【49話】蘭、誘拐される
◇◇◇
茂布川哲、弥彦のクラスメイトの一人。
また弥彦の数少ない同性の友人の一人である。
彼自身も友人は多くないが、その理由は入院のタイミングや期間が災いして学校で人間関係を作れなかった弥彦とは全く異なる。
彼を言い表すならばお調子者で女好きの変な奴という表現に尽きるだろう。
学校の中でも外でもナンパばかり。成功はただの一度もない。
おかげで彼を知る女子からは蛇蝎の如く嫌われている有様。
そして同性からの評判も良いとは言えない。
しかし彼を酷評する者の多くはその口で必ずしもこう述べる。
「決して悪い奴ではないと思う。」
茂布川の行動に悪意はない。ただ彼は自らの欲求に従っているだけである。
自分勝手な男だが落ち込んでいるクラスメイトを励ます程度の器量はある。
人当たりや人付き合いも悪い訳ではない。暴走することこそままあるが。
出自もあって避けられがちな弥彦との組み合わせを周囲は不思議な目で見る。
どうして彼らは仲が良いのだろう、と。
実際、その秘密を知る者は彼ら自身のみである。
茂布川が弥彦の見舞いにやって来たのは日曜の午後である。
日はやや傾きつつあれど、しかしまだ高い位置にあった。
自販機に自身と弥彦の分の缶ジュースを買うために寄り、戻ろうとした正にその時、彼は余りに衝撃的な光景を目撃した。
それは意識を失った女性が大の男二人に車に乗せられるというものである。
黒塗りの外車に金のホイールという車の装い。片方は上下金のスーツの出で立ち。
そしてその女性が茂布川好みの美人だったこと。
印象的な情報の数々が事件性を帯びて茂布川の脳内を駆け巡る。
しかし情報を整理する間もなくその車は病院の駐車場を去っていった。
茂布川は何とかメモした車のナンバーを手に警察に連絡するので精一杯だった。
◇弥彦◇
「よう豪徳寺、来たぜ。」
蘭が帰ったすぐ後に見舞いに来たのは茂布川だ。今日は人がよく来る。
先程のゴタゴタで疲れているのはあるが、親切は大事にしよう。
「何か疲れてねえか?まあ色々あるもんな、生きてりゃ……。」
俺を気遣ってくれるその様子が何だかいつもとは違った気がした。
まるで茂布川の身にも何かがあったような、そんな雰囲気がする。
「そっちこそ何かあったのかよ?お前らしくもない。」
「おうおうおうおう!聞いてくれよ!実はさっき駐車場でさあ!」
あ、これは話したくて仕方なかった奴だな?さては俺は嵌められたか。
仕方ない。余程話したいみたいだし付き合ってやるとしよう。
丁度面白い話なら何でも聞きたいところだ。
「誘拐を見ちまったんだよ。勿論警察には通報したんだけどさ。その誘拐犯の二人いた片方が上下金のスーツってクソ目立つ格好してたんだよ。それをしかも外車で攫ってったんだぜ?金のホイールなんか付けた派手なやつよ。この町も元々治安が悪ぃとはいえあんなやつが白昼堂々ブチかますんだもんなあ。……どうかしたか?顔色が悪いぞ?」
「それ、誰が攫われたか見てたか!?」
気が付けば茂布川の肩を掴んでいた。声は予想よりも大きな声だった。
もたらされた情報に身震いが止まらなかった。悪いイメージが頭を過る。
「おいおいどうした、落ち着けよ。攫われてったのは美人さんだったな。俺好みの。年もそんな変わらねえんじゃねえか?スタイルもスラッとしててさあ。髪型は短めでボサッとしててさ、確か格好は……」
茂布川が語るその誘拐された女性の格好は今日見た蘭の格好そのものだった。
誘拐した男は間違いなく禍神だ。無論その動機など推し量るまでもない。
「豪徳寺…まさか知り合いか!?」
俺の様子を見て茂布川も何が起きたか感づいたらしい。
「彼女はウチの家事手伝いだ。クソ!もっと警戒するべきだった!」
こんなことだったら無理やりにでも蘭を逃がすべきだったんだ。
いいや、それができる状況だったかと問われれば怪しいが。
遅すぎる後悔が俺を取り囲む。俺はどうすれば良かったんだ。
何にせよ事は既に起こってしまった。
「落ち着けよ、さっきも言ったけどさ。」
「ふざけんな!これが落ち着いてられるかよ!」
茂布川の言葉にカチンと来た。こいつよくもそんな事が言えるな。
俺はまだ少し痛みが残る身体を何とか立ち上がらせる。
「だから落ち着けって。ここに俺がいるだろ?」
「あ?これは緊急事態なんだよ!今はお前に付き合ってる場合じゃねえ!」
言葉はつい激しくなってしまう。でも俺は止まっていられない。
「んな体で探せるかよ。待ってろ、すぐに探してやっから。」
そう言うと茂布川はスマホを取り出す。どこかに解決するアテでもあるのか?
「父ちゃん、緊急事態だ。豪徳寺の家事手伝いさんが攫われちまった。場所は金閣町の病院。そんな遠くには行ってねえと思う。車は黒の高級外車でホイールの色は金だ。ナンバーは※※※※、すぐわかると思う。急いで探してもらってくれ。」
茂布川は電話口の向こうにいるであろう父親にテキパキと伝える。
「茂布川、お前……。」
「言ったろ、俺がいるって。未来の【茂布川通運】社長の俺がよ。」
茂布川はそう言って俺にニカッと笑った。




