【53話】それぞれは示し合わせたように(2)
◇◇◇
時間は少し遡り朝の8時を少し過ぎたところ。
郊外の山奥にあるこの古びた山荘は夢原龍や七つ子の隠れ家である。
金閣町に現れた邪悪、禍神福蔵から逃れるために一時的にここに避難している。
避難から一夜明けたその日、全員が起床して早々に顔を青くした。
夢原家七姉妹が五女、凪乃の失踪である。
昨日は身を挺して逃がしてくれたもう一人の家族、蘭に電話は繋がらなかった。
そこに追い打ちのように畳みかける不安に龍と姉妹は肝を冷やすばかりである。
「ダメ、やっぱり見当たらないし足跡もない……。」
麓のバス停まで探しに行った愛依が帰って来たのが丁度9時頃。
「そう…。こっちもダメ。電話が繋がらない。持ってるとは思うんだけど……。」
次女・果音も首を横に振るばかりだ。事態はほんの僅かな進行さえ見せない。
「蘭の方もダメ。全然出てくれない。やっぱり……。」
凪乃に電話をかける果音の隣で蘭に電話をかけていたのは三女・咲花。
彼女の言葉に全員の顔が曇る。どうしても最悪の想像が過ってしまうものだ。
「大丈夫よ。あの子、強いじゃない。」
そう言って姉妹を励ます珠希にも確証が持てる訳ではない。
しかしそれを信じずにはいられないのだ。それ以外の思案は無意味だ。
「やっぱこれ、金閣町に戻ったんじゃねえのかなあ……。」
春佳が口にするのはこの場にいた全員の脳内を掠めた凪乃の行動の可能性。
それ以外に思い当たる節はないが、それは最悪のパターンでもある。
「あのね、ここから金閣町まで何キロ離れてると思ってるのよ。」
そう口では言う真子もその可能性がなくはないことを理解していた。
この中で最も聡く、物静かながら行動力も逞しい凪乃ならやりかねないと。
仮に意図的に失踪したなら証拠を残さずに姉妹を煙に巻く程度は朝飯前であろう。
庭に1台の車が入って来る音が聞こえた。凪乃を探しに出た龍が戻って来たのだ。
仮に見つけたとしたなら連絡の1つはあっただろう。それがない時点で察する。
時を同じくして朝の9時。場所は変わって金閣町。
丁度この時、様々な手段を駆使して凪乃はこの町に帰って来た。
◇凪乃◇
タクシーは高くついた。寝床としても不十分だった。体がギシギシする。
それでも贅沢は言ってられない。そんなことに文句を言う余裕さえない。
ここからが私の人生の総仕上げだ。もう後戻りも無様なミスもしない。
真子ちゃんが言っていた。蘭は体を張ってパパさんや姉妹を逃がしたのだと。
ならば禍神が蘭を攫った理由はその逆だ。あいつなら多分人質として使うハズだ。
だからまだ生きている。利用価値がある内は生かされる。
……そう思わなきゃ、やってられない。
蘭を攫ったと同時に禍神は蘭の携帯を手に入れたハズだ。
つまり彼は既に私たちへの連絡手段を手に入れているということだ。
連絡は電話ではなくメールだろう。多分、私たち全員に一斉に送信するハズだ。
そうすれば否応なしに混乱させられるからだ。蘭の写真か声も添付するだろう。
何百回と重ねたシミュレーション。できれば無意味にしたかった。
でもきっとそれが今ここでは何よりの強みになる。悔しいけれど。
私がやるべきこと。次の相手の行動を読みながら支度をすること。
何が最善手なのか考え続けること。全てはここで確実に終わらせるため。
正直、胸が高鳴る。遂に禍神と決着を付けられるのだから。
あの日から私の人生はその瞬間の為だけにある。
鞄の中に新聞のスクラップを詰める。これは導線。
ペットボトルに入っているのはガソリン。これはトドメ。
ライターも1つ。どれも手に入れるのには色々と苦労した。
後は禍神の目の前で最後の被害者を生むだけだ。そして私の復讐は完成する。
◇◇◇
「お願い!もうやめて!許して!私が悪かったから!」
蘭の涙ながらの訴えは禍神にはまるで全く聞こえていないかのようである。
「お願いだから!やめてあげて!何でもするからぁっ!」
されど拳は雨霰の如く。蹴りつけるは嵐の如く。
既に若葉に意識はない。
禍神が若葉に暴力を振るい始めてから既に1時間が経過していた。
最初は防御していたが、途中からそんな体力もなくなったらしい。
先程からは声も聞こえなくなってしまった。
しかしそんなことは禍神には一切関係ない。
「やめて!やめて!やめてあげてよおっ……!」
大粒の涙を流しながら乞う。だが届かない。
禍神の止まない暴力は若葉の血でフローリングを染め続ける。
「私が悪かったから!!皆を呼ぶから!!だからもうやめて!!」
蘭ができる限り声を張り上げた時、まるでスイッチかのように禍神が止まる。
禍神はそれを待っていたのだ。蘭が自分の意志で皆を呼ぶと決める瞬間を。
遂にやって来たその瞬間に禍神は脂ぎった満面の笑みを浮かべる。
「それで良い。では、頼もうか。」
◇弥彦◇
「病院を出るの、意外と時間がかかったな。」
茂布川の貸してくれた腕時計によれば時刻は既に10時を回った。
俺と茂布川はなるべく怪しまれないように人の目を盗みながら例の場所に向かう。
「こればっかりは仕方ねえだろ。バレたら連れ戻されんのは確定なんだからよ。」
「なあ茂布川、お前このまま俺についてきたらヤバいかも知れないぞ。」
俺がこれからやろうとしていることが全て上手くいくとは限らない。
上手くいったとて家宅侵入罪は付き纏うかも知れない。
上手くいかなければ、それこそコテンパンに色んな罪を被せられることだろう。
友人としてはそんな危険な橋を渡ってほしくない。
そもそもこの問題に茂布川は関係ないのだから。
「バーカ、ここまで来ておめおめ退けるかよ。旅は道連れ世は情け…ってな。」
全く、その格好良さを普段出せれば彼女の一人くらいできるだろうに。
「じゃあ頼んだ。後で一緒にしこたま怒られようぜ。」




