【44話】凪乃と裏切り者
◇凪乃◇
望まない再会は突然の事だった。
それも最悪のタイミングで、最悪の場所で。
裏を返せば最高とも取れるのかも知れないけど。
政治家・禍神福蔵。
私にとって因縁なんて言葉では表せないくらいの仇敵。
見間違えはしない。そのだらしない体格と悪趣味なスーツを。
逆にここまでわかりやすいと助かるくらい。
その禍神はこともあろうに豪徳寺君の病室から現れた。
瞬時に隠れて事なきを得たけど、その意味を考えると思考が止まる。
何を意味するのか、それがわかってしまうからこそ。
それを本気で否定したい自分がいるからこそ。
現実から目を背けている場合ではない。これは大変な事態なんだ。
何故かこの金閣町に禍神がいることも含めて、全てが。
よりによって繋がっているのが豪徳寺君だったということも。
ああ、終わった。
でも絶望はするな。そんなことは後でいくらでもできる。
最低で卑劣な裏切り者のことだってもうどうでも良い。
私がやらなきゃいけないことは何も変わってない。
敵の頭数が増えただけだ。状況は最悪だけど。
諸悪の根源はもう行ったらしい。戻っては来ないだろう。
さて、まさか内通を知られたとは気づかない裏切り者はどう反応するか。
◆◆◆
愛依ちゃんと裏切り者の会話を聞き流しながら状況を整理する。
常に最悪は想定するべきだ。だけどそれを仮定するなら現状は奇妙だ。
最後に会ったあの時から1年以上も経過している。
少なくともそこから今日ここに至るまで動きは何もなかった、と思う。
この裏切り者が私たちを出し抜く機会は今まで幾らでもあった。
にも関わらず、目の前のこの男はそれをしていない。
まさか禍神が私たちから興味を失ったなどということはあるまい。
それが証拠にあの男はここへ来ている。内通者と密会している。
この裏切り者は残酷にも私たちの隣人でもあるのだ。
加えて同級生でもあるのだから監視役としてはこの上ない。
では何故こうして私たちは今まで何も気付かずに日常生活を送れていたのか。
考えうるパターンはいくつかある。でもそれが知れたところで大した意味はない。
一番重要なことは恐らく明日すぐには最悪のシナリオにはならないという予測。
そうしたいなら既にそうなっているハズだ。そうなってない理由はわからない。
具体的な期限こそわからないが猶予はある。それは私たちにとっても朗報だ。
敵が知れた以上こちらにも策を練る時間が与えられたということだから。
「じゃあ私たちそろそろ帰るね。また来るから。」
そう言って愛依ちゃんが立った。もうそんな時間か。気づかなかった。
私もこのまま帰ろう。そうしよう。それが一番良い。
悟られたと感づかれない内に。
頭ではわかっているけれど。
ふと視界に入ってきたのは握りしめられた自分の拳。
それは今の自分の感情の形をしていた。
それだけが取り繕わない答えだった。
沸々と怒りがこみ上げて来た。
いいや、もっと正しく言えば既にそこにあった。
全てを理解したあの瞬間からずっと存在していた。
見ないふりをしていた。見たくなかった。否定したかった。
今ここで言うのは悪手だ。こちらが既に知っているとバラすことになるからだ。
わかっていてもどうしようもなかった。
それを叩きつけないという選択肢が私の中になかった。
「ごめん愛依ちゃん。下のロビーで待っててくれる?」
「……良いけど、どうしたの?」
「彼と二人で話がしたい。お願い。」
愛依ちゃんが部屋を出てそのまますぐの階段を下りていく。
すぐにわかることだ。先延ばしにするだけ無意味だ。
それでも今はこの残酷な事実を遠ざけたかった。
愛依ちゃんがこんな男に恋心を持っているだなんて。
彼が今まで演じていた表面通りの姿ならば応援できていたのに。
今まで持っていたそんな気持ちは全部消えて無くなってしまった。
「で、話って?」
この裏切り者は今どんな感情で私を見ているんだろう。
或いは、さっきまでどんな感情で愛依ちゃんと話していたんだろう。
いつか出し抜くつもりの相手を内心せせら笑いながら見下していたのかな。
そうはならない。そうはさせない。この私が、例え死んでも。
「この部屋から禍神福蔵が出て行くのを見た。」
狼狽えるか?逆上するか?それとも知らないフリができるか?
どんな言い訳をしようが全部詭弁だ。私は確かに見たんだ。
今まで何を思って私たちと接していたの?
果音ちゃんがこれを聞いたら絶望するんだろうな。
許されざる罪人。あなたはそれを踏み躙って何とも思わないの?
裏切り者は微妙な面持ちで思考した後、その口を開く。
「……それがどうかしたのか?」
彼はこともあろうに、開き直った。
それが当たり前ですと言わんばかりに。
そうだ、禍神も同じ状況ならこう答えるだろう。
同じなんだ。根本から腐り果てているんだ。
最早こいつらは人の精神性じゃないんだ。
人の形をした邪悪という概念なんだ。
気が付いた時には私の拳は裏切り者の枕元に振り下ろされていた。
今の自分は正常じゃない。何となくわかる。でもそれで良い。
この身を焦がす程の激情に全てを委ねてしまいたい。
怒りが、悲しみが、悔しさが、際限なく溢れ出す。
「嘘だったんだ……!全部……!全部……!この為だったんだ……!」
口から出たのは感情そのままの言葉。
叩きつけたのではなく零れ落ちた。失ったものへの落胆の形。
涙すら出る。私、本当にそれだけはないと思いたかったんだ。
それは余りにも呆気ない言葉で今、否定された。
「何の……!何の話なんだよ……!?」
裏切り者は急に狼狽え始める。私がこんな荒々しくなったのが意外?
ふざけるな。さっきの言葉、間違いなく聞いた。今更聞き間違いだと言うか?
それが通るとでも思うのか?今まで無理やりにそれを通してきたのか?
ふざけるな。ふざけるな。それを私が許す訳がない。
私たちの人生を狂わせ続けて来た悪党共め。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
クソ食らえ。
「ふざけるなああああああーっっっ!!!!!」
同じ場所にもう一度叩きつけた拳。今度は極めて意識的に。
ありったけの感情を乗せて。今の私の全部を乗せて。
「友達だと思ってたのに!味方だと思ってたのに!君だけは!なのに!」
さようなら、豪徳寺君。さようなら、裏切り者。思い出ごと、さようなら。
全ての恨みを詰め込んで決着をつけてやる。そんな遠い未来の事じゃない。
引きずり降ろしてやる。死ぬまで後悔しろ。這い蹲って死ね。
【45話】の前に凪乃視点の回想が全5回入ります。
その都合、次回5月24日は一挙6話更新になります。




