次の日
来ていただいてありがとうございます!
「やあ!こんにちは。どうだった?俺のお菓子、美味しかった?」
次の日の夕方にイクセル・リンテロート様はまたこの木犀の森の屋敷へやって来た。相変わらずの全開の笑顔だ。ちょっと眩しい。
「本日最後のお客様です」
この屋敷の事を一手に引き受けてくれているテアさんが案内してくれた。テアさんはスラッとした細身で、銀色の髪を肩の上で切りそろえた青い瞳のとても綺麗な女の人。私とおばあ様の食事の支度や掃除、占いのお客様の予約の管理などを全てやってくれてるとても有能な人だ。
「美味しかったです。まだ一つ食べただけですけど」
「ええ?!あとの四つは駄目だった?」
テーブルの向こうで立ち上がり手をついてまた私を覗き込んで来た。
「いえ。いただいたのは昨日だったので……」
「ん?」
「まだ全部を食べきれていません」
「そっか。他に人はいないの?ここには。家族とか」
応接室の中を見回すイクセル様。今は部屋の中には私とイクセル様の他に誰もいない。
「いつもは祖母がおりますけれど、今は不在で。あとは先ほどご案内させていただいたメイドのテアがおります」
「……そうなんだ。寂しくない?」
私は首を振った。
「ずっとこうだったので……」
テアさんは甘いものが好きじゃない。おばあ様は今、いないし、昨日の今日ではあの量のお菓子を私一人では食べられなかった。
「あ、でもまた持ってきちゃったんだよね。味見して欲しいなぁ。うん、じゃあ一緒に食べようよ」
「え?」
「新作!持って来たんだ」
え?また?昨日の今日で?ってちょっと待って!占いはいいの?
私が混乱しているとコンコンと部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「お茶をお持ちしました」
「テアさん……?どうして……」
「今、必要かと思いまして」
テアさんがカタカタとワゴンを押して部屋に入って来た。お茶のポットやカップ、昨日いただいたお菓子をテーブルに並べてくれた。ああ、お茶の良い香り……。私の分まである。いつもは占いのお客様には占いの前にお茶をお出しする。そのための小さなサイドテーブルの上に。今日は少し遅かったからどうしたのかなって思ってたんだ。それにちょっとしたお菓子も添えるけど、こんなにたくさんのお菓子を出すことはない。まるでお茶会みたい……。こんなに広げたら、カードが並べられないわ。
「おお!ナイスタイミング!ありがとう!」
イクセル様は持ってこられたバスケットから昨日と同じような小かごを取り出した。中には様々に型抜きされたクッキーが入っていた。
「今日のも自信作なんだ。南方のスパイスが入っててね、配合に苦労したんだよ。食べてみてよ」
「で、でもこんなに食べたら夕食が入らなくなります」
私はちょっと困ってテアさんを見た。
「大丈夫ですよ。お嬢様は本日とてもお忙しかったのですから、栄養を補給なさってください」
テアさんが涼やかに笑って部屋を出て行った。テアさんはいつもテキパキ、ハキハキしてて見惚れちゃうほど美人だ。私もあんな風に綺麗だったら良かったのにね。
「え?そうなの?」
「はい。占いのお客様が多かったんです」
私はイクセル様の言葉に頷いた。確かに今日は占いのお客様が多かったけれど、きっと豊穣祭が近いからだと思うんだ。豊穣祭は豊かな実りや収穫を祝うお祭りで恋人同士や家族が贈り物をしあうお祭りで、このお祭りで贈り物をして想いを伝えて恋人同士になる人達や婚約する人達もたくさんいるんだって。相手の気持ち、気になっちゃうよね。恋人かぁ。私には遠い世界な感じ。
「ああ、豊穣祭か、豊穣祭には……」
イクセル様は何か続けて言いたそう。でも結局何も仰らなかった。
お茶を飲みながら、食べたお菓子の感想を聞かれたりして時間が過ぎて行った。楽しいけど、そろそろ日が沈みかけている。本題に入らなきゃ。
「あの、それで今日はどんな占いを?」
「……綺麗な髪だね夕日を受けて髪も夕日の色だ」
お茶を飲みながらイクセル様は眩しそうに目を細めた。窓からふわっと芳香が入って来る。
「…………」
私の髪はくすんだ金色だ。そんなに綺麗じゃないと思う。見られてるのが急に恥ずかしくなって目をそっと伏せた。
「どうしていつも黒い服を着てるの?」
「私は占い師なので……」
占い師のおばあ様がいつもそうなんだよね。
「答えになってる?それ」
くすくすと笑うイクセル様。笑顔がとても綺麗。
「でもユーリアさんは肌が白いから黒い服だと余計に綺麗に見えるよね」
へ?私が綺麗……?そんなことはありえない。学園では魔女みたいってからかわれてたんだもの。
「ああ、妖精とか精霊みたいだ」
頬杖をついてじっと見つめられて、頬に熱が上がる。イクセル様は何の気なしに仰ってるんだろうけど、いちいち心臓に悪い……。話題を変えたい!
「あ、あの!今日は……」
「今日は占いはいいや」
「え?」
なら、どうしてここへ来たの?私の疑問は言葉にならない。
「ユーリアさんはどのお菓子が一番気に入った?あ、いいや俺が当てるね」
んーっと少し考えてイクセル様が指さしたのは白い半球の焼き菓子だった。口の中でホロホロと崩れてほのかに甘い花の香りがする楽しいお菓子だ。
「どうして……」
分かったんだろう?戸惑ってるとイクセル様はまたくすくすと笑い出した。
「わかるよ。ずっと、見てたから」
私は思わず頬を押さえた。私ってそんなに顔に出やすいのかな?
開けられた窓から金木犀の香りとひんやりした空気が入って来る。
「ああ、もう日が暮れるね。そろそろお暇するよ。また入れ物は取りに来るから」
そう言ってイクセル様は帰って行った。
「また来てくれるんだ……。でも今日は何をしにいらっしゃったんだろう?お菓子の試食と感想を聞きにいらしただけ?」
テーブルの上に残されたお菓子のかごを見てしばらく考え込んでしまった。
「とても研究熱心な方なんだわ、きっと」
私はそう結論付けると、もうひとつだけお菓子を食べた。ああ美味しい。幸せ。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




