憂鬱なお客様
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テア視点
「あら、貴女だったのね。良く当たる占い師がいると聞いて来たのだけれど……。本当に貴女で大丈夫なの?まあいいわ、ちょっとした座興ね。占わせてあげるわ」
占いの為の部屋にご案内するやいなや、ユーリアお嬢様を見てジェイミー・ペリー子爵令嬢はそんな言葉を言い放った。
「学園でも陰気で、卒業後もこんな所で引きこもって、本当につまらない方ね」
お嬢様の占いの師匠で、祖母でもあるアデリア様は国王陛下の覚えもめでたい希代の占い師だ。その方が唯一後継者と認めたお嬢様を馬鹿にするとは許し難い。
「今日もずっと無表情?客商売なんだから少しは愛想笑いでもできるようになったら?」
ユーリアお嬢様が笑えないのは自分のせいだという考えが全く及ばないのだろう。令嬢の嫌味は続く。
元々引っ込み思案だったお嬢様にはご友人と呼べる方は多くない。それでも最終学年になるまでは普通の学園生活を送れていたのだ。しかし優秀なお嬢様は学園での最後の年に家でも家庭教師を付けているような裕福な家庭や貴族の子女を集めたクラスに入ってしまった。そこで始まったのが嫌味や陰口といったいじめ行為だ。
お嬢様はお美しくてお可愛らしくて、優秀で、でも大人しくて控えめな性格だったから、クラスの中心的な女生徒に目を付けられてしまったのだと思われる。おそらくそれがこの娘なのだ。訳あってお嬢様は身分を明かさずに学園に通われてたことが更にそれを助長してしまった。
アデリア様は学園での事はあまり深刻にならない限りは介入しないとおっしゃられて静観なさっていた。私には歯がゆいことだったけど、いつも悲し気な表情で帰って来るお嬢様のフォローに努めたものだった。
「まあいいわ。あら、結構いい茶葉を使っているのね」
私が淹れたお茶を一口飲んでやや馬鹿にしたように言う子爵令嬢。私はただの使用人だ。お嬢様の代わりに受けて立つことは出来ない。本当に腹立たしい!
「では、私は失礼いたします。お嬢様」
私は部屋を出て、すぐに隣の小部屋に滑り込んだ。まだ屋敷の仕事は残っているけれど、お嬢様が心配でそんなものは手に着かないだろう。私はそっと聞き耳を立てた。
「今日はどんな占いをご希望でしょうか?」
「わたくし縁談がいくつか来ているの。それでどの方がいいか迷っているのよね。まあ、本命はいるのだけれど」
お嬢様が静かに尋ねると、誇らしげにジェイミーは答える。
「恋占い、あるいは相性占いでしょうか」
「言わなくても分かるでしょう?貴女って本当に鈍いのね。学園にいた時からずっとそう!」
心底馬鹿にしたような物言い!飛び出して行って叩き出してやろうかと思った。学園にいらした時にお嬢様にあの悲し気な顔をさせていたのはこの娘だと確信した。
「三人分の相性占いよ。さっさとして!」
カードを切る音がして占いが始まったようだ。…………結果は最初と二番目の男性との相性はまずまず。最後の本命という男性との相性はイマイチと出た。言葉は悪いがざまあみろと思った。
「ふん、こんなのはしょせんただの占いよね。当てにならないわよ!」
だったら最初から来るな!そう言ってドアを蹴破りたくなった。子爵令嬢は令嬢らしからぬ乱暴な所作で代金を置いて出て行ったようだった。お嬢様のため息が聞こえたが、とりあえずお客様をエントランスまでお見送りした。
彼女が帰った後、塩をまいた。
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今日は憂鬱な日だった。
学園にいた頃、しょっちゅう嫌味を言われた女の子達の一人がお客様としてやって来たから。
「私は子爵家の娘なのよ。ご自分から挨拶に来たらどうなの?」
「身分の高い者には話しかけるものではないわ」
と、どっちなの?というようなことを言われたり。
「少しばかり勉強ができるからっていい気にならないでくださる?わたくしの家庭教師は王都でも高名な博士なんですからね」
「男の子達の気を引くのはお上手なのね。どういう手を使ってるのかしら?」
と、訳の分からないことを言われたりもした。気を引くもなにも、元々人と話すのが苦手な私は必要な時以外他人とお話することは少なかった。女の子相手でもだ。ましてや男の子になんて自分から話しかけることは滅多に無い。おばあ様との約束もあったから。だからこれは本当に意味不明だったので本当に困った。
「後は、陰気とかどんくさいとかいつも黒い服ばかりで魔女みたいとか、無表情で怖いとか……」
私はため息をついてテーブルに突っ伏した。そんな辛い学園生活も残り一年だったから耐えられたんだよね。頑張ったな、私。……ふと脳裏に明るい笑顔が浮かぶ。
「イクセル様のことを見るのも楽しみだったのよね」
開かないドアを見つめた。
「…………イクセル様、今日も来なかったな。お忙しいのかしら」
ちょっとだけお店を見に行ってみようかな。明日はお客様が少ないし……。そうよ、お菓子のかごをお返ししたいもの。それにお菓子も美味しかったからきちんとお礼を言って、できるなら少しお菓子を買いたい。そんな風にテアさんにお話ししたら、何故かとっても喜んでくれた。
「何を着ていきましょうね?!」
いきなりクローゼットを開けて服を引っ張り出し始めてとてもびっくりした。
「いつも通りでいいからっ!」
「いけません!」
「でも」
そんなやり取りが続いて、結局目立ちすぎない深い青色の外出着を着ていくことになってしまったの。
その夜は明日の事を考えて、少し興奮してしまって良く眠れなかったのだった。
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