【70話】弥彦のゴールデンウィーク
◇弥彦◇
ゴールデンウィーク2日目。昨日若葉が退院したばかり。
家でやることも多いだろうに、それでも蘭は見舞いに来てくれた。
一緒にやって来たのは珠希。七姉妹の中では最も来てくれる頻度が低い。
別にそれが悪いということではない。たかが隣人の病室に見舞いに来てくれるだけだってとてもありがたいことなのだ。
そもそも他の姉妹と比べても俺と珠希は断トツで絡みがないしな。
「よう、毎日毎日悪いなあ。」
「なんか会う度に聞かされてる気がする、それ。」
蘭は俺に笑いながら返す。言われてみればそんな気もする。
「ほら、入ってきなさいよ。」
珠希が入り口に声をかける。すると呼応するように扉が開いた。
扉を開いたのはミントグリーンの可愛らしいワンピース姿の女性。
少し遅れてそれが昨日の朝に退院していった若葉だと気付く。
「驚いたな、随分と雰囲気が変わったじゃないか。」
ボサボサに荒れていた髪は艶を得て見違えるほどの美しさに。
それがそよ風に靡く様はきっと美術館の人物画も顔負けだろう。
そして若葉という女性のイメージを決定的にしていた目を隠す程の前髪。
こちらも短く切り揃えられるだけで一見の印象を明るく書き換えている。
服装も重要だ。今までは老婦人が着るようなパジャマ姿しか見ていなかった。
それが明るくも気品あるワンピースになると、これもまた彼女を別人の如く彩る。
今まではハッキリと見えなかった若葉の少し垂れた目が俯いている。
「どうよ、超可愛くない?オトコからしたらこんなのメロメロでしょう?」
自慢げに胸を張る珠希。この変身をプロデュースしたのだろう。
「あぁ、一瞬わからなかったよ。こんなに変わるものなのか。」
「元々の素材の良さも結構あるのよ?私は簡単なことしかしてないし。」
髪型も服装も至ってシンプル。メイクも恐らく薄い。
しかしそんな変化だけで綺麗に様変わり。
シンプルだからこそ良さが出ているとも言える。
立ち尽くす淑女の姿に思わず息を飲んでしまう。
「しかし髪型と服装で一瞬で美人になれるもんなんだな。」
「本当よね。初めて会った時から可能性は感じてたんだけど大化けしたわ。」
珠希の手腕ながら、手がけた自身でさえその若葉の輝き具合は予想外らしい。
「ねえ、あんまり誉めちぎると若葉が沸騰しちゃうよ?」
「あうぅ…」
俺と珠希の称賛を至近距離から浴びた若葉は真っ赤になっていた。
マンガやアニメならプスプスと頭から煙が出ていることだろう。
「あ、悪い。」
「それより忘れない内にこれ渡しとくね。咲花から。」
蘭から手渡されたのはノート。俺が休んでいる間の分だ。
主に咲花を中心に七つ子が取ってくれているのだ。
ノートを開くと読みやすい字体でわかりやすく整理されて書かれている。
以前同じシチュエーションで茂布川に頼んだ時はこうはならなかった。
それどころか俺が普段取っているノートより桁違いで綺麗だ。
「ここまでやってもらったからには頑張らなきゃなあ。」
俺が学校に戻ればすぐに中間テスト相応のものが用意されていることだろう。
尤も授業は殆ど受けられていない身、多少の配慮はあると思いたいが。
とはいえそれがあったとて俺は元々勉強が得意とは言い難い。
咲花もとい七つ子の思いを無駄にしないべく俺は励むべきだ。
思えば俺が意欲的に勉強に取り組んだのは小学6年生以来か。
そこからはエレベーター式だったしな。あの頃がもう懐かしい。
俺が遅れているのは約一ヶ月分。残りの入院期間はおよそ半月程度。
時間はいくらあっても足りないが、幸い俺は別に勉強が嫌いではない。
そもそも入院中の俺にしてみれば暇な時間が潰れて嬉しいくらいだ。
わからない部分も見舞いに来てくれた咲花や凪乃が教えてくれる。
◆◆◆
入院しつつも充実した日々。勉強しながら一日一日が過ぎていく。
ゴールデンウィークはあっという間に最終日になってしまった。
そしてこの日に見舞いに来てくれたのは咲花と凪乃。
勉強の面では特に俺の事を力強く支えてくれた2人だ。
咲花は俺のノートに隅々まで目を凝らしてチェックしてくれる。
「やっぱり金閣学園だけはあるわよね。短い期間にここまで追い付くなんて。」
その反応を見るに悪くないという事なんだろう。頑張った甲斐があった。
「金を渡すからどこかで適当な参考書を見繕って来てくれないか?咲花のチョイスなら十分足しにはなるだろうし。」
「ふふ、良いわよ。じゃあ私のと同じやつ買ってきてあげる。」
俺のノートの出来に満足したのか咲花は上機嫌だ。
ここまで上機嫌な咲花を見ることは実はあまりない。
逆に不機嫌な顔や心配そうな表情はよく目にする。
後者の主な原因が俺なのは申し訳なく思う。
七つ子と蘭、そして新しく加わった若葉。
9人のゴールデンウィークは楽しい期間を過ごせたらしい。
若葉に金閣町を案内したのと家具や服の新調もしたようだ。
若葉も順調に馴染んできているとのことで何よりだ。
「じゃあ私たち帰るわね。ノート出して。また取ってきてあげるから。」
「おう、よろしく頼む。わかりやすくて助かってるんだ。」
「もう、そんなに褒めたって何も出ないわよ。」
咲花はニコニコしながら俺のノートを自身の鞄にしまい込む。
これから何か楽しいことでも待ってるのか今日はずっと上機嫌だ。
「それ、天然?」
「…何が?」
凪乃の急な質問の意図が読み取れず戸惑う。
「…いや、何でもない。」
去り際、凪乃は小さく独り言を呟いた。
「天然か…。」
俺の充実したゴールデンウィークはこうして幕を下ろしたのだった。




