はじまり
来ていただいてありがとうございます!
「本当はもっと格好良く申し込みたかったんだけど」
立ち上がったイクセル様は苦笑いして頭をかいた。
声が、言葉が出ない……。
私は突然の事に驚きすぎて頭が真っ白だった。
「…………えと、私?」
やっと言葉が出てきた。
「私の家の事、いつから知ってたんですか?」
言わなきゃいけないことはそれじゃないのに、出てきた言葉はそんな言葉で……。
「ユーリアさんの事情は少しだけ聞いていたんだ。明日、十六歳になるんだよね。他の男に取られたくなかった。だからどうしても今日、一緒に焚き火を見たかったんだ」
「!」
限界だった。へなへなと石畳の上に座り込んでしまった。そしてそのまま意識が途切れてしまった。イクセル様の腕が抱き留めてくれたのをうっすらと覚えてる。
「ユーリアさんっ!大丈夫?ユーリアさんっ?!」
疲れと緊張と自責の念と…………とても大きな驚きと。
あの後、イクセル様に木犀の森の屋敷へ連れ帰ってもらった私は丸一日眠り込んでしまった。
目覚めた私を待っていたのは、おばあ様からのお叱りだった。
「占い師が占いの結果に翻弄されるとは何事ですか!」
水鏡の占いで見たイクセル様の苦しむ顔はあの怪我の時のものだった。私が冷静でなかったせいで悪い占い結果が現実になってしまった。私にはしばらくの間の占い禁止令が出されてしまった。
ひとしきり叱られた後、おばあ様に抱きしめられた。
「本当に無事で良かった……」
「ごめんなさい、おばあ様」
ふるえてるおばあ様の胸で私は子どもみたいに泣いてしまった。
「テア、ユーリアを守ってくれてありがとう」
「アデリア様から連絡を受けて肝が冷えました。私はあまりお役に立てなかったですけど、本当に間に合って良かったです」
「ありがとう、テアさん」
テアさんも私を抱き締めてくれた。
そしてあれから三日目の午後、木犀の森のお屋敷の占いの部屋
「二日遅れだけど誕生日おめでとう!ユーリアさん」
私の目の前にはテアさんが用意してくれたお茶のセット。テーブルの向こうにはイクセル様が座ってる。差し出されたのはリボンがかけられた綺麗な箱。
「ありがとうございます。あの、昨日のお花も」
実は昨日もイクセル様はお見舞いに来てくれていた。お花を届けてくれたんだけど、まだ調子が戻らなくて会うことができなかった。
「誕生日の贈り物は直接渡したかったんだ」
私はリボンをほどいて箱を開けてみた。入っていたのは澄んだ水色の雫石のペンダントだった。
「綺麗……」
「ユーリアさんの瞳の色みたいに綺麗だったから」
私の目はこんなに澄んだ色はしてないと思うんだけど、お世辞でも褒めてもらえて嬉しい。
「言っておくけどお世辞じゃないから。本当にそう思ってるよ」
「…………」
真っ直ぐに見つめられて、顔が熱くなってしまう。イクセル様にきちんと伝えなきゃいけないことがあるのに思わず俯いてしまった。
イクセル様に結婚を申し込まれた事をおばあ様に相談したら
「貴女の思うようにしなさい。私は貴女の意思を尊重しますし、ずっとあなたの味方ですよ」
って言われてしまった。
私が言わなきゃ……。でもその前に……。
「ユーリアさんは綺麗だよ。おかげで俺はユーリアさんを見つけられたんだから」
「え?」
イクセル様は頬杖をついていたずらっぽい笑顔を浮かべてる。
「ユーリアさんはあまり街へは出てこなかったけど、ユーリアさんの事はみんな知ってたよ。森の方へ三人で歩いて行くのを見てた人が何人もいて、俺達に教えてくれたんだ。
ミオン君も言ってたけど、占い師を気取って黒い服ばかりを着てた私は相当目立ってたんだわ。恥ずかしい……。
「あの、イクセル様。私謝らないといけないことがあるんです」
私は噴水広場でミオン君に占いを見せてあげていたこと、その時にイクセル様が危ないという結果が出たこと、冷静に判断できずに見知らぬ人について行ってしまったこと、そしてそのせいでミオン君が巻き込まれてしまったこと、イクセル様が怪我を負ったこと。それら全部を私が招いてしまったことだと説明した。
「私が未熟だったせいで、本当にご迷惑をおかけしました」
私は立ち上がり、イクセル様のそばへ行って頭を深く下げた。これで私に幻滅して嫌われてしまっても仕方がないって思ってた。
結婚の申し込みも取り下げてしまわれるでしょうね……。
「頭を上げてユーリアさん」
イクセル様が立ち上がって私の肩に手を置いた。顔を上げるとイクセル様が私を申し訳なさそうに見ていた。ああ、やっぱり。私は次の言葉を想像して、覚悟を決めた。
「ユーリアさんとミオンが怖い思いをしたのは俺のせいでもあるんだ。だから、気にしないで」
「え?」
「今はまだ詳しくは言えないけど、ユーリアさんは悪くないよ」
あの、イクセル様?何だか距離が近いのですが……?
私は一歩後ろに下がった。イクセル様が一歩近づいてくる。
「それより、俺の事を占ってくれたの?」
私は少し後ろに下がった。同じだけイクセル様が近づいてくる。
「俺の事を心配してくれたんだ?」
「そ、それはもちろん心配します!」
だって、とても苦しそうな顔をしてたんだもの。今思えばあれは怪我の痛みを耐えてる顔だったんだわ。そう思うと胸が痛んだ。
とうとう私の背後は開かれた窓になってしまった。もう下がれない。
「嬉しいよ」
嬉しい?なんで?
「イクセル様は私のせいで怪我をなさったのです……」
「怪我は魔物のせいだよ。そしてユーリアさんが怖い目にあったのはカフスボタンの男のせいだ」
イクセル様の右手が私の頬に触れた。
「君を守れるのなら、腕の一本や二本惜しくないよ」
そ、それはさすがに日以上生活に困るのでは?イクセル様の左手が窓枠を掴んでる。もう逃げられない。
「あの時の返事が聞きたい」
イクセル様の真剣なまなざしを見て私はぎゅっと手を握りしめた。
風が吹いて木犀の花達の香りが私の背中を押してくる。
「謹んでお受けしたします。よろしくお願いいたしま……」
言い終わらないうちに強く抱きしめられてた。
「イ、イクセル様?」
「やっとだ。やっと俺のユーリアさんだ」
イクセル様のヘーゼル色の瞳に私が映ってる。そのままイクセル様の顔が近づいてきて……。
「はいっ!そこまでですっ!!」
「テ、テアさん?!」
いつからそこにいたの?私達は慌てて離れ、なかった?イクセル様?
「どうして止めるんだ?ユーリアさんの気持ちは聞いただろう?もう俺達は婚約者同士だ」
イクセル様は不満そう。
「まだ正式に婚約を結んだ訳ではございません。節度を持ったお付き合いをとアデリア様も仰っておられます」
「わかった!すぐに手続きを済ませる!っていうか既に書類の準備は出来てるんだ。今からすぐに行ってくる!ユーリアさん、また来るから!」
「あっ……」
イクセル様は私の頬にそっと口付けると、風のように部屋を出て行った。
「なんて早業でしょうか!……お嬢様?大丈夫ですか?」
テアさんが慌てて私に駆け寄って来た。
情けないけれど、力が抜けてまたへなへなと座り込んでしまった。
頬が熱い……
そしてこれがはじまりだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!