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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
91/179

【番外】七つ子誕生秘話

◇◇◇


15年前 7月6日


「 愛奈(あいな) (かなで) 波瑠(はる) 悠依(ゆい) 美琴(みこと)

  萌果(もえか) 祐嘉(ゆうか) 詩音(しおん) 美咲(みさき) 菜々花(ななか)

  珠恵(たまえ) (こころ) 希望(のぞみ) 美緒(みお) 麻凛(まりん)

  (あかり) 凪沙(なぎさ) 吉乃(よしの) 小春(こはる) 涼佳(りょうか)

  真樹(まき) 夏紀(なつき) (さち) 永遠(とわ) 文子(ふみこ)…」


手にした1枚のメモ切れに所狭しと並べられた名前を一通りブツブツと読み上げてから、織姫(おりひめ)弥彦(やひこ)は頭を抱えた。

彼の妻のお腹の中にいるのは七つ子の娘。そして明日には帝王切開の手術を控えている。メモの羅列は娘7人の名前の候補だ。

しかし彼はこの期に及んで未だたった1人さえも名前を決めかねていたのだ。


彼はここで初めて父親になる。初めて感じる名付けるという行為の責任の重さ。

それが7人というのだから、仕方ないことであろう。


「明日だったよね。手術。」

「うわっ!?」

突然後ろから話しかけられたので彼は驚いて椅子から飛び落ちてしまった。

「もう、そんなに驚くことないじゃない。」


彼女は豪徳寺(ごうとくじ)翡翠(みどり)。世界一の玉の輿を射止めたとチヤホヤされている弥彦の同期である。

彼女も妊娠しているのだが、彼女は大きくなったお腹でも事務仕事ならとパワフルに出勤していた。

予定日は来年の1月で、彼の七つ子の娘とは同級生になる予定である。


「この後は病院に行くんでしょう?私も検診なの。一緒に行こうよ。」

男女が共に産婦人科に行くのは珍しいことでもないだろうが、それが夫婦や恋人でないなら話は別だろう。

しかし翡翠の夫は若くして大企業【豪徳寺建設】の重役と多忙の身であり、日本にいないことも多くなった。

それがわかっている弥彦も彼女の提案を快く引き受ける。仰せつかったのは騎士(ナイト)の役割である。


18時を回ったが、空はまだ明るい。

日を追うごとに気温は上がっていくし、ここ数日では気の早い蝉の声すら聞く始末だ。

如何にも、いよいよ夏が目前まで迫っているという雰囲気だった。


「アイスでも買っていこうか、星羅(せいら)の好きなやつ。」

近くにあった適当なコンビニに入る。中はクーラーが聞いていて自動ドアの外とは別世界の様に冷えている。

「妊婦の体を冷やすのはどうなのよ。」

「明日生むんだから、冷蔵庫に入れておいて落ち着いたら食べればいいじゃないか。」


弥彦と翡翠は交差点に差し掛かる。交通量はいつもより多い気がする。

もしかすると、明日が七夕であることが関係しているんだろうか。

「織姫って苗字で七夕に生まれるだなんて、漫画の設定みたいよね。」

弥彦は翡翠に言われて気が付いた。子供のことを考えている時、七夕のことなんて考えていなかったからだ。


「君は1月なんだろ?もしかしたら正月か、或いはクリスマスになったりするかもな。」


言うが早いか気付くが早いか、そのどちらが先だったのかは些末なことである。

弥彦が翡翠の方を向いた時、弥彦は確かにそれに気が付いた。

そして弥彦は咄嗟に翡翠を、突き飛ばした(・・・・・・)


◇星羅◇


彼はちょっと時間にルーズなところがあったが、1時間も連絡すらないのは初めてのことだった。

18時30分に来ると言っていた待ち人は来ず、その1時間後に待ち人でなく医者と翡翠さんが来た。

医者の暗く険しい表情と隣の翡翠さんの絶望に染まりきった蒼白な表情を見て悪い知らせなのは察してしまった。

それも弥彦さんに関するものと直感でわかったが、頭は理解をしたくない聞きたくないと拒絶していた。


「旦那さん、織姫弥彦さんが交通事故に遭われ…亡くなりました。」


医者の宣告を聞いた瞬間、その一瞬だけ世界から音も光もなくなった。

手に持っていたリンゴの欠片は、気が付いた時には床に落ちていた。

否定したい気持ち、医者の胸ぐらを掴んで今すぐ怒鳴りかかってやりたい気持ち、それから、それから。

色んな気持ちがいっぺんに胸の中に込み上げてくるも、それは何一つとして言葉にはならなかった。


翡翠さんは部屋に入ってきた時から今に至ってもずっと下を向いていた。

それは下を見ているというよりも、どこも何も見れてはいない様子だった。

特徴的な澄んだ目は見開かれ、震えて何かうわ言のように呟き続けているだけだった。

彼女は小さな声で、「ごめんなさい」を繰り返していた。それは既に正気を失っているようにも見えた。


「その…ご遺体を…確認なさいますか…?」

医者のその言葉は、暗に「やめておけ」と言っているようだった。

交通事故に巻き込まれたのだ。その事実と口ぶりから、彼がどういう状態なのか嫌でもわかった。

「本人確認は、30分前に弥彦さんのお母さんがいらっしゃいましたので…。」

医者の二言目は、見せられるような状態ではないという念押しだった。


「それから、あれを。…豪徳寺さん、渡してあげてください。」

医者の言葉で彼女が動いた。ずっと俯いて謝罪を繰り返すだけだった翡翠さんが。

彼女は私に近づくと、ずっと握りしめていたらしい1枚のメモ切れを渡した。


彼の血がべったり付いて、握りしめていた彼女の汗が滲んでいた。

その文字の殆どは読めるような状態ではなかった。しかし筆跡は間違いなく彼の字だった。

メモに書いてあったのはこれから生まれてくる七つ子の名前の候補だったのだと私は理解した。


そしてそこにはぴったり、七つ子全員分の名前があった。


  愛● ● ●● ●依 ●●

  ●果 ●● ●音 ●咲 ●●花

  珠● ● 希● ●● ●●

  ● 凪● ●乃 ●春 ●佳

  真● ●● ● ●● ●子

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