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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【凪乃断章・4話】直接対決(2)-出会いと別れ

凪乃(なぎの)


「痛ッ!」

顔を掴まれそのまま持ち上げられ、そこから床に投げ捨てられる。

今更だけど大の大人が小学生女子相手にする仕打ちではない。


さっきの台詞も今の仕打ちも禍神(まがみ)に言葉が通じないという事実を補強するだけだ。

この男は自分より弱い人を人間だとすら思わない。自分の道理がすべてだ。

そうでなければ最初から人身売買なんてアイデアは生まれないだろう。


ああ、どうしてこんな男に関わってしまったんだろう。

関わってしまったばかりに私の周りの人は全て不幸になっている。

多分これは私がこの先ずっと抱えていく後悔だろう。戻れるならやり直したい。


「最近のガキは礼儀を知らん。腹立たしいことだ。俺の言っていることがわかるよな?俺は難しいことは言っておらん。謝れと言っているだけだ。頭ァついて謝れと、それだけのことだ。偉い人に無礼を働いたら謝る。そんなことは常識ではないか。」


床を這わせられながらも再び睨みつける。感情が先行する。

そんな私を見下ろす禍神は不愉快極まりないという表情だった。

禍神は私の髪を掴んで持ち上げる。痛くて堪らない。涙も出てくる。


「そもそも貴様が七つ子でなければとっくに適当な所に売り払ってやったところだ。七つ子だから見逃してやったのに、それがどこからか情報を得てこの始末……!全く手に負えんな……。」


なんて自分勝手な理屈で喋る人だろう。でもだからこそハッキリと断言できる。

私は禍神を相手に一切の譲歩も容赦もしてはいけない。できる訳がない。

この男は真っ黒な悪だ。だからこそ自分の正義が正しいと思える。


私の髪を掴んで持ち上げたまま禍神は私に凄む。

「謝るか?謝らんのか?あの家をおっ潰すか!?」


絶対に謝ったりなんかしない。私は間違ったことをしていない。

ここで謝っても解決する保証は何一つない。悪化する可能性さえある。

くだらないプライドだと呼ぶならそうすれば良い。


くだらないと吐き捨てるそんなものさえ、あなたには折ることもできない。


「べーっ!」

舌を出した。これ以上ない最高の意思表示だろう。

「このクソガキがァァ!!!」


禍神は再び私を床に投げ捨てる。テーブルに頭をぶつけて鈍い音がした。

部屋の外、扉の窓越しに顔を知った教師がこちらを憐れむ目で見ていた。

彼らも所詮は我が身が可愛い。そんなものだ。別に期待もしていない。


「お前の考えはよくわかった……!今に見てろ。後悔するのはお前の方だ。」

禍神はそう吐き捨てて部屋を出ていった。


痛む後頭部からは血が出ていた。テーブルにも付いてるし床にも付いてる。

まず私が向かうべきは保健室かな。


◆◆◆


帰ってから蟻沢さんに事の顛末を話す。勿論、喧嘩を売ってしまったことも。

蟻沢(ありさわ)さんは私の行為を咎めるどころか誉めてくれた。

曰く、謝る方がどうかしてるとのこと。


「でも蟻沢さん、この家のことは大丈夫なの?」

禍神の台詞がずっと頭の中に引っかかっていた。

【ありさんのいえ】が嫌がらせをされていることは間違いないのだ。

しかもそれは今日の私の行動のせいで悪化する可能性が低くない。


「安心なさい。どんなにちょっかい出されたって跳ね返して見せるわ。それにね、丁度頼もしい助っ人が見つかったところなのよ。」


蟻沢さんの言う助っ人が【ありさんのいえ】にやって来たのは次の土曜日だった。

上下くすんだ黄色いスーツに四角い眼鏡。赤いネクタイがアクセントの男だ。

頭頂部がバーコード状になっていることは気にしないでおいてあげよう。


夢原(ゆめはら)(りゅう)です。よろしくお願いします。」

男の名乗りの訛りから察するに大阪の人らしい。

「紹介するわね。この夢原さんがあなたたちの里親に立候補してくれた人よ。」


蟻沢さんがそこから夢原さんがどういう人なのかを説明し始める。

私の見立て通り、と言うより、誰がどう見ても関西人。疑う余地がない程には。

生まれも育ちも大阪らしい。ここまでチャキチャキなのも珍しいとは思うけど。


七人の里親を立候補するくらいだから金持ちだろうと思ったけど、それも的中。

【夢原工業製作所】の二代目社長らしい。正直その名前は聞いたことないけれど。

豪徳寺(ごうとくじ)ホールディングス】と付き合いがあるって聞くと確かに聞こえは良いね。


「でも本当に7人全員で大丈夫なんですか?」

聞いたのは咲花(さきか)ちゃんだった。皆が気になっている部分だと思う。

私たちが生まれてから11年、誰も里親になれなかった最大の理由がそれだ。


何でも、普通こういう施設で過ごすのは2年くらいの人が多いらしい。

実際私たちがこの施設で一緒に暮らした中でもそれを過ぎるのはごく一握り。

そして私たち自身はその筆頭。ただ私たちの場合、その理由はわかりやすい。


それは私たちが7人全員を同時に引き取ってくれる里親を希望していたからだ。

蟻沢さんもそれを汲んでくれた。だからこそ、こうして今ここにいるんだけど。

里親には審査が要るらしい。つまり資格を手に入れるだけでもハードルがある。

そのハードルを超えた上で7人全員を引き取るとなると要求値は更に上がる。


一番わかりやすいのは食費。それ以外にも水道代とか家の広さとか。

お金を抜きにしても単純に子供が7人というだけでも面倒くさいに決まってる。

私たちの里親ということは単純計算でも手間が7倍あることになる。

実際それをどう思ってるのか。夢原さんの言葉を待つ。


「うん?だって自分ら、全員一緒の家の養子になりたい言うてるんやろ?そら血を分けた姉妹なんやから、一緒に暮らしたい思うのは当たり前のことや。まあ、ウチはめっさ広いって訳でもないしごっつ金持ちって訳でもないんやけど、まあ自分ら七人くらいやったら何とかなるしな。」

夢原さんは当然のようにそう答えた。


姉妹同士での話し合い。蟻沢さん夢原さんを交えた話し合い。

どちらもスムーズに進んだ結果、夢原さんは満場一致で私たちの里親に決まった。

【夢原工業製作所】が大阪にある都合、4月からの転校も決まった。


蟻沢さんとの涙の別れ。友達との涙の別れ。

もし私が禍神と出会っていなければと思うと、どうしても後ろめたさを感じた。

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