【7話】1年A組 弥彦のクラスメイト
◇◇◇
4月某日。金閣学園はこの日、新一年生の入学式を迎えていた。
校舎の入り口近くにある大きな掲示板には彼らのクラスが張り出されている。
それ即ち、これから1年共に同じ教室で学ぶ学友の名簿である。
高等部クラスは中等部からの持ち上がり4クラス分の人数に編入組の人数を加えて合計5クラスある。
そのクラスメイトと過ごす1年はたかが1年とは言うが、それは同時にかけがえのない青春の1ページでもある。
自分が今年どこの誰と同じクラスなのかは彼らにとっては他の何物にも代えがたい最重要事項なのである。
尤も、それを自覚していない者も中にはいたりするのだが。
「すげーな、あいつら全員一緒かよ。」
掲示板を見てそう呟いたのは金閣学園新一年生の中でも最重要人物が一人、豪徳寺弥彦その人である。
年商50垓円を誇る【豪徳寺ホールディングス】先代社長の実子であり現社長の甥にあたる。
弥彦の目線の先にあるのは気づいた何人かが騒いでいる己の名前ではなかった。
その名簿の一番下に並んでいる、今ここで一番注目を集めている名前である。
そこには縦に7人分夢原という苗字が重なっていた。
1年A組 出席番号41番 夢原愛依
1年A組 出席番号42番 夢原果音
1年A組 出席番号43番 夢原咲花
1年A組 出席番号44番 夢原珠希
1年A組 出席番号45番 夢原凪乃
1年A組 出席番号46番 夢原春佳
1年A組 出席番号47番 夢原真子
ところでこの名前の本人たちの姿が見当たらないな、と弥彦はふと思った。
元より、同じ顔の人間が7人いたらそっちの方が騒ぎになるだろう。
「お、見つけたぜ豪徳寺。やっぱりお前も気になっちまうか?その名前。」
声と同時に肩に腕を回され、弥彦は振り向いた。この男を弥彦はよく知っている。
1年A組 出席番号40番 茂布川哲
国内流通業界大手【茂布川通運】現社長の実子にして弥彦の数少ない友人である。
「聞いた話じゃあクレオパトラや楊貴妃も卒倒するほどの美人姉妹だって噂だぜ?なんでも昨日越して来たばかりらしい。へへ、こりゃあいきなり俺たちにアオハル来ちまったんじゃねーか?なあ!なあ!」
噂では世界三大美女にすら勝るらしい七姉妹に茂布川はテンションを上げていた。
対して、弥彦は全くテンションを上げていない。それは弥彦がその七姉妹を知っているからである。
「安心しろ。そんなもんは来てねーよ。全く噂ってのはすぐに鰭がついちまうな。こりゃあいつらも大変だ。」
弥彦が七姉妹を指してあいつらと言ったのは不自然ではない。既に昨日知り合っているのだから。
だがそれを知らない茂布川からすれば今のセリフが不自然に聞こえるのは至極当然のことであった。
「待てよ豪徳寺。お前まさかこの謎の七姉妹を知ってんのか?」
弥彦は内心で自らのやらかしを後悔した。茂布川は面倒くさい男なのである。
こうなってしまえばどう転んでも面倒くさい。正直に白状するべきだと弥彦は判断する。
「そりゃあ……昨日こいつらが引っ越して来たのはウチの隣だからな。もう会ってんだよ。」
茂布川は多くの同級生のその中で叫んだ。声にならない声だった。
悲しみと怒り、そして悔しさ。ネガティブな感情が混ざり合い、彼は咆哮する。
周囲の同級生の多くは中等部からの持ち上がり。つまり茂布川を知っている。
その彼がこうも声を上げているのだから、関われば厄介だと感づいている。
彼を心配するのはごく一部の高等部からの編入組だけである。
その編入組が関わろうとするのを周囲は必至で説得する。
「良いんですか?ねえ、誰か呼んだ方が良いんじゃないですか?」
「良いんです良いんです!あれはそういう見世物ですから!」
「おい誰か保健室に連れてってやれよ!いやもう俺が!」
「止めとけ。時間の無駄だぞ。あれは放っとけば直るから!」
尚、既にその場に弥彦の姿はなかった。茂布川を置いて先に行ったのである。
それは彼と同類だと思われたくないという気持ちが強かった。
寧ろ弥彦の頭の中にあるのは今日この先のことである。
何せ茂布川はこの後間もなく実物の七姉妹に会うのだ。
名前と噂だけでああなってしまうのならば実物を見たらどうなってしまうだろう。
それを考えると弥彦の頭は痛かった。
だが教室で待ち受けていたのはもっと弥彦の頭が痛くなる状況だった。
廊下からでもクラスの中に人だかりがあるのはわかった。
その中心にいるのが七姉妹であることも想像はついた。
だが彼女らが自分の話で盛り上がっていようとは、弥彦には全く想像できなかったのである。
「うわ来た!社長ヒーローだ!社長ヒーロー!」
誰かのそんな声がして、七姉妹を中心にした人だかりがワッと押し寄せる。
「おいなんだなんだ、とにかく座らせてくれ。おい落ち着けって。なんだこりゃ。どういうことだ。」
「いやー憎いねえこの王子様は」
「もう名実共にアイアンマンじゃんねえ、これは」
キラキラした目の女子が弥彦を取り囲み、皆好き好きに言う。
「ごめんごめん、私が話しちゃったんだよね。そしたら盛り上がっちゃって。」
人だかりの原因、愛依は笑いながら弥彦に謝るのであった。
校門の前では既に茂布川の姿もなかった。彼はようやく弥彦に置いて行かれたことに気づいたのである。勿論、少々喉を傷めたから止めたという事情もある。
時間で言えばギリギリでこそないが、大して猶予があるわけでもない。
登校初日からそんな時間に登校してくる人間は稀である。
丁度茂布川がいなくなるのと入れ替わりで、そんな稀な人間は現れた。
誰もの目を引く190を超える長身。肩に届かない程度の短いおさげに瓶底眼鏡。そして細身。
そんな特徴の塊のような女子は1年A組の男子1人の名前を見つけ、見つめる。
「1年A組13番、豪徳寺弥彦。ほう、偶然にも吾輩と同じクラスでありますな。これは吾輩、もしかして強運でありますかな?」
1年A組 出席番号39番 御霊石雫
・参考
【豪徳寺ホールディングス】
昨年度純利益:約25垓7500京4500兆9800億円
2024年5月1日
クラスの総数の記述が紛らわしかったので訂正