【凪乃断章・5話】そして私は私になる
◇凪乃◇
小学6年生になるタイミングでの大阪の転校。
同時に始まる夢原家での家族としての生活。パパさん、ママさんと一緒。
最初こそドタバタしたけど周囲に支えられて何とか落ち着いてきた。
1人だと心細かったかも。やっぱり7人いるって無敵だね。
かの禍神福蔵は私たちの引っ越しと同時に急に鳴りを潜めた。
私たちを見失ったのだと願いたい。このまま手を引いてくれれば尚良い。
【ありさんのいえ】を出る時に蟻沢さんから手紙を貰っていた。
それによればパパさんにはある程度のことを伝えてあるらしい。
禍神の縄張りから大阪への脱出というのも意図としてありそうだ。
何だかんだ迷惑をかけ通し、最後まで世話を焼かせてしまった。
その心遣いには感謝してもしきれない。
一度、パパさんとも2人できっちりと話をした。
曰く、少なくともしばらくは大丈夫だろうとのこと。
もし発見されようものなら更に心強い味方もいるらしい。
【ありさんのいえ】についても気にかけてくれているようだ。
◆◆◆
悲劇は安心しきった私に、油断の罰だとでも言いたげに襲い掛かってきた。
それは蟻沢さんの訃報。中学一年生の冬。余りにも突然のことだった。
「蟻沢のオバハン、ずっと患っとったんやて。愛依たちが出てってすぐ救急車呼ぶ騒ぎにもなっとったらしい。施設の経営なんか出来る状態あらへんかったのにな。かなり色んなトラブルも抱えてたらしいねんけど、七つ子には絶対言うなって念押されとっててな。……絶対戻って来る言うてたやんか。」
私はその日、寝室で声をあげて泣いた。お通夜の日も泣いた。お葬式も泣いた。
姉妹全員が泣いたけど、私だけは一人泣いた理由がもう1つあった。
それがわかっていて尚、何もできなかった自分の無力さに泣いた。
自分の愚かさに泣いた。何もかも自分が愚かだったのが原因だった。
禍神の謀略は私たちがいなくなった後も続いていたらしい。
私が思うに、多分それはより酷くなったんじゃないかと思う。
そんなこと、ちょっと考えればわかることなのに。
それが蟻沢さんを病床まで追い詰めたことは明白だった。
だというのに、私はここに来てからずっと何をしていた?
何もしていない。何も成していない。何もできていない。
蟻沢さんなら何とかしてくれるって、心のどこかでそういう驕りがあった。
元はと言えば私が原因で私がどうにかしなきゃいけない問題だったのに。
私は親同然の蟻沢さんを自身の失態で失った。姉妹から奪った。
私は悪くないなんて言える訳がない。
今まで漫然と募らせてきた怒りや恨み。
それらが罪悪感の元、1つのエネルギーになっていくのを感じた。
「あなたを絶対許さない!愛依ちゃんたちには手を出させない!今日のこと、いつか絶対に後悔させてやる……!」
懐かしい台詞が頭の中を過った。あの時は感情のままに叫んだ言葉だ。
でも今は違う。今はもっと具体的な質感を持った決意だ。
禍神はいつかまた私たちの目の前に姿を現す。確証はないけど確信があった。
だとするなら、それは絶対にチャンスが来るということだ。
禍神福蔵という男の翼をもぎ取り地に叩き落とすチャンスが。
あの男にくれてやるものなんか何1つない。私はもう何も失わない。
私の姉妹には幸せで素敵な人生を進んでほしい。その邪魔はさせない。
そのためなら何をしたって良い。この身が滅んでも構わない。本当だ。
姉妹全員から縁を切られても構わない。そこまでして、初めて償いだ。
私のこの先の人生は全部戦いと償いだ。それで良い。それで構わない。
これこそが私のあるべき姿だ。私は復讐者だ。そういう運命なんだ。
◆◆◆
中学二年生の夏の直前。
パパさんは私たち全員をリビングに集めて告げた。
「高校なんやけど、東京に進学したりって興味ないか?」
「えっと、どういうこと?」
流石の咲花ちゃんでもその意味が飲み込めなかったらしい。
「どういうことも何も言葉の通りやで。東京に不動産やってる知り合いの婆さんがおんねんけどな、その婆さんのコネ使こてごっつ頭良い高校に入らへんかって話が来とんのや。」
余りに急な話。もしかしたらという懸念が脳裏を掠めていく。
「頭良い高校に入試パスで入れるって、そんなの使わない手なくない?」
一番最初に食いついたのは珠希ちゃんだ。確かにこういうの好きそう。
「ねえパパさん、それってアタシもだよね!?そうだよね!?」
春佳ちゃんは目を輝かせる。成績ヤバい春佳ちゃんに取っては一大事だ。
何だろう、ただの偶然なのかな。
ラッキーな話題が空から降って来ただけ?
だとしても、私にも反対する理由はない。
より禍神から遠くへ逃げられる選択肢だ。
こうして私たちはパパさんの提案に乗ることになった。
進学先は金閣学園。偏差値で言えば咲花ちゃんと私しか手が届かない場所。
そして日本国内外から名だたるVIPの家系が集う場所でもある。




