【48話】大脱出・蘭の勇気
◇蘭◇
病室の扉を開けたのは上下金のスーツの小太りの中年。
凪乃の言っていた特徴と完全に一致する外見。一目で確信できた。
この男が、禍神福蔵……!
七姉妹の敵。諸悪の根源。最低最悪の男。
まさかこの場所に2日続けて現れるだなんて。
私は個人的な恨みはないけれど、それでも家族の敵なら腹は立つ。
「おい大鵺、ヤツらに人を集めさせろ、今すぐにだ。ここに呼べ。」
「御意。」
マズい、人を呼ばれる。どうやら手段を選んでくれないみたい。
「クソッ!」
後ろを振り返ると豪徳寺君がナースコールを押していた。
勿論そんなことでは止まらないだろうけど。
もし彼らの私兵が到着すれば多勢に無勢。私たちの負け。
だったら私が今取るべき行動は。
「うおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「何をする!?離せバカ者!!」
扉の所にいた禍神に掴みかかり、そのまま押し倒す。
離せと言われて離すバカはいない。チャンスはこれしかない。
「皆!!逃げて!!」
「すまん!ほら、行くで!!」
「待って!蘭はどうするの!?」
「蘭!!あなたも来るのよ!!」
愛依と果音が叫ぶ。無茶言わないでよ。
純粋な力では禍神に勝てない。体勢の優位で抑えるのが精一杯。
「きゃあっ!」
声の方を見ると大鵺と呼ばれた男に真子が捕まっていた。
どうしよう!?今の私じゃそっちはもうどうしようもない……!
「離せェッ!!」
「くっ!!」
なんと豪徳寺君が起きて飛び降りるように大鵺に無理やりタックルした。
点滴が外れる程の無茶な一撃に大鵺はたまらずその手を離す。
「あ、ありがとう!!豪徳寺君!!」
「行け!真子!ここは二人で食い止めるから!」
豪徳寺君に答えるように龍さんは頷いて三人と一緒に走って見えなくなる。
「貴様ら、フザけた真似をおおおぉぉぉっ!!」
◆◆◆
豪徳寺君が押したナースコールか、それとも騒ぎを聞きつけたのか。
看護師がやってきてすぐに私たちを見て応援を呼んだ。
そして間もなく大量の警備員がやって来た。
禍神と大鵺は彼らに連行される形でこの場を去っていった。
「すみません。ご迷惑をかけて。」
何人かのナースが豪徳寺君の点滴を直している。
「……これで終わりじゃ、ないよね。」
禍神がさっきのあれで捕まっていれば良いけど、そんな気がしない。
「だろうな。あれを切り抜ける手段くらいあるだろ。賄賂だの悪友だの。」
「お前、金閣町から逃げた方が良くないか?顔は見られてるんだし。」
正直、彼の言う通りだと思う。でも逃げたくない。ここに君がいる限り。
「でも私が逃げたら誰が退院した豪徳寺君の面倒を見るの?」
「俺はどうにかするさ。」
豪徳寺君は力なく笑う。多分ノープランなんだろうな。
「無理でしょ。そんな体で。私は大丈夫だから。」
私も豪徳寺君の事ノープランだなんて言えないかな。
「もし私が何かあったら、その時は君が助けてくれるんでしょ?」
なんて冗談。でもちょっと本気にしてる。君ならきっと。
勿論、そんなこと起こらない方が良いに決まってるんだけど。
◇◇◇
1台のワンボックスカーが高速道路をひた走る。その運転は荒かった。
借りたばかりのレンタカーで慣れない車種というのもあるが、それだけではない。
純粋に急いでいるのだ。間もなく追って来るであろう魔の手から逃れるべく。
「パパさん運転荒いってば!!」
助手席で文句を言うのは四女・珠希。
「ちょっと辛抱しててくれや!頼むから!」
普段なら凪乃が何かフォローを入れそうなものだが今それは見込めなかった。
彼女は一番奥の席で愛依と咲花に挟まれ、声をかけられている。
しかし凪乃は反応を返さない。普段からは想像もできない青い顔を浮かべている。
禍神に怯えているのではない。自責の念に駆られているのだ。
「大丈夫だって。蘭ならきっと豪徳寺と一緒に上手くやってるよ。」
二列目の席では不安そうな表情を浮かべる果音と真子を春佳が励ましていた。
根拠の持てない激励には心なしかいつもより元気がないように聞こえる。
この車が向かっているのは郊外の山奥。知る人もないとある山荘である。
現【豪徳寺ホールディングス】社長、豪徳寺風馬によりかつて推し進められた全国シェアハウス大量建造計画で建てられたものの1つだが、住む人のない今では定期的な管理だけされているのだという。
事情を知った弥彦の祖母にして【豪徳寺】会長代理である禄絵が提案した隠れ家だ。
「愛依、後ろ見とけよ。頼むで。」
「大丈夫みたい。……今のところは。」
夢原龍もバックミラーの確認を欠かさない。少し過剰な程だ。
しかしいくら確認したとて安心が得られることは今の彼には考えられない。
◆◆◆
「むぐっ!?」
蘭は病院を出てすぐ何者かに後ろから布で口を抑えられ薬品を嗅がされた。
麻酔作用で知られるクロロホルムは的確に蘭の意識を薄め、奪っていく。
蘭は薬品を嗅がせた男が大鵺だとも気づかないまま深い眠りに落ちた。
「積み込め。」
禍神の指示に従い大鵺は眠らせた蘭を物のように車の後部座席に放り込む。
「長居は無用。行くぞ。」
「御意」
黒塗りの外車が足早に病院の駐車場を出て行く。
その一部始終がとある青年に見られていたとも知らずに。




