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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
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【78話】弥彦と珠希のショッピング(2)

弥彦(やひこ)


朝食は無し。昼食もまだ。両手に大きな紙袋を4つずつ。

買い物が始まって数時間。時刻は遂に13時を過ぎている。

俺は未だ勢いの衰えを一切見せない珠希(たまき)に付いていくのでやっとだ。


因みに今は今日の目的たる俺の買い物ではなく珠希が自身の買い物をしている。


「ねえねえ、これとこれだったらどっちが私に似合うと思う?」

はしゃぐ珠希は小学生低学年のように無邪気だ。


さて、珠希が両手に掲げるそれはTシャツである。

どちらも珠希のサイズにしては大きい。

所謂ダボダボTシャツというやつか。


「うーん、右のグレーの方が落ち着いてて無難だと思うけど、左のマゼンタの方は併せるものによっては飛切りオシャレに見えそうだよな。珠希、そういうのは得意だろ?」


「へー、あんたわかってんじゃない。」

珠希は俺に対して意外そうな顔をした。

別に思ったことを答えただけなんだけどな。


それからしばらくして。


「ねえねえ、じゃあこれとこれはどっちが似合うと思う?」

珠希が今度持ってきたのは帽子。所謂キャップである。

片方は黒でもう片方は黄色。ロゴは同じだ。


「あくまで俺のセンスだけど、さっきのTシャツどっちに合わせるにしても断然黒だな。黄色ならTシャツはもっと明るい色の方が良いんじゃないか?」


「うーん、まあ合格かしら…。」

「おいおい、今のは朝の検査とやらの続きだったのかよ…。」

微妙な表情を浮かべる珠希。俺の文句は当然のように無視である。


珠希の買い物はまだ終わらない。

因みにTシャツは両方買い物かごに入っているが帽子は黒だけだった。

俺なんかのアドバイスが影響したのかどうかはわからない。多分してないだろう。


「じゃあ次で最後にするわね。」

ひとまずの清算を終えて店を出る。

あろうことか珠希はそのまま『ファッションストリート』をも出た。

「おいおい、どこ行くんだよ。そっちに何か用事でもあるのか?」


「バカねえ、用事があるから行くんじゃない。」

何とか付いていく俺に珠希は振り返りそう言って笑う。

その足取りは今までより更に弾んでいる気さえする。

最後の店とやらはきっと一番の楽しみなのだろう。


◆◆◆


…と思っていたのもつかの間。町並み、もとい雲行きは怪しくなってきた。

やってきた場所は銀龍駅の裏通りの更にもう1つ裏手にある通りである。

パブやラブホテル、実態不明のマッサージ店が所狭しと軒を連ねる。

薄暗さもこの通りのいかがわしい雰囲気に拍車をかけている。


「なあ、本当にここか…?」

「ちゃんと合ってるわよ。失礼ね。寧ろこの辺りじゃここにしかないのよ。」

珠希の足取りは変わらない。迷う様子もなくまっすぐに突き進んでいる。

その口ぶりからするに以前にもここに来たことがあるんだろう。


この辺りの治安は風景からして言わずもがなだろう。

道行く人、辺りに座り込んで酒を飲んでいる人がこちらを見る。

その俺たちを見る目が何やら気味悪くうすら笑っているように見える。

以前の果音(かのん)の件もある。俺はより珠希に近寄り咄嗟に行動できるよう身構える。


「…何よ。連れ込んで犯すんだったら物陰じゃなくてラブホにしてよね。」

「するかよそんなこと。アホか。何かあったら困るだろ。用心だよ。」

全くこいつは俺の気も知らないで…。


珠希と共に歩いてやって来たのはこの裏の裏通りの端も端。

この通りでは明らかに浮いている雰囲気の古びた建物だ。

正直、遠くから見た時は廃墟だと勘違いした。


目的地なので当然だが珠希は臆さずに入っていく。仕方なく俺も続く。

入り口の自動ドアの挙動さえ、何だか見てるだけで不安になるものだった。


外観からは意外とも思える程、中には人がいた。混雑という程でもないが。

この建物『ファッションセンターぎんりゅう』はその名の通り、5階建ての建物が上から下まで丸々衣服関係を取り扱っている店のようだ。


『ファッションストリート』と比較して普段着向きの衣服が安価で揃っている。

あちらこちらにいる客も大半が地元の人間であろう。


そんな中を珠希は一心不乱に直進。エスカレーターを上へ上へ。


「おい珠希、まさかお前の目的って…。」

「あら?想像してムラムラしちゃった?」

ニヒルに笑う珠希の表情で確信する。

成程、俺は嵌められた訳だ。


遂にやって来た珠希の目的地。それは下着売り場である。


「付き合うって言ったんだから最後までお供しなさいよね。騎士(ナイト)サマ。」

そんなことは一言も言ってない。起きてから今に至るまで一度も。

「おいその発言身に覚えがないぞ。…手短に済ませてくれよ。」


当たり前だが俺は女性ものの下着に詳しくない。詳しかったら問題だろう。

デザインなんてセクシーかどうかくらいしかわからない。

何なら下着それそのものがセクシーのアイコンだと思う。


つまり俺にアドバイスなんぞ求められても答えようがない。

だが珠希は恐らくそんなことは承知の上だろう。

きっと俺をからかいたいだけなのだ。


「やっぱりオトコ的にはフロントホックの方が良いのかしら?」

そう言って珠希が先程のTシャツみたくブラジャーを左右に掲げる。

「…専門用語を言われても何もわからないぞ、俺は。」


「要はベッドの上で脱がせた時にどういう下着が良いのかって話よ。」

「俺がお前をベッドの上で脱がせる機会は今後絶対に1度もない。」


珠希は次々に下着を持ってくる。俺が返す反応は全て同じだ。

俺は恥ずかしくて仕方ないが珠希は恥ずかしくは思わないのだろうか。

今更だな。恥ずかしいなんて感情が欠片もあったらこんなことはするまい。


「うーん、実際に見せた方が早いわね。」

「…は?」


実際に見せるって何を?下着姿を?

それが許される間柄じゃないだろ俺たちは。

いやいや、まさかだろ?お得意の冗談だよな?


祈り空しく、珠希は大量の下着を持って試着室に入っていった。

どうやら本気らしい。どうして本気なのかは知らない。

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