【74話】弥彦の退院祝い
話数の整理の関係で今回はいつもより長いです。
◇弥彦◇
「おお…!?すげえな、こりゃ…。」
誘われた時間通り隣の夢原家を訪れた俺は圧倒されてしまった。
目に飛び込んでくるのは食卓の上に所狭しと並ぶ大ボリュームの御馳走の数々。
まさか退院した当日にこんなものが用意されているとは思うまい。
「ほらほら、主役が座らないと始まらないわよ。」
咲花に急かされるままに俺は俺の為に誂えられた席に向かう。
リースでキラキラに飾り立てられたその中央の席はまるで玉座のようだ。
「おいおい、随分とVIP待遇してくれるじゃないか。」
驚いてばかりの俺に答えたのは凪乃だ。既にクラッカーを準備している。
「退院祝いは勿論だけど、君への感謝の場でもあるからね。」
何となくわかっちゃいるが面と向かって言われると小恥ずかしいな。
「クラッカー、もう行き渡ったでありますか?」
クラッカーを配っているのは御霊石だ。彼女も来てくれたらしい。
「私のクラッカーもう中身出てるんだけど!?これ試し撃ちしたやつじゃん!!」
愛依とのじゃれ合いは犬と猿と言うよりはトムとジェリー感があるな。
そしてこの景色だけでもとても日常に戻ってきた感じがある。
「久しぶりでしょ、こういうの。」
「ああ、退院してきたんだなって漸く実感したよ。」
蘭に答える俺。我ながら爺クサい答えで少し笑ってしまう。
「さて、ソースできたわよ!」
果音がフライパンを揺すりながらこちらを振り返った。
「これ、絶対に美味しいから食べて!私の自信作なんだから!」
果音がフライパンを傾け咲花の盛り付けたおかずにソースをかけていく。
星の如く煌めく液体が最後のおかずを完成させ、芸術品のように仕立て上げる。
「良い?始めるよ?」
愛依に合わせ全員がクラッカーを掲げる。
「「「「「「「「「「豪徳寺君、退院おめでとう!!!」」」」」」」」」」
◆◆◆
今回のメインはオムライス。俺の物は他より二回りは大きい。
とろける卵の黄とたっぷりのケチャップの赤にチーズの白が混じる。
切り開くと覗くのはチキンライス。ミックスベジタブルの食感と味わいが楽しい。
これだけでもボリュームは十分すぎるのだがおかずの数々も俺に圧倒的に迫る。
羽根付きの餃子は山盛り。10人前ではさながらバベルの塔の様だ。
それを珠希、春佳が吸い込むように食べていく。
うっかりすると食べ損ねてしまいそうだ。
その山の半分ずつのサイズでナポリタンと明太子パスタが1つずつ。
他との兼ね合いを考えれば食べられるのはどちらか一種類だろう。
これも見る見る内に減っていく。判断は早い方が良い。
そしてその中でも俺にとって一番気になっているのは魚の竜田揚げ。
曰く果音の自信作。茶色いソースが更に俺の食欲を引き立てる。
これは絶対に美味い。俺の本能がそう告げている。
俺の食欲は過去に類を見ない程に激しく燃え上がった。
まるで三日三晩何も食べていないかのように心は眼前の糧を求めた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。
食卓の上の皿はあっという間に1つ、また1つと空になる。
それが全て空になる頃には俺の胃袋もパンパンに膨れ上がってしまっていた。
「ご馳走様でした…!果音の料理だったら無限に食える気がしたんだけどなぁ。」
「お粗末様でした。そう言って貰えて嬉しいわ。ありがとう。」
食後に緑茶を頂きつつ七つ子との会話に花を咲かせる。
入院中も彼女らはずっと見舞いに来てくれていたのに何だか懐かしい気分だ。
蘭は戸籍取得の目途が立ったそうだ。実際の取得は先の話らしいが。
まだ一ヶ月半しか経っていないのにそこまで話が進むとは。
これは経堂さんの敏腕が発揮された結果なのだろう。
◆◆◆
「あ、そうだ。忘れない内に。」
何かを思い出した愛依が傍らに置いてあったピンクのビニール袋を俺に渡す。
「これ、最近私がハマってたドラマの原作?なんだって。プレゼント!」
「へぇ…。」
ビニール袋の中にあったのは一冊の文庫本だった。
生憎と普段ドラマを見ないので残念ながらタイトルも知らない。
だがドラマ化されるということはそれだけの人気があっての事だろう。
「ありがとうな。後で楽しみに読ませてもらうよ。」
「私はこれ。…ありきたりだけど、無病息災のお守り。」
愛依に続いて果音が渡してきたのは言う通りの小さなお守りだ。
この特徴的な模様は見覚えがある。御利益があることで有名な所だ。
態々調べてそんな所に足を運んでくれたのか。大切にしなくちゃな。
「嬉しいよ。ありがとう。」
「私は果音と同じなんだけど、テストが近いしこれが良いかなあって。」
咲花から手渡されたものは学業成就のお守りだ。咲花らしいといえばらしい。
6月に入ってすぐテスト。今日から数えても残念ながら猶予は一週間とない。
咲花は俺の入院中、勉学の面で力を貸してくれた。この想いには報いたい。
「おう、ありがとうな。」
「じゃあ次は私かしら。…はい、これ。」
珠希がポケットから取り出したのは1枚の小さな紙。何かのチケットらしい。
小さな文字でイベントの名前と場所と時間が印字されている。
「…これ、渡したからには絶対に来なさいよね。」
「おう、約束するよ。ありがとう。」
「じゃ…私からはこれ。それとこれも。」
凪乃から手渡されたものは2つ。1つは小さなアクセサリー。もう1つはメモ紙。
アクセサリーは小さなカエルを背負ったカエル。ぶじかえるという縁起物だ。
無事帰ると掛けている訳だ。福が返るなんて意味もあるとか。
もう1枚のメモには七つ子、それに蘭と若葉の名前。
それぞれの名前の下には電話番号も書いてある。
確かに今まで知らないものだったが。
「良いのか?こんなの受け取って。」
「勿論。他でもない君だから。」
凪乃の言葉に続いて他8人が頷いた。
「わかった。じゃあありがたく登録させてもらうよ。ありがとう。」
「アタシはこれ!」
春佳が取り出したのは飴玉がギッシリ入った袋だ。ソーダ味と書いてある。
どこにでもありそうな代物ではあるものの、俺は初めて見るものだ。
「これパパさんに買ってきて貰ったんだ!大阪限定のヤツ!」
「あんたこの流れでお菓子って空気読めてないんじゃない?」
珠希の小言もわからんではないが、それはそれとして俺は嬉しい。
「いやいや、十分だろ。気持ちが入ってるだけで何貰ったって最高だよ。」
大阪限定の物にしたという時点で春佳なりに考えて選んでくれたことがわかる。
寧ろ春佳らしさがこれでもかと溢れていて俺は結構好きだ。
「ありがとうよ、春佳。」
「私も全然春佳のこと言えないわ。はいこれ。前期の覇権だったやつの原作。」
真子から手渡されたものは愛依と同じピンクのビニール袋。
中から出てきたものはマンガである。1巻から5巻まで。
「中々面白そうだ。読ませてもらうよ。ありがとうな。」
「じゃあ、私と若葉からはこれ。」
蘭から手渡されたのは学習ノートのセットである。
「経堂さんから油田とか配当とかでお金を稼いでる割には持て余してるって聞いたから、それに好きな物をメモするとか、やってみたいことを書いてみるとか、そういう風に使えないかなって。」
「ああ、言われてみれば確かにな。ありがとう。有効活用させてもらうよ。」
油田の単語を聞いた七つ子の何人かが凄い形相でこっちを見ている。
仕方ない、説明してやるか。




