【番外】若葉退院前日
時系列はタイトル通りです。
【68話】と【69話】の間の一日です。
◇弥彦◇
病室の扉がノックされると共に俺、そして隣の若葉の名前を呼ばれる。
その声に俺はとても聞き覚えがあった。彼は扉を開く。
「ひっ…!?」
若葉が小さく悲鳴を上げた。臆病であろう彼女には無理もない。
俺だって初見の時はビビったし2度目の今だって緊張感が抜けない。
いや、正確にはあの場で会ったから3度目か。あの時は話してないんだったな。
「ああ、これは驚かせて申し訳ない。」
ベッドの上で後ずさって震える若葉に彼はそう言って軽く頭を下げる。
この外見では今の若葉のような反応を返す人も多いのだろう。可哀そうに。
ガタイの良い強面角刈りの大男の後ろに似た体格の男たちが続けて入って来る。
変わらず放たれる凄まじい威圧感。そのビジュアルも含め職業上必要なのだろう。
彼らは警察官。警視庁捜査第四課の方々。先頭に立つ角刈りの彼は鵜北さん。
今日ここに来た目的は見当がつく。蘭の誘拐事件の事で間違いないだろう。
「お久しぶりです。鵜北さん。」
「やあ、豪徳寺君。思いの外元気そうで何よりだ。だがまずは…。」
「この度は君に大きな怪我をさせてしまい誠に申し訳なかった!」
鵜北さんは言葉と共に頭を下げ、続くように後ろの部下の方々3人も頭を下げた。
「いやいや…!俺はこうして生きてますし、そもそも病院を抜け出したバチが…」
俺が撃たれたことは彼らの不手際ではない。あの場は予想外の出来事が多すぎた。
が、俺の発言を鵜北さんはその声の大きさと強さで遮る。
「否!否!否!!既に警察官がその場にいたにも関わらず罪なき一般市民が凶弾に血を流したなど言語道断!しかもよもやその警察官がこのワシだとは!…ワシの気の緩みが招いた結果だ。この鵜北、一生の不覚…!」
ギリリ…と鵜北さんが奥歯を噛み締める音が聞こえるかのようだ。
その綺麗な直角の姿勢からは彼の拭いきれない悔しさを感じた。
◆◆◆
「ところで今日来た本題なんだが…。」
お、漸く本題に入ってくれるのか。謝り始めてから15分は経過した。
いい加減これがいつまで続くのかと辟易し始めていたので助かった。
「勿論豪徳寺君にも聞きたいことはあるんだがどちらかと言えば…。」
鵜北さんはそう言って真後ろ、即ち若葉のベッドの方に振り向く。
突然の視線に若葉はまたも肩をビクッと震わせ後ずさった。
「志ノ城さん、貴女に聞きたいことが多いんだ。」
「豪徳寺君には実のところ謝罪以外の用事はなくてね。それこそ当日の行動も理由まで含めて全部ハッキリしちゃってるもんだから。」
鵜北さんの部下の1人がそう言って後頭部を搔きながら笑う。
そりゃ茂布川にも話聞いてるんだからそうなるか。
「話してくれるかい。君に関しては直接でなければわからない部分も多くてな。」
若葉は固く口を閉ざしている。
話したくないというより純粋に数人の大男が迫る現状が怖いんだろう。
若葉に関しては蘭から話を聞かされている。それを考えれば無理もない。
「あの…彼女は明日退院ですし、それからではダメなんですか?隣に蘭がいた方が彼女も話しやすいと思いますし。俺から蘭に話しておきますから。」
小動物めいてブルブルと怖がる若葉を見かねて俺は鵜北さんに声をかける。
「むぅ…。確かにケガ人に無理をさせてはいけないな。こればかりは仕方ない。」
鵜北さんは部下と顔を見合わせ相互に頷き合う。どうやら納得してくれたようだ。
忙しい中時間を割いて来てくれたのは想像に難くないだけに申し訳なくはある。
「では今日はお暇させていただくとしよう。」
全員が荷物をまとめ、正に病室を出ようとしたその時だった。
「は…話しますっ…!」
若葉は彼女にしては珍しい大きな声を出した。
澄んだ声は彼女のベッドの近くにいた第四課の4人の耳にも届く。
彼らはその声を聞いた瞬間にその足をピタリと止めて若葉の方を向いた。
「話していただけるなら我々は助かる。…だが、だからと言って今君が無理をする必要はない。それこそ話したくないこともあるだろう。心に余裕を持って話せる時になったらで構わないよ。そういう意味では、本来我々はここへ来るべきではないのだがね。」
鵜北さんは諭すように若葉に優しい言葉をかける。
あの日、現場で鬼神かと見紛う程の気迫に満ち満ちていた彼とは別人のようだ。
対する若葉は鵜北さんに対して恐怖心は微塵も抱いていないようだった。
震えも止まっていて、彼女の中で何かを乗り越えたことが見て取れた。
「大丈夫…です…!話せますから…!」
「じゃあ俺は部屋を出た方が良いな。」
若葉は俺の言葉に反応し、此方を見て首を横に振った。
「できればあなたにも…聞いていてほしい…。私の…これまでの話…。」
◆◆◆
話の内容としては一昨日に彼女自身が蘭に話していたことと同じだった。
その時は俺は盗み聞きするのは悪いと思い意識的に聞かないようにしていた。
それが今こうして今度は意識的に聞く立場になった訳だ。
改めて本人の口から直接明かされる経緯。その圧倒的な救われなさ。
それを怒りも泣きもせず淡々と説明できる若葉の姿に嫌なリアルさがある。
聞いている側は俺は勿論、第四課4人もいたたまれなさに顔を歪めているのに。
例えるなら、まるで心臓を素手で掴まれているような気分とでも言おうか。
「その日に彼の銃撃事件があって…今に至ります。以上です。」
全てを話し終えた若葉に俺はかける言葉が見つからず口をつぐんだ。
脳裏に浮かんだ全ての言葉が彼女に渡すには軽率で無神経に思えた。
「…辛い話をさせてしまったな。君の協力に心から感謝する。ありがとう。」
鵜北さんが若葉に頭を下げ、先程と同じように部下3人が続いた。
「いいえ…。これで何か助けになるのなら…。」
若葉は事件の全容解明を願って勇気を振り絞った。
壮絶な人生を本人の口から聞かされた後では感じるものが違う。
これが少しでもプラスの方向に動きますようにと祈らずにはいられない。
付け加えて、少しでも若葉のような地獄に苛まれる人が減りますように。
俺が退院する頃には若葉は七つ子や蘭と一緒に暮らす隣人。
そうなった暁には俺は彼女を陰ながら支えてあげたい。
彼女が迷わずに明るい未来に進めるように、と。




