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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【凪乃断章・2話】冬の陣

凪乃(なぎの)


禍神(まがみ)との望まない再会はまたしても愛依(あい)ちゃんのバレーの大会だった。


その年の冬の大会、決勝戦の舞台。場所も相手も、全てが夏と同じ。

天里(あまさと)姉妹は夏の悔しさを糧に猛練習してきたらしい。その眼光には闘志が燃える。


私はその日、朝から無性に嫌な予感がしていた。第六感なんて信じてないけど。

悲しいかな、そういう時の悪い予感って驚く程に的中するよね。


帰りがけに寄った女子トイレは屋外の喫煙所のすぐ近くにあった。

その時、トイレの窓は開いていて喫煙所で誰かがしている会話は良く聞こえた。

今思えばこのトイレの位置や窓が開いていたことさえ、全てが運命だった。


「ああ、もしもし。ワシだ、禍神だ。例の七つ子だがな、お前の言った情報の通りだったよ。さっき施設の方に行ってきたところだ。あのみすぼらしいババアめ、金をちらつかせたら目の色変えよってな。ガハハハハ、全く笑いが止まらんな。その七つ子をあの変態野郎に引き渡すだけで大金に変わるというんだ。全く、拗らせた金持ちの恐ろしいことよ!ガハハハハ……!」


背筋が凍るって、多分こういう時のことをいうんだろう。

理解を拒みたい感情を殺して、聞こえた文章を頭の中で反芻する。

詳細は分からないけど少なくとも間違いなく理解できるところが1つだけある。


この男はどこかの変態に私たちを売りつけるために身柄を狙ってる。敵だ。


◆◆◆


家に向かうバスの中で一人考え込む。


【ありさんのいえ】には身寄りのない子供が私たちを含めて30人。

誰もが育ち盛り。求められる食事の量は間違いなく普通の家庭の比ではない。

その食費や水道代が経営を圧迫する主因になっていることは想像に難くない。


その貧乏につけ込んでお金でどうにかしようだなんて人として最低。

まあ、人身売買を目論んでるような人なんだから元々最低なんだけど。


でもあの男の言葉の通り蟻沢(ありさわ)さんが私たちを売ったとは思えない。

そんなことする人じゃないのは何より私たちが良く知ってる。

まずは蟻沢さんとちゃんと話をするところからだ。


そもそも現実味がなくて信じてもらえないかもしれない。

信じようが信じまいが皆がどうにかできることじゃない。

だからこそ、七つ子の中で矢面に立つのは事を知れた私だけ。


私があの時失敗しなければこんな事態にはならなかった。

今起きているこの状況は私が発端なんだ。


全部、全部、私が守る。


私たちが帰宅した時、蟻沢さんはキッチンで夕食の準備をしていた。

「お帰りなさい。ご飯、もうちょっとでできるから待っててね。」

家中に今晩のおかずを想起させる香ばしい匂いが漂っている。

年少の女の子たちはカチャカチャと食器の準備中。


「蟻沢さん、ご飯の後でちょっとお話良い?できれば、二人だけで。」

「ああ、いいよ。丁度私も七つ子に話があるの。その後で良いかしら?」

私の言葉に蟻沢さんはいつものような眩しい笑顔で答える。


でも、ダメだ。その話の内容は多分、私の予想通り。

この話を姉妹(みんな)に聞かせる訳にはいかない。


「ううん、その話の前。絶対に、その話の前の方が良い。」

「よっぽど重要な話なのね?わかった。じゃあ、そうしようか。」


◆◆◆


蟻沢さんは私の話に驚きつつも最後まで真剣に聞いてくれた。

正直、内容が内容なだけに信じてもらえないかもと思っていたのだけど。

「ありがとう。私、とんでもない人を里親にしてしまうところだったわね。」

やはりあの男は里親の話を持ち掛けて来ていたらしい。間に合って良かった。


「この話、他にも誰か知ってる人はいるの?愛依ちゃんたちには話したの?」

蟻沢さんの2つの質問に私は首を横に振って否定してから答える。

「まだ話さない方が良いと思う。話したら騒ぎ出しそう。」


愛依ちゃん、春佳(はるか)ちゃんは基本的に秘密を黙っていられない性格。

内緒というのが出来ない。生来の性格的に向いていないんだと思う。

更に珠希(たまき)ちゃんも口が軽い。面白がって故意で漏らしたりする。

そういう意味では一番タチが悪いのは珠希ちゃんかもしれない。


果音(かのん)ちゃん、咲花(さきか)ちゃん、真子(まこ)ちゃんも正直この話を内緒にするとは思えない。

この3人の場合、よかれと思って誰か大人を頼って話をするような気がする。

それが信じられないだけならともかく、あの男に察知されたら終わりだ。

何か手を打たれたらそれこそ絶望的だ。


「この話、お願いだから誰にも話さないでほしい。」

私の発言に蟻沢さんは細い目を見開く。勿論、私は本気だ。

「見えるように動いたらダメ。手を打たれちゃう。」

蟻沢さんの丸く見開かれた目は見開かれたままだ。


「彼には間違いない立場がある。大きな権力がある。そんな人が通報1つや2つでオシャカになるような、そんな迂闊なマネをする訳ない。でも抗おうにも私たちはまだ証拠を持ってない。証拠を掴んで突き付けなきゃ勝てない。」


相手は世襲で成り上がった市議会議員。

禍神一族の恐ろしさは本物だ。

彼が白と言えば烏も白くなる。


あっという間に眼前に迫って来た余りに圧倒的な難敵。

子供の私が姉妹を守るためにできることは何だろう。

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