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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【序章】
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【4話】来たる客

◇◇◇


珠希(たまき)春佳(はるか)真子(まこ)が落ち着いたところで愛依(あい)は自身が出会ったその男との出来事を話し始める。

そして、それを一通り話し終える頃には果音(かのん)咲花(さきか)は唖然としていた。

「それってつまり……その彼は命の恩人ってことよね……?」

食卓を囲む姉妹の箸は先程から止まっている。


「でもそれだと私の顔を見た途端にあからさまによそよそしく立ち去ったのは意味がわからないのよね。やっぱり何か企んでたのかしら。」

一瞬ではあるが直接対面した果音はその不審な挙動をよく覚えていた。だが。

「それ、果音ちゃんに怪しまれてると感づいたからだったりして。彼本人の口からその場で聞いたって胡散臭さ増すだけだろうし。」

訝しむ果音に凪乃(なぎの)が横から口を挟む。他の姉妹は凪乃の言葉に賛同し頷く。

「果音が睨むと怖えーもんなあ、あはは。」

春佳がけらけらと笑うと果音はムッと睨み返す。


弥彦(やひこ)の予想通り、確かにあの場で弥彦本人が説明したところで正直には受け取ってもらえなかったのかも知れない。

だが愛依の言葉で、そしてこのように落ち着いた状況でならば話はまた違う。

何より今朝までは新品同然だったはずの愛依のスマホが説得力を高めていた。

アスファルトに叩きつけられた液晶には蜘蛛の巣のようにヒビが入っている。


結果、弥彦の予想とは裏腹に真実は伝わったのである。愛依が根っからの方向音痴であったのも説得力を増しただろう。

尤も、命の恩人であるとわかったところで今この場にいない本人はそれを知る由もない。


「彼、地図アプリも見ずにここまで来たから近所なのかも。いつかお礼、ちゃんと言いたいなあ。」

愛依のその予感は当たっている。先程はさっさと家に入ってしまったが故に愛依と果音は気付けなかったのだが、弥彦の家は隣である。


◇弥彦◇


おかずはベーコンのみ。我ながら悲しくなる食卓だ。本来この上に目玉焼きが乗る予定だったのだ。

だが卵はアクシデントで1個残らず潰れてしまった。故にこの有様。

無事に助けられたのだからそれで良い。それは間違いのないことだ。

その重要さの度合いを目玉焼きと比べることすら下らない。


言い聞かせ、内心涙を飲みながら食べ終わる昼食。

寧ろ悪運をこんなところで消費できてよかったと喜ぶべきだろうか。

いいや、この程度で消費なんて絶対にできていないな。


「ったく恨むぜ、親父……。」

自分の部屋でベッドに転がり、虚空に向かって呟く。

正確には、恨んでいるのはこの癖だとも思っている。


ふと()()()()()()に遭遇した時、父親の姿がフラッシュバックする。

父親ならどうしたかというのが脳裏に鮮明に映る。

そうなった時、体は動いている。


この癖のおかげさまで感謝され通しの人生だ。だが、同時に痛いこと尽くしの人生でもあった。

数えきれないくらいケガをしてきたし、生死の境も彷徨ったことがある。

体中の古傷はどれがいつのものかなんて思い出したくもない。

我ながら苦労している人生だと思う。


……ところで愛依と呼ばれた彼女、誤解は解いてくれているだろうか。

適当に誤魔化して逃げるように立ち去った以上、説明させられているハズだ。

或いは誤解されたままなら俺は彼女の双子(仮定)と今後ずっと気まずいままだ。

近所として今後顔を合わせる機会は間違いなくある相手だ。気まずいのは辛い。

尤も俺は逃げ出したのだから、そうなっても文句は言えないか。


一人で考え込むとどうにも悪いことばかり考えている気がする。

明日から始まる高校のことも併せて、気は重くなるばかりだ。

茂布川(もぶかわ)でも誘ってゲーセンにでも行くか。


そう思ってスマホを手にした正にそのタイミングで着信が鳴った。

光る画面には豪徳寺(ごうとくじ)禄絵(ろくえ)と表示されている。祖母の名だ。

【豪徳寺ホールディングス】の会長代理を務める祖母はこの国でもトップクラスに多忙な人物に違いない。


そんな祖母からの電話の要件は大きく分けて2つに分類することができる。

それ即ち、「今日帰れない」か「家事やっておいて」である。


「もしもし。どうしたの婆ちゃん。」

電話の向こう側では祖母の声より先にガヤガヤとした人間の声が聞こえた。

別に珍しいことではない。きっと居場所は本社かどこかの支社かなのだろう。


「ああ、弥彦。実は今日帰れなくなっちまってね。で、実はこれから家にお客さんが来ることになってるんだが、その応対を頼めるかい?」

態々直接この家に祖母を訪ねてくるような人物であるからには、お偉いさんなのは間違いないだろう。

お客さんというからには少なくとも近所の仲良しおばあさんではない。

「お客さん?そんなの俺が応対して良いもんなのか?」


「何、大したことじゃない。挨拶に来るだけさ。他に必要な話や書類関係はとっくに終わってるんだ。じゃあ、頼んだからね。くれぐれも失礼のないように。」

そう言って切られる電話。俺は溜息をつく。

果たして来客の正体は鬼か蛇か。


メインの建築業は最近ドバイで大きな物件を手に入れたらしいと聞いている。

日本はもちろん海外ではアメリカやヨーロッパでも業績の伸びは好調なようだ。

その他では上手くいっているのは通販業と不動産業、加えてエネルギー開発部門と宇宙開拓部門だっただろうか。

食品業は数年前から波に乗っていると聞いた。レコードレーベルも少し前に歴史的な特大ヒットを出している。


どの分野から来るだろう。或いは俺の想像していない分野の人間だろうか。

いずれにせよ祖母に会いに我が家に来る以上は立場は相当上の人であるハズだ。

だが俺が代わりに応対しても良いというのが引っかかる。会社関係の人間ではないのだろうか?

俺はメインの建築業ですら専門用語は一切知らない。世間話は本当の意味で世間話しかできないのだ。


そして来客のチャイムが鳴った。

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