【62話】虚無の少女
◇紫墨◇
第四課の人たちは全く人使いが荒い。
とはいえ、この状況ではそんな愚痴を聞いてくれる人はない。
全くてんやわんや。警視庁はどこもかしこもしっちゃかめっちゃかだ。
大物議員、禍神による銃撃事件。更に【狗虎會】との蜜月関係の発覚。
そして続々と明るみに出る禍神と【狗虎會】の共謀による犯罪の数々。
それを知りながら揉み消していた警察官が8名。内1人は第四課の錆仔管理官。
上も下も大混乱。住民相談係の私が出て行かなくてはいけないのもやむなしか。
そんな私に託された仕事は…これまた気が滅入る仕事。
言わなきゃいけないのはわかるんだよ?でも言ってどうなるの?
責めて第四課のオジサンたちの仕事でしょうよ、こんな大事なことを言うのは。
「すみません、失礼しまーす。」
ノックをして扉を開ける。早速目が合った人に会釈。
「えっとぉー…、あなたが志ノ城若葉…さん?…合ってる?」
キリッとした釣り目。手足もスラッと長い。おいおい私よりスタイル良いじゃん。
胸は控えめ?いや、それでも私よりはあるか…。どうせちんちくりんですよぅ。
「若葉…?あ、若葉はそこに。彼女が若葉です。」
彼女が目線を向けた先には別の女の子。あ、こっちか…。
目元が隠れるほどの前髪と手入れしていなさげな長髪。
薄幸という言葉が何よりも似合いそうな印象だ。
「私が…若葉…です。」
見た目もそうだけど、その雰囲気で大人しい女の子だとわかる。
あの吐き気がする程に胸クソ悪い資料から何となく想像できた通りだ。
彼女は実の父親に売り飛ばされた女の子である。その売り先こそ禍神。
そしてその父親は彼女が売られたであろう時期に変死体が見つかっている。
大方の予想では自分の正体が漏れることを恐れた禍神が口封じに【狗虎會】に依頼したのだろうということだ。
そして彼女にはそのカスの父親1人以外に身寄りがなかった。
母親の失踪理由については、まあこの父親ならいくらでもあるだろう。
少なくとも現時点で間違いないことは彼女が天涯孤独の身だということ。
私はそれをこれから彼女に伝える役目としてここに遣わされた。
救急車から入院まで、諸々を含めた治療費を払える能力はないだろう。
何せ置かれた立場が特殊。何か使える制度はなかっただろうか。
年で言うと高校2年生。今から施設に入るとさぞ苦労するだろう。
ロクに状況も変わらないまま独り立ちしていく未来がありありと見える。
そしてその先は想像するに余りある。彼女には非がある訳ではないのに。
私には祈ることしかできないのだけれど。
病室内には他の人の目も耳もある。なるべく外に触れるのは避けたい。
「えっと…動ける、かしら?あまり聞かれたくない話だから。」
私の言葉に彼女は小さく頷いた。
平日の昼間というタイミングは実に良い。お見舞いに来る人が少ない。
2人きりで話すのに場所を選ぶ必要がない。適当なロビーで事足りる。
「確認するけど…お父さん以外に身寄りになる人はいる?親戚…とか。」
私の質問に彼女は首を横に振った。そうだろうとは思っていた。
「お父さんのことは何も聞いてない…よねぇ…。」
彼女は首を縦に振る。態々禍神も殺したとは言うまい。
「あなたがあそこにいる間に、あなたのお父さんは亡くなりました。」
言うのが苦しくない、ということはない。それでも誰かが言わなければいけない。
この役回りは貧乏くじを引かされたんだと自分で飲み込んでしまうしかない。
「そう…ですか…。」
彼女は顔を私に向けてポツリと言った。もっと驚くものかと思っていた。
或いは、悲しむ気も起きない程の扱いを家庭内で受けていたのか。
「治療費の支払いについては…まあ、相談して決めてもらうしかないわね。」
父親が亡くなった以上、嫌でも自分で向き合わなければいけない問題だ。
事情が事情なので病院側も彼女に酷なことは言わないと思うけど。
父親の死が受け入れられていないようには見えないが、彼女の表情は変わらない。
お金の話も今初めて聞かされただろうに、驚愕も悲壮感も彼女から感じられない。
「退院後に入居する施設はこっちでも探しているけれど、それで良い…よね?」
彼女は私を向いているけど、何だかそれは私の方を見ているのではない気がする。
私、彼女は苦手だな。考えていることがよくわからない。いまいち掴み切れない。
「決められたことには…従います。」
それは例えばこの返答に代表されるように。
彼女の今は自分の将来について真剣に考えなければいけない状況下のハズだ。
ただ今の彼女がそれをしているようにはとても思えない。
受け入れられない現実に悲しんでいるのでもない。
真っ暗な未来に茫然自失という訳でもなさそうだ。
「状況、わかってる?」
話半分で聞かれている、というのが一番近いと思う。
どうしてこの話をそういう風に聞けるのかはわからないけど。
「決められたことには、従います。」
インコの1つ覚え見たく繰り返される答え。思わずため息が出る。
何となくこれ以上の会話に進展が望めない気がしてくる。
「…自分の置かれた状況、整理しとかないと困るのは自分だからね?」
「はい。わかっています。」
あっさりとした返答。果たしてどこまで信憑性があるものか。
「…また近いうちに来ます。それまでに自身の現状と退院後どうするか、ちゃんと考えておいてくださいね。」
この最低限の忠告はどこまで響くだろう。
近いうちに来るとは言ったけど、正直嫌だなぁ。




