表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
96/179

【閑話】イグニッション東京予選・Aブロック(2)

珠希(たまき)


いよいよ次が10組目。つまり今日の舞台に立つ最後の1人。


AIRU(アイル)は彼女の思うままにステージの上でアイドルという熱を振りまいた。

彼女の前にパフォーマンスした5組と比較しても彼女が勝っていたと思う。

AIRUの後にステージに立った3組との比較でも。やはり彼女の勝ちだと思う。


勿論それは私が今日この場にAIRUを応援しに来ているから、というのはある。

どうしたって推しはいつだってカッコよく輝いて見える。それって普通よね?

でも寧ろそれくらい当たり前に信じてあげるのがファンのファンたる姿。

AIRUはこのまま今日の舞台から本戦に勝ち進む。そう信じてる。


「それでは次、エントリーナンバー10番お願いします。」


司会はイベントの意向からか感情のない無機質なアナウンス。

でもこれってアイドルの現場ってこと考えたら何だか場違いよねえ。

そんなことはともかくとして、呼ばれた最後の1人はステージ上に現れた。


私は自分の目を疑った。同時に観客が少しざわついた。

きっと私と同じ感想を抱いた人が多かったんだろうと思う。


何せその彼女の格好がアイドルらしからぬ物だったのだから。


AIRUの格好だって決して豪華な物ではなかった。

とはいえ、それでも最低限アイドルの衣装として成り立っていた。

それ以外の8組の中にはAIRU以上に衣装のチープさが見えた組もあった。

だがそれらもアイドルたれという努力や彼女ら自身の矜持の結晶ではあった。


では、今ステージ上にその姿を現したエントリーナンバー10番は?

彼女が着ているのはそんな努力や矜持は欠片さえ感じられないジャージ。

着古しているのか少しくたびれている。そんなジャージ姿で彼女は現れた。


「…10番、剣見(けんみ)鏡花(きょうか)。…よろしくお願いします。」


長髪は背中を覆う程度はあるかしら。手入れが不十分なのかボサついている。

スラッとした細身の長身には手入れをすればきっと映えただろうに勿体ない。

更にあの立ち姿に似合う衣装があれば何百倍も綺麗で魅力的になるでしょうに。


今までのアイドルなら当然準備してきていたバックの映像。

それとステージ上を照らすライトの色や向きの演出。

彼女はそのどちらも準備しなかったらしい。

まるで生き恥を晒しに来たのと同じね。


一切のアイドルらしさもないそのステージに彼女の曲のイントロが流れ始めた。


「すぅ…」

歌い出す時に彼女、剣見鏡花が吸った呼吸の音が聞こえた時、背筋が凍った。


まるでこの世界にステージ上の彼女と私しかいなくなってしまったかのような。

しんと静まり返った世界の中で見つめられているかのような。

例えるならそれは獲物に狙いを定めた虎と逃げ場のない兎。

氷の世界。食べる側と食べられる側。余りに単純な道理。

何が起こるか直感で理解できるのに思考は整理できない。


気付いた時には噛み砕かれていた。飲み込まれていた。

余韻は胃酸のように私をゆっくり蝕み、溶かしていった。


◆◆◆


「それではアイドルの皆さん、ステージにお願いします。」

司会の声で一斉にステージに並ぶ今日の出演者10組。

1人(ソロ)はAIRUと()()()()()だけだからやっぱり壮観ね。


ただし、その大半の表情は辛そう。見ているこちらも辛くなってくる。


すすり泣いている人が既に何人かいる。

そうでない人の多くは歯を食いしばる苦悶の表情。

それはまるで既に自分が勝たないことを知っているかのよう。

この場にいる誰もが結果を知らされてないけど、誰もが感づいている。


泣いてもいない、まだ諦めきっていない人はほんの数人。

その中にAIRUはいたのだけれど、それでもその表情は重い。

彼女だってきっと覚悟をしている。パフォーマンスをした当人なのだから猶更。


唯一、剣見鏡花だけは違った。

まるで彼女、何も考えずにキリッと前を見ているだけに見える。

それこそ周囲の悔しさが全く彼女の目には映ってないみたいに。


司会はAIRUの1つ前に発表した6人組の名を3位として発表した。

客席は轟くばかりの拍手を贈るも彼女らは喜ばなかった。

泣き止むのが精一杯だったらしい。仕方ないと思う。

銅メダルを渡された6人はそれとなく掲げてみせた。


次は第2位の発表。誰が呼ばれるか、正直わかってた。

ごめんね、AIRU。本当なら貴女を信じてあげなきゃいけないのに。


「第2位!エントリナンバー6番、AIRU!おめでとうございます!」


万雷の拍手を一身に受けるAIRU。一応、にこやかな表情を浮かべる。

きっと会場の多くの人には喜んでいる風に見えているんじゃないかしら。

ここで本心を全部隠してその表情ができるだけでも私は上出来だと思うわ。


「それで栄えある第1位!見事に本戦出場を決めたのはこの方です!」


BGMのドラムロール。この場においては邪魔にしか聞こえない。

だって誰が1位かだなんてわかりきってしまっているもの。

彼女のパフォーマンスを見終わった、あの瞬間から既に。


「第1位!エントリーナンバー10番、剣見鏡花!おめでとうございます!」


予想通りの名前。この場において1位なんて彼女しかありえないわね。

評価や採点の基準はよくわからないけど、1つだけ言える。

少なくとも彼女とAIRUの間には点数に大きな差がある。

それが確信できるくらい、剣見鏡花は圧倒的だった。


名前を呼ばれた当人は全く喜ぶ素振りを見せなかった。

クールキャラでも気取ってるのかしら。それとも周囲への挑発?

平然とした表情で平然と金メダルを受け取り、平然と自分の立ち位置に戻る。


貴女が今手にしたものはインディーズ・アイドルにとっての祭典に参加する権利。

誰もがそれを手に入れるために必死に頑張ってきた。貴女もそうでしょう?

それともこんな結果、貴女に取っては当然だとでも言うつもり?


今この会場の視点は全て彼女ただ1人に向いている。

なのにまるでそれが一切見えてないみたい。

感動どころか欠片程度の喜びも見られない。


この大舞台に勝って尚乾いているのだとしたら凄まじいわね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ