焚き火の夜
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あっという間に魔物は討伐されてしまった。
魔術師さんや兵士さんが取り囲み、あれだけ俊敏だった闇狼の動きを止めて水の牢獄に閉じ込めた。その周囲を魔術で作り出したと思われる透明な板のようなもので出来た箱に閉じ込めて運んで行った。後で古井戸の中に送り返され、古井戸の「渦」も封印されたと聞かされた。
いつの間にか風雨は止んでいて、私はしばらく茫然と座り込んでいた。
「……ぅ」
「イクセル様っ?!大丈夫ですか?」
イクセル様の右腕に爪で裂かれたような傷がある。出血が酷い。最初に私達を庇った時の傷だわ……。
「そんな……利き腕なのに……」
イクセル様はお菓子職人なのに……。血の気が引いた。
「大丈夫だよ。大したことない。気にしないでユーリアさん。怪我は無い?」
「私はなんともありません……」
「ユーリアさんが無事で良かったよ」
イクセル様は優しく笑ってくれたけど、私の軽率な行動のせいで怪我をさせてしまった。ミオン君だって危なかったんだわ。
イクセル様はお城から派遣された治癒魔術師さんに綺麗に傷を治してもらえた。幸い怪我はそれほど深くは無かったみたいで、あっという間に傷がふさがって動かせるようになっていた。傷が消えても私の責任が消えることは無い。それでも、本当に安心した……。
「イクセル様大丈夫ですか?痛みは……」
「全然だよ!心配させてごめんね。もう何ともないから」
「へえ!魔術って凄いんだね!傷が全然ないよ」
ミオン君は破れた服の隙間から見える無傷の腕を見て驚いてる。
「ごめんなさい。イクセル様。ごめんなさいミオン君。酷い目に合わせてしまって」
手が震えて涙がこぼれてきた。
「お嬢様、一体何があったのですか?」
テアさんが心配そうに私を覗き込んだ。
「私が……私のせいで……」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ!こいつが悪いんだ!」
ミオン君が持っていたカフスボタンをイクセル様に見せた。
「これは?」
「これ持ってた奴がお姉ちゃんを騙して僕達をあの小屋に閉じ込めたんだよ!」
「私にも見せて下さいませ。……これは……ペリー子爵家の紋章ですわ」
テアさんの表情が硬く冷たくなっていく。
「ああ、確かに……」
イクセル様も何かを納得したような表情をしてる。だけど私は後悔と自責の念でいっぱいで、あの男の人の事を考える余裕がなかった。
「それで?リンテロート様はいつまでユーリアお嬢様を抱き締めてらっしゃるんです?」
「あー!それ僕もずっと思ってた!」
テアさんとミオン君は笑いながらこちらを見ている。
「え?」
「あ」
思わずイクセル様と見つめ合ってしまった。ずっとイクセル様の左腕が私の肩を抱いてくれてた……。
「ごめんっ!」
「ごめんなさいっ!」
私は慌ててイクセル様から離れた。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
なんとか焚き火に間に合って、お菓子を手にしたミオン君はテアさんが家まで送って行ってくれた。テアさんがミオン君のご家族に事情を説明してくれるって言ってくれたから、遅くまで帰れなかったミオン君が叱られることは無いと思う。
「良かったです。無事に帰ってこられて」
「ほんとに。間に合って良かった。ああ、もうすぐに真夜中になるね」
今年の豊穣祭の火は西の広場で一番大きなものが焚かれてる。中央の噴水広場では小さな焚き火が用意されていた。用具小屋から助け出された時には嵐は止んでいたものの、小雨が降っていたので服が湿ってしまっていた。イクセル様と私は火に当たって服を乾かした。
「皆さん西の広場に行ってるんですね」
ここは人影もまばらで、露店や屋台も殆ど店じまいしていた。私は家に帰るために店に置いてあったバスケットを取り出した。中にはテアさんへのお菓子とイクセル様からの贈り物。
あ、そうだ!イクセル様への贈り物……!
私は思い出してポケットからラッピングされた守り石を取り出した。
「え?そんな……」
「ユーリアさん?どうしたの?」
イクセル様が私の手元を覗き込んだ。打ち合うような音がするので袋を開けてみたら、守り石が二つに割れてしまっていた。
「こんな石が割れるなんて……」
イクセル様が驚いている。私も驚いたけど、それよりもショックだった。
「イクセル様への贈り物だったんです。この守り石。まさか割れてしまうなんて……」
「守り石……だからあの時光ったんだな。そうか……」
イクセル様は何故かとても嬉しそうに割れた石を見ていた。
「本当にごめんなさい」
「ううん。気にしないでユーリアさん。この石は俺の大事なものを守ってくれたよ。ありがとう」
焚き火に照らされたイクセル様はとても優しい顔をしていた。
「俺からの贈り物、開けてみてよ」
「でも、私だけいただくわけには……」
「俺へのはまた後日でいいから。……ね?」
「はい」
私は小箱のリボンを解いた。中に入っていたのはヘーゼル色の宝石のついた髪飾りだった。黒い色のリボンが宝石の色を引き立ててる。
「可愛い……!」
でも……。
「これはいただけません……」
「…………」
ヘーゼル色はイクセル様の瞳の色だ。その色を贈られるという事はとても深い意味を持ってしまう。イクセル様も知ってるはずなのにどうして?
「イクセル様には婚約者がいらっしゃるのでしょう?私はこれを身につける訳には……」
「え?!いないよ!!婚約者なんて!」
私の言葉にかぶせる様にイクセル様が大きな声で否定した。あれ?否定した?
「で、でも……、お菓子のお店でお客様がイクセル様の婚約が決まったって……」
それにジェイミー様と仲が良かったのに……?
「誤解だよ!何度も申し込んでるんだけど、まだ決まってない!」
「何度も?」
「うん。……ユーティライネン伯爵家に」
イクセル様の顔が赤いのは焚き火のせい?
「……私の家に?」
イクセル様は私の手を取ってその場に片膝をついた。
「…………ユーリア・ユーティライネン伯爵令嬢、どうか私イクセル・リンテロートの未来の花嫁になってください」
パチッと薪がはぜて焚き火が私達を温かく照らしていた。
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