はじめての
来ていただいてありがとうございます!
前半少しジェイミー視点が入ります
「夜に見に行ったらもういなかったんですよ。本当に大丈夫でしょうか……。兵士がウロウロしていたし何かあったのでは……」
ジェイミーは石畳の上をカタカタと走る馬車の中、目の前に座る自分の侍従の男性の話を聞いていた。彼はいつものように上等な服に身を包んでいたが、いつものカフスボタンでは無いことにジェイミーは気が付いていなかった。
「自力で逃げ出したんでしょう。でも西の広場にはいなかったし、森へ帰ったのね。平民はたくましいわね」
ジェイミーは呆れたように言った。でもちょっとは怖い思いをしただろうと、ジェイミーは満足気だった。自分を差し置いてイクセルと仲良さげにしているユーリアに何か仕返しをしてやりたかったのだ。
(ちょっとは懲りたでしょう)
ジェイミーはそんな風に軽く考えていた。
「しかし、ジェイミーお嬢様……」
「そんなことはもういいわよ」
ジェイミーはイライラと爪を噛んだ。
「結局、イクセル様はどこにもいなくて焚き火は一緒に見れなかったし最悪。もう!何なのよ!」
ジェイミーは豊穣祭の翌日から何度かリンテロ―ト伯爵家を訪ねていた。しかしいつもイクセルは留守だった。今日こそはイクセルに可愛く文句を言って、あわよくばデートをしてもらうつもりだった。
「あっ!」
豊穣祭を終えていつもの穏やかな日常を取り戻した街。リンテロート伯爵家に向かう馬車の中からイクセルの姿を見つけた。いつもの彼とは違い、きちんとした服装で手にはバスケットを持っている。
「馬車を止めなさい!」
「お嬢様!」
「貴方はリンテロ―ト様のお屋敷で待たせてもらって!」
ジェイミーは一人で馬車を降り速足で遠ざかるイクセルを必死で追いかけた。
「イクセル様?どちらにいらっしゃるの?森の方へ行くの?どうして?」
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イクセル様は予定の無い日はほぼ毎日森へ来てくれてる。
「両家の顔合わせの日が決まったから」
「え?もう、ですか?」
「うん。十日後ね」
「は、早いですね」
「そう?遅いくらいだよ。もっと幼いうちに婚約が決まるなんてざらだしね」
お茶を飲んでいるイクセル様はとても機嫌がいいみたい。
テーブルの上にはイクセル様が持って来てくれたお菓子が並んでる。
「ショコラのケーキも好きなんだよね。今日はそれも持って来たから。自信作なんだ!」
「いつもありがとうございます。とても美味しいです」
イクセル様は子どもの頃から厨房に出入りすることが多かった。ご両親の許可を貰って菓子職人の見習いをずっとしていたそうだ。
「ユーリアさんが美味しそうに食べてるのを見てると幸せだよ。ああ、ユーリアさんは今日みたいな淡い色のドレスも似合うね」
「あ、ありがとうございます」
黒い服に慣れてたせいか、明るい色のドレスを着るのはなんだか気恥ずかしい。だけど
「今日はこれを着て下さい」
ってキラキラした目でテアさんに言われてしまうのだ。
「きっとリンテロート様もお喜びになりますよ」
って。
「テアさんが言った通りだったわ……」
着てみて良かった。
「ん?どうかした?」
嬉しそうにしてるイクセル様の様子に安心した。
「それでどうだった?ご家族に会いに行ったんだよね?」
「はい。無事に十六歳を迎えられたことを父も母も兄達もとても喜んでくれました。おばあ様には感謝しています」
先日、王都にいる家族の元へ会いに行った。ユーティライネン伯爵家は王都でも王城に近い場所に屋敷がある。いつもは家族が会いに来てくれていたけれど今回はおばあ様と一緒に会いに行って色々な話をしてきた。
「年に数回しか会えていなかったのに両親と兄は温かく迎えてくれて、イクセル様との婚約をとても喜んでくれました」
「良かった。安心した」
「はい。ただ、王都にある高等学園に通うように父に言われました。今までにできなかった友人をつくるようにと」
正直、自信が無かった。おばあ様との約束もあったけれど、自分でも人との関りが苦手だと感じていたから。上手く話したりできるかどうか……。私に関するおばあ様の占いの事を聞くまでは、私はこの森で占いをして暮らしていくのだと思っていたから。とても不安だった。
「お父様は少しでもいいから貴女をそばに置いておきたいのよ。気持ちを分かってあげて」
帰りの馬車の中でおばあ様はそう言って少し悲しそうに笑った。
「それなんだけど、俺も一緒に学園に通うことにしたよ」
「え?!」
驚いてイクセル様の顔を見上げた。知らないうちに俯いてしまってたことに気がついた。そしていつの間にかイクセル様が立ち上がってすぐ近くに来ていたことにも。
「すぐに結婚できないのは残念だけどね。俺は菓子職人だけど、経営もやっていかなきゃならないから更にその分野を学ぶのは悪くない。それにまた一緒に学園生活ができるのは楽しみだ」
「一緒に」
イクセル様が一緒に入学……。心強いけれど、頼り過ぎてる気がして心苦しい。
「うん。今度は見守るだけじゃなくて、たくさん話したり一緒に色々なことができる」
「嬉しい」
でもやっぱり嬉しい。しばらくの間離れてしまうことになると思ってたから。
「俺も。……ユーリアさん、目がキラキラしてる。俺と一緒で喜んでくれてるの?」
「も、もちろんですっ」
思わず立ち上がって答えた。
見惚れてしまうような優しい笑顔が近づいて来る。私は目を閉じた。テアさんは来ない。
唇に温かいものが触れ、大きな手と力強い腕が頭と背中に回された。
咲き終わりつつある木犀の花の香りが風にのって流れてくる。
唇が離れた後、私とイクセル様はしばらくの間ずっと頬を寄せ合っていた。
突然テアさんの大きな声が聞こえてきた。
「困ります!勝手に入られては!」
「ここは占い師の店でしょう?わたくしはお客様よ!」
「今はお休みをいただいております!どうぞお引き取りを」
「生意気ね!わたくしを誰だと思ってるの?平民ごときがそのような口の利き方をしないで!」
何が起こってるの?
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
街は王都の最南
街の西側にペリー子爵家の王都での屋敷
街の南東側にリンテロート伯爵家の屋敷
王都の南の方に木犀の森があります