【凪乃断章・1話】「あの日」
◇◇◇
児童養護施設【ありさんのいえ】に住んでいるのは身寄りのない子供たち。
その中には昔から度々問題を起こして有名になったやんちゃな姉妹がいた。
彼女らは生まれる直前に父親を亡くし、生まれると同時に母親を亡くした。
故に彼女らは生まれてから学校以外の全ての時間をそこで過ごした。
人呼んで織姫七姉妹。世にも珍しき七人の一卵性多生児である。
それぞれ名を愛依、果音、咲花、珠希、凪乃、春佳、真子。
織姫七姉妹は周りの人に支えられながら健やかに成長していった。
この物語は彼女らが小学5年生になった年の7月末から始まる。
◇凪乃◇
「愛依ちゃんは……あ、いたいた!あそこにいる!」
私はコートの真ん中を指差した。赤いユニフォームに着替えた彼女は気合十分だ。
今日は我らが七姉妹の長女、愛依ちゃんのバレーの試合。
愛依ちゃん、バレーをやってる時はすごくカッコいいんだよ。皆知ってるけど。
愛依ちゃんはチームのエース。俊敏な動きと抉るような強烈なアタックが持ち味。
他所のチームは愛依ちゃんを警戒するし対策を練って来るけど、大体は通じない。
その日の試合はトーナメントの決勝戦。皆気合の入り方がいつもと違う。
それは選手たちだけじゃなくて観客だってそう。熱気が籠って蒸し熱いくらい。
今日はきっと盛り上がるんだろうな。この大舞台、愛依ちゃんには勝ってほしい。
ううん、きっと勝てるよ。だって愛依ちゃんが強いのは皆わかってるもの。
「流石に大勢いるわね。やっぱり注目の選手なのかしら、愛依って。」
「まあこの間インタビューも受けてたし、新聞にその記事も載ったじゃない?」
「これトイレ混むわよねー。今日は休憩時間まで待たない方が良いかしら。」
「アタシ双子速攻ってやつ見てみたいんだけど!!今日見れるかな!?」
「あんなの宮ツインズだけだから。テレビの見過ぎだから。」
今日の試合の相手は去年の優勝校。今年のエースは双子の水冴・颯利コンビ。
泣く子も黙る天下無双の天里姉妹。正直、力量差はほぼ互角なんだよね…。
どうなるかな。何だか緊張してきた。今日の試合は一瞬も見逃せないや。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるよ。今日は混みそうだしね。」
◆◆◆
トイレから出てきた私は観客席に戻ろうと急いでいた。
モタモタしていたら愛依ちゃんの試合が始まっちゃう。
その気持ちが災いして曲がり角から出てきた男の人を避けられずにぶつかる。
「きゃっ!ごめんなさい、急いでたから……。」
上下金色の派手派手なスーツを着た人だった。
その人は倒れなかったみたい。取り敢えず、良かった。
でもその人は凄く怖い表情で私を見下ろして怒鳴った。
「ええい、このクソガキ!スーツが汚れた!親を連れてこいっ!」
「ひっ!ご、ごめんなさい!許して……!」
私に凄むその姿に私は恐怖して尻もちをついてしまう。
どういう訳かその人はそんな私の顔をまじまじ見始めた。
まるでとても不思議なものを見ているような、そんな表情に変わる。
「うん?お前、織姫愛依か?こんな所で、こんな格好で何をしている?」
「い……いえ、違います…!私は愛依ちゃんじゃ、ないです…!」
何だか知らないけど急に怒りが収まった?とにかく早く解放してもらわなきゃ。
下手に刺激しないように正直に答えて、さっさと観客席まで戻ろう。
「姉妹か。年が離れているようには見えんな。天里姉妹のような、双子か?」
「あ、えーと……。私と愛依ちゃんと、他に5人います。私たち、七つ子です。」
私のその答えに彼は目を大きく見開いた。大体初めての人はそういう反応をする。
「ほー、七つ子……。」
彼は私の答えに大層驚いているようだった。ともあれ、怒りは収まった…かな?
「あ、えっと、すみませんでした!」
取り敢えずお辞儀をして謝って私は観客席に戻った。
試合は1セット目こそ天里姉妹のイリュージョン攻撃に蹂躙されてしまった。
でも2セット目は負けてたまるかと燃え上がった愛依ちゃんを筆頭に取り返した。
勝負の行方は3セット目で全て決まる。泣いても笑っても最後の1セットだ。
選手たちだけでなく観客席の全員が固唾を飲んだ。空気が張り詰めている。
「ねえ、あのおじさんさっきからずっとこっち見てない?試合じゃなくて…。」
「七つ子が珍しいからじゃない?実は私も視線が気になってはいるんだけど…。」
果音ちゃんと咲花ちゃんの会話が耳に入って来た。それが誰を差すかはわかる。
見てて目に悪そうな金を纏ったあの男の人だ。コートを挟んで向かい側にいる。
その格好は愛依ちゃんのプレイに負けないぐらい周囲の視線を集めている。
本人はそれを大して気にもしていないみたいだけど。
その彼はこちらを見てニヤニヤと笑っていた。視線の先にいるのは私たち。
どうして試合じゃなくてこっちを見ているのかはわからない。
確かに七つ子は珍しいけれど、それにしても見過ぎなくらい。
愛依ちゃんは苛烈な戦いの末に試合を制した。途端、会場は熱狂に包まれる。
その中で唯一私だけが、それを素直に喜べるような心境ではなかった。
何か引っかかったような感覚がずっと残っていたから。
あの人は気づいたら席から忽然と姿を消していた。
彼の名前が禍神福蔵だと知ったのはそれから間もなくしてのことだ。
ネットニュースにスキャンダル記事が出ていて、そこで写真を見て確信した。
その時は二度と会いたくないと願った。きっとその願いは叶うだろうとも思った。




