【67話】かつての私がそうだったように
◇蘭◇
平日昼間の病院のロビーには私たち以外に人の姿はない。
2つの机を寄せ、周囲の椅子を集めて座る。
私と若葉と、凪乃を除いた七姉妹6人。
凪乃の方は多分、上手くいくよね。
私は私のやるべきことをやらなきゃ。
「ねえ若葉、私から話しても良い?」
若葉は七つ子とは初対面。今も目に見えて緊張している。
その間を取り持つことこそ今の私が果たすべき最大の役目。
私が向けた視線に若葉は小さく頷いた。
ありがとう。きっと大丈夫だからね。
「話って言うのは他でもない、若葉の事なんだけど…。」
私は若葉のここに来るまでの経緯や状況について七つ子に説明する。
さっき聞いたばかりの話だから、間違っていないか若葉に確認しながら。
聞いただけの話を説明しているだけなのに、それでも辛くなってしまう。
最後に、病院のお金は豪徳寺君から借りられることになったことを添える。
聞いていた6人の表情は徐々に強張っていった。
私の言葉以外に音がない状況で、空気が段々と重くなる。
多分こういう状況を絶句だなんて呼んだりするんだろう。
「若葉、何か付け足すことはある?」
私の質問に若葉は首を横に振る。
「それで、ここからは私の意見というか、希望なんだけど…どうにか若葉を暫く家に泊めてあげられないかなって。」
これが今回私が一番伝えなければいけない主題。
皆の表情が一斉にピクリと動いた。
「まあ、そういう話なのかなとは薄々思っていたけれど…。」
難しい表情をしたままそう口を開いたのは咲花。
私の時も咲花が中心になってくれたんだよね。
「私は支持したいな、蘭の意見。蘭がそうしたいって気持ちもわかるもんね。」
咲花に2つ隣からフォローを入れてくれたのは愛依。
その後に私の方を向いてニッコリと微笑む。
「でも…お…お金が…なくて…!」
ここで若葉が初めて6人の方を向いた。
「要らないわよ、お金なんて。私たち鬼や悪魔じゃないんだから。」
その若葉の台詞を今度は果音が真っ向からバッサリと斬った。
「そもそも、それがないから困ってるんでしょう?」
「で…でも、いきなりお邪魔するのは…!」
「大丈夫だって!アタシたち家族が増えるのは慣れっこだし!」
オドオドする若葉を前に今度は春佳が満面の笑みを浮かべる。
私も一緒に暮らし始めた直後、同じようなことを聞いたことがある。
そもそも見ず知らずの他人が一緒に暮らし始めるのは苦ではないのか、と。
生活費が賄えるとかルールを守れるとかではなく、それ以前の気持ちの問題。
それが嫌な人は幾ら前述の要件がクリアできていても嫌だと言うに違いない。
私の時は質問に答えてくれたのは咲花だった。今の春佳と全く同じ答え。
擁護施設で生活していた時期が長かったから家族が増えるのには抵抗がない、と。
思い返す程、私のこの出会いは本当に幸運だったと思えて仕方がない。
だからこそ、同じ喜びを若葉に与えてあげたいとも思う。
「ていうか蘭の提案を断ったとして、他に行くアテなんてあるの?」
珠希の質問に若葉は縮こまり黙り込んでしまった。
「ちょっと珠希、言い方。…ごめんね、若葉さん。でも他に案がないんだったら、蘭の提案に乗るのは今の状況では最善手かなあって。折角蘭が引き合わせてくれたんだし、ここで見捨てるのは私たちとしても気分が良い物じゃないから…。」
真子が優しく微笑みかける。
若葉は真子の方を向いては俯いて…を繰り返しながら考え込む。
こんな大事な事、急に言われても困っちゃうのはわかるんだけど。
空間を再び沈黙が支配する。
私も含めた皆が若葉の反応を待っている。
テーブルの下で若葉の左手に自分の右手をそっと重ねる。
決められないなら別に結論は後でも良い。急げって言う方が無理な話。
「…もし、……」
開かれた若葉の口に全員が一斉に耳を傾ける。
小さな声だけど、他に音がない今なら聞き逃しはしない。
「もし…お邪魔にならないのなら…お願いしたい…です…!」
若葉はそう言って顔を上げた。
前髪の奥の瞳もしっかりと前を見据えている。
それは隣にいる私だけじゃなくて、きっと6人にも伝わってる。
「お願い…します…っ!」
若葉は今までより一回りも二回りも大きな声で、今度は頭を下げた。
後を追う形で私も同じように頭を下げる。若葉の思いが伝わってほしいから。
何より、これは私の思いだから。
「うん!じゃあ決まりだね!」
愛依の言葉に顔を上げる。先程と変わらない眩しい笑顔。
「そうなると退院時期に合わせて色々と準備してもらわなくちゃね。」
果音が鞄からメモを取り出して何かを書き出していく。
勿論こういうのは気持ちだけじゃどうにもならない。
こういう時にマメな果音はありがたい。
「でも基本は経堂さんに頼るべきじゃない?それは蘭から話を回してくれる?」
「そうだね。それは勿論。」
今の若葉は八方塞がり。こういう時は頼れる大人の力を借りるに限る。
我ながら図々しいと思うけど、そんなことも言っていられない。
「服とコスメは私が良いの見繕ってあげるわよ。後そのルックスもね。」
「だって、若葉。こういうの珠希は得意だから、良かったね。」
実際、七つ子の中で私服のセンスが一番良いのは彼女。
何て言うか、一人だけジャンルが違う感じがする。
一緒に暮らし始めてすぐ、私の服も何着か見繕って貰ったことがある。
試着した瞬間にそれらが今までとは違うレベルで私に似合ってるのがわかった。
珠希の美に関する拘りとそこから来る嗅覚の鋭さには尊敬の念すら覚えてしまう。
「んじゃ、取り敢えずこれで一件落着ってことで!」
「いや偉そうにしてるけど別にあんた何もしてないから。…私もだけど。」




