【76話】TAKE OFF GIRLS
◇◇◇
「『イグニッション』のステージってアレ?」
走る車から高校生くらいの女子が窓の外を指差し、同乗者全員が同じ方を見た。
彼女はショートカットと大きくもキリッとした目線が特徴的だ。
「勾当台よりちょっと大きいくらいですかねえ。」
「東京って言うくらいだからもっとデカいステージだと思ったんだけどな。」
それを見たツインテールの女子とブロンドのロングの女子が各々に愚痴を漏らす。
2人の年齢は指を差した彼女と同じか少し年上かといったところか。
「地方組だから期待されてないのかな、私たち。」
一番手の彼女と同じくらいの年頃のミディアムボブの女子は肩を落とす。
「なら実力でわからせてあげれば良いだけじゃない。何弱気になってんのよ。」
隣から強気な口調で言う高いポニーテールの彼女の年齢は中学生くらいか。
「まあまあ。ステージを貰えるだけだって嬉しいことなんだから、どこがステージだって全力でやり切ろうよ。それに本戦の舞台は比べ物にならないくらいに大きいんだし。」
「武道館だっけぇ?マユは行ったことあるんだったよねえ。」
車内の殺伐とした空気を宥めるセミロングの彼女もまた高校生相応の年。
次いで言葉を発した中学生くらいのお下げの彼女は空気などどこ吹く風。
「そうだよ?あの景色、もう1回拝みたいな。今度は、この皆で。」
マユと呼ばれたのは社内を宥めたセミロングの彼女である。
「絶対に勝ってやるんだから。でしょ?」
ショートカットの彼女はマユと顔を見合わせ笑い合う。
『イグニッション』、それはインディーズアイドルの登竜門たるオーディション。
インディーズアイドルの全てがその頂点を目指して日々己を磨く。
頂点に立てるアイドルは厳しき予選と本戦を戦い抜いた1組。
この7人もまた、そんな『イグニッション』への挑戦者である。
◇弥彦◇
「はぁ、取り敢えずは…やりきったかな。」
独り言を呟きながらベッドに寝転がる。今日はとても精神力を使った。
そう、今日は中間テストを受けられなかった俺への追試だったのだ。
手加減で言えば、正直かなりあった。咲花には後で感謝しないとな。
テストは週明けには返って来るらしい。まあ結果が悪いことはないだろう。
取り敢えず終わったことは置いておくとして、次の用事は日曜日だ。
珠希め、想像以上に直近のチケット渡してきやがって。
誘われたライブの名前は『イグニッション東京予選・スペシャルブロック』。
インディーズアイドルたちがライブをするのだが、その中で優越をつけるらしい。
勝ち抜いたアイドルは次の会場でまた同じことを繰り返す。
そうやって絞られた者たちで行う本戦の頂点を目指すのだ。
頂点に輝いた者には大手レーベルの契約と大々的なメジャーデビューが決定する。
参加しているアイドル合計200組その全員がそれを目指している訳だ。
となれば1組1組、俺が参加するライブにさえ半端じゃない覚悟で来る。
珠希があんなにアイドルに入れ込んでいるのは結構意外だったが。
因みに優勝者と契約するレーベルとは【豪徳寺レコード】である。
経堂さんに聞いた話によればウチからすれば結構な肝入りのイベントらしい。
何でも例年の優勝者はその後の飛躍が凄まじく様々な伝説を残すんだとか。
今アイドルの最先端を走る【81Club】も元は『イグニッション』優勝者だ。
【81Club】の元センター、パフォーマンスがキレッキレで好きだったんだよな。
ゴシップ記事が元手で引退してしまって悲しかった記憶がある。
一時期は彼女の歌に入院中の退屈を晴らしてもらったものだ。
「…調べてみるか。」
開催が日曜日なら参加する顔ぶれなどとうに発表されているだろう。
ここの所はテストに向けた勉強ばかりしていて調べることもしてなかった。
検索欄に『イグニッション』と打ち込むとすぐに公式サイトが一番上に出て来た。
サイトの中を辿れば目的の情報はすぐに見つかった。
何でもこのスペシャルブロックとやらは予選の中でも文字通り特別なのだそうだ。
各地で名を挙げているインディーズアイドルの中の精鋭から招待された10組。
今までの予選で勝ち上がれなかったものの中から選ばれたアイドルから10組。
合計20組が2次予選へ繋がるたった1つの枠を求めて火花を散らす。
必然的に今までの予選とは桁違いの熱量で行われる予選ということだ。
出場者ページに表示されるは正にその舞台に選ばれた戦うアイドルたち。
そして俺の目が驚愕に見開かれたのは間もなくのことだった。
「AIRU…!?」
まさか、いやこの顔写真は間違いない。クラスメイト玄楼島亜以流その人だ。
彼女は珠希がクラスの中で一番懇意にしている相手でもある。
珠希の行動や態度に合点がいった。
彼女はグループではなく1人での参加。
東京ブロック予選を落ちたものの敗者復活戦の権利を得た、ということだ。
まさかクラスメイトがいるとは思わなかったが、より期待は膨らむ。
そしてスマホのフリックはまたしても驚愕と共に止まった。
今度は手の震えさえ伴って。
東北の超新星【TAKE OFF GIRLS】、その写真を見た瞬間に。
勿論【TAKE OFF GIRLS】なんてアイドルは今まで聞いたこともない。
ただしかし、忘れ得ぬ圧倒的存在感を伴うそのセンターを俺は知っていた。
「凶谷マユじゃないか…!」




