時だった。


「だから、厨房は困るんだ!…………ユーリアさん?!」

イクセル様とジェイミー様がそこにいらっしゃった。お店の裏口から出てきたみたいだった。ジェイミー様がイクセル様を見上げての腕の辺りの服を掴んでる。ジェイミー様の占い……ああ、そうか……。たぶんそういう事なんだ。


「ユーリアさんっ!珍しいね。こんな所まで来るなんて!どうしたの?もしかして俺に会いに?なんて……」

見つかってしまった。そうっと帰ろうと思ったのに。イクセル様がこちらに駆け寄って来た。どうしよう……。ここにいたくない。けどここでいきなり帰るのは失礼すぎる……。迷って動けないでいると、あっという間にイクセル様が至近距離に……!


「こ、これをお返しに……」

私はお菓子の入ってたかごをお返しした。中にはささやかなお返しとして、お気に入りのお茶の茶葉を入れてある。テアさんが用意してくれたものだ。

「え?ああ、俺が取りに行こうと思ってたのに!でもありがとう!良かったら寄って行ってよ!うちの店!二階にも個室のカフェスペースがあるんだ。せっかく来てくれたんだからお茶でも飲んでいってよ!お菓子の感想も聞きたいし!」


え?え?なんで?婚約者の方がいるのに……?戸惑ってジェイミー様の方を見るとジェイミー様はこちらをずっと睨んでた。


「あのっ!リンテロート様っ!私……」

ジェイミー様が少し声を荒げてイクセル様に声をかけた。

「ああ、ペリー子爵令嬢、俺達はここで失礼するよ」

イクセル様はにこにこと笑ってる。でも彼女に有無を言わせない雰囲気があった。


私は返事をする間もなく手を繋がれて(!)、またあっという間にお店の二階に連れて行かれてしまった。





お店の二階にはいくつかの個室があって、その中の一つに通された。窓からは街の広場が見渡せてとてもいい景色だ。色づいた街路樹の葉が風に揺れてる。


「今日は青い服を着てるんだね。良く似合ってる」

「あ、ありがとうございます」

向かい合った席に座ったイクセル様は頬杖をついて私を見てる。やっぱり優しい人なんだな。こんな私の事も褒めてくれるんだ。



お店の人が持ってきてくれたお茶が二つ湯気を立ててる。そして色とりどりの小さなケーキがたくさん。

「さあ!食べて食べて!この前のクッキーもだけど、感想を聞かせて欲しいんだよね。どれが人気出ると思う?」

ああ、そうか!占いをして欲しいのね。このケーキ達も新作で、お店にどれを出すか迷ってるんだわ。ちょうど私が来たからジェイミー様を帰してしまったのね。申し訳ない事をしてしまった。私はイクセル様とお話しできて嬉しいけど、そんなこと思っちゃいけないわよね。


「申し訳ありません。今日は占いの道具を持っていないので、占うことはできません」

「え?違う、違うよ!ユーリアさんの感想が聞きたいんだよ!占いとかじゃなくて!」

慌てたように両手を振るイクセル様。ということは、勘で判断するってこと?おばあ様なら、そういう事も出来るかもしれないけど私には無理だわ。


「とりあえず食べてみてユーリアさんの好きなものを教えて?」

私が固まってるのを見かねて、イクセル様が声をかけてくれた。小さくカットされたケーキ達はどれも一口サイズだったから、ほぼ全ての味を確認することが出来た。


「私の好みになってしまいますが、この夕焼け色のケーキが好きです」

「そっかぁ!これは東部で採れる野菜を使ったケーキなんだ!」

「野菜なんですね。優しい甘みが美味しいです」


私はさっきの露店のおじさんが串焼きのお店をやっていたのを思い出した。

「こういうふうに小さく切って串に刺してあると、お祭りで歩きながら食べられるかもしれないですね」

「え?」

「ちょっとお行儀は悪いですけど」

「いいね!それ!そのアイデア貰ってもいい?」

「ええ、どうぞ」

「ありがとう!ユ―リアさんに相談して良かったよ!早速みんなに話してくる!」


イクセル様のお役に立てて良かった。会えて嬉しかった。そんな気持ちとイクセル様に婚約者がいることにショックを受けてる気持ちと……。複雑な気持ちを抱えて、私はそっと帰途についた。



「これできっと最後ね。……でも楽しかった……」


私はまだ人で込み合ってる菓子店を一度だけ振り返った。












ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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