【75話】凪乃と弥彦のエピローグ
◇弥彦◇
凪乃に校舎裏に呼び出されたのは俺が学校に復帰したその日のこと。
休み時間には大抵誰かしらいるベンチも放課後となれば閑散としている。
グラウンドからは野球部やサッカー部の練習の掛け声が小気味良く響いていた。
「悪い、待たせたか?」
俺が到着した時、凪乃は既に待っていた。
質問に首を横に振る凪乃の隣にドサッと腰掛ける。
「で、俺に何の用事だったっけ?」
その内容は何となく察しがつく。
蘭の事件か自身の因縁か、少なくとも禍神に関わる内容なのは確かだろう。
とはいえ既に終わった話。その内容の詳細までは予想ができない。
正直この件に関しては謝罪も感謝も腹いっぱいだ。
「パパさんから聞いたんでしょ、昔話。」
「…ああ、聞いたよ。今まで散々な目に遭ってきたんだってな。」
散々な目、などと言葉で言うのは簡単だ。だがわかった気になってはいけない。
実際の苦しみは当事者たる凪乃を筆頭とした七つ子にしかわからない。
かつて禍神が凪乃たち7人に近づき、そして起こった悲劇の数々。
龍さんから聞くだけでも胸が痛むような話ばかりだった。
かつて七つ子が暮らした児童養護施設。また学校やクラブ活動といった日常。
禍神はそんな場所へも一切の躊躇なく圧力の魔の手を伸ばしたそうだ。
最終的には七つ子を人身売買するつもりでいたようだと聞いている。
話を聞く限りでは腹いせも多分に含まれていそうな気がする。
そんな禍神に七つ子の中でただ一人立ち向かっていたのが凪乃。
被害を抑えるべく他の姉妹には情報をひた隠しにする等、当時はまだ幼かったにも関わらず固い意志で必死に立ち回っていたらしい。
「でもそれも全部終わったよ。君のおかげ。」
「俺は何もしてないぞ。撃たれただけだって。」
凪乃と禍神の因縁の終着点に俺は居合わせた。
そして禍神の凶弾から凪乃を庇うことには成功した。
こう書くとカッコよく聞こえるがその実態は前述の通り。
ただし俺が飛び出して撃たれたことで禍神は怯んだらしい。
その一瞬の隙を突いて制圧できたと鵜北さんが言っていた。
とすると、全く活躍していないということもないのかもしれない。
「ううん、少なくとも私が今ここにいるのは、君のおかげ。」
「…よく言うよ。散々ヒヤヒヤさせた癖して。」
少し笑う凪乃に俺は溜息を返す。あの日に冷えた肝の感覚を思い出す。
俺が撃たれる直前、凪乃は自らガソリンを被って焼身自殺しようとした。
幾つかの歯車が嚙み合った結果、その思惑は無事に失敗という形で終わった。
しかし逆に言えば何か1つ違っていれば、その悲劇は現実だったかもしれない。
「その節は…すみませんでした。」
「わかってるだろうけど、頼むからもうああいうことはしないでくれよ?」
凪乃は自身の手を俺の手に重ね、そっと力を込める。
「…約束する。絶対に。」
「今回の件でね。1つ思ったことがあるの。」
少しの間を置いて凪乃はポツリと話した。
「私たちがこの町に来た事、君と出会えた事、運命だったんだなあって。」
運命。大げさな表現でオカルティックな響きだ。だが嫌いではない。
「そんな大層なもんじゃない…とも言い切れないか。確かにそうかもな。」
実は俺に取っても運命の分岐点だったのではないかとさえ思う。
夢原七姉妹と出会えたことも、蘭や若葉と出会えたことも。
間違いなく俺の日常は変わった。
それは例えるなら味気ないモノクロの絵に明るく色を付けたかのように。
学校に行くのが楽しみになった。家に帰るのが楽しみになった。
平日も休日も、俺の過ごす時間の全てから退屈が消え去った。
それは間違いなく彼女らと出会えたからだ。
凪乃が因縁の終わりを俺と出会えた運命に感謝しているのと同じ。
俺も日常の清清しいまでの変化をこの9人やその運命に感謝している。
「私、もう間違えない。ちゃんと信じられるもの、わかったから。」
凪乃が俺の目を見る。その眼差しの圧の強さに気圧されてしまう。
「別に良いだろ、間違えたって。」
「…?」
俺の返答に凪乃は少し困惑の表情を見せた。俺は続ける。
「お前が間違えた時、壁にぶつかった時、絶対に俺がそばにいて支えてやるよ。」
「その為の友達だろ?」
ちょっと台詞がクサかったかな。
言い終わって何だか恥ずかしくなってしまった。
「ふふ、そうだね。じゃあ…その時はよろしく。」
「おう。」
凪乃が拳を出し、俺もそれに自らの拳を突き合わせた。
こんなこと、今まで茂布川以外にやる相手はいなかった。
そしてそんなタイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響く。
部活や委員会など特別な事情のない生徒はこのチャイムで帰宅する。
そしてその特別な事情とやらは俺にも凪乃にもない。
「…そろそろ帰るか。」
「うん、そうだね。あ、ちょっと待って。ゴミ付いてる。目、瞑ってて。」
ゴミくらい言ってくれれば自分で取るんだがな…と思いながら目を瞑る。
こんな様、傍から見たらイチャついてるカップルにしか見えないだろう。
頬の中心に何かが触れた。
指ではない、もっと柔らかでしっとりした感触だった。
それはほんの僅かにそっとだけ、しかし確かに触れた。
「…?」
困惑の余りに目を開く。
「ゴミ、取れたよ。」
凪乃はそう言って満面の笑みを浮かべた。
第1章前半はこれにて終了です。【76話】から後半です。
来週はお休みをいただきます。(番外編のみ投稿します。)
また、9月以降は週1(毎週金曜日)の投稿に戻ります。




