【43話】凪乃は目撃する
◇◇◇
「今度から下調べはちゃんとしておいてよ?」
「わかってるってば。うるさいなあ。」
珍しく苦言を呈する凪乃とそれに悪態をつく愛依。
二人は弥彦の病室へと続く廊下を並んで歩いていた。
凪乃が想定していた時間からは随分遅れている。
愛依はそれを把握してはいたが気にしてはいない。
「しかし来る度に思うけど遠いよね。」
「端っこだからね。」
長く緩やかなカーブの廊下。そろそろ病室が見えてくる頃だ。
それがようやく視界に入るか入らないかという時、その部屋の扉は急に開く。
「それでは今日はこれにて。どうぞご大事に。」
そう言い残して部屋を出たのは上下金のスーツの小太りの男である。
長身のサングラスの男が召使いのように男の為に扉を閉める。
凪乃は男の姿を見て反射的に愛依と共に物陰に隠れた。
愛依が騒がないように彼女の口を自身の手で塞ぎながら。
愛依はモゴモゴ言いながら暴れようとするも凪乃は一切意に介さない。
金のスーツの男たちは愛依と凪乃に気づくことなく病室前の階段を下りて行った。
凪乃はそれを確認すると愛依の口から手を離す。
「ぷはっ!何?何なの?」
「ごめんごめん。ちょっと怪しい奴だったから。」
困惑する愛依に凪乃は淡々と答えた。
愛依はその言葉を信じない。場所が場所なので突っ込みはしなかったが。
少なくとも十分信じられない程に凪乃の挙動や表情はおかしかった。
今まで欠片も見たことがない凪乃の表情がそこにあったのだ。
◇弥彦◇
愛依と凪乃が来たのは政治家・禍神福蔵が病室を出てからすぐの事だった。
彼女たちは真に俺のことを想って来てくれている。
それを思えば萎えた気も持ち直すというものだ。
「よう。悪いな、折角の土曜日なのに。」
「寧ろこういう時じゃないとゆっくりできないじゃん?」
そう言って笑う愛依はいつも通りの彼女だ。
そしてだからこそ浮き彫りになるのは隣の凪乃の様子。
俺を見るその表情は鋭く冷たい。明らかに普段と違う。
俺に向けられている感情は嫌悪や敵意という類のものだろう。
勿論その心当たりは何もない。
「凪乃、どうかしたのか?」
「別に。」
返ってきたのは素っ気ない返事。
少なくとも俺由来の不機嫌なのは間違いないらしい。
「凪乃、本当にさっきからどうしたの?あんたらしくもない。」
「別に。」
愛依の言葉に返すのも俺への返答と同じような素っ気ないもの。
さっきから、ということは俺と会う前から?
確かに入ってきた時からこんな調子なのはそうだが……。
だが、だとしたら益々わからない。一体何があったんだろう。
しかし俺由来なら俺が聞いても悪化させるような気がしている。
「まあいいや。豪徳寺君、今日お見舞い持って来たんだよ。」
愛依はそう言うと鞄の中から缶に入ったドリンクを取り出した。
『ウコン・ニンニク配合マムシドリンク』と記載されている。
その文字列を認識した途端に顔が引きつってしまう。
「……どういうチョイスなんだ、それは。」
「珠希がこれさえあれば元気が出るって。探すの苦労したんだよ?」
想像通りの名前が愛依の口から飛び出したことが嬉しいやら悲しいやら。
というか愛依も愛依だ。飲み物の名前から違和感を感じてほしかった。
◆◆◆
愛依と俺だけで話が進む。凪乃のことが気にならない訳ではない。
きっと愛依だってそう思ってるハズだ。
しかし凪乃の表情はそこから時間が経っても一切変化することはなかった。
気が付けば空はオレンジに染まっていた。すっかり夕方だ。
「じゃあ私たちそろそろ帰るね。また来るから。」
そう言って愛依が立ち上がるが、隣にいた凪乃は立ち上がらない。
「ごめん愛依ちゃん。下のロビーで待っててくれる?」
このタイミングで凪乃は今日初めてまともに言葉を発した。
しかし機嫌が直った訳ではないらしい。俺を見る視線は先程と変わらない。
「……良いけど、どうしたの?」
「彼と二人で話がしたい。お願い。」
愛依は凪乃の言葉を聞くと頷き、彼女の言葉通りに部屋を一人後にした。
方向音痴のハズだが地図は所々にあるしまさか迷うことはあるまい。
特に目的地がロビーなら道のりが複雑な訳でもないしな。
最悪そこらを歩いている人に聞けば辿り着けるだろうし。
「で、話って?」
まさか凪乃が進んで自分から話してくれるとは。
その為に愛依を遠ざけたのは聞かれたくない話なんだろうか。
凪乃の俺を見る目が一層鋭く冷たくなった。明らかに怒っている。
心当たりは何度思い返してもわからないが俺は身構えるしかない。
「この部屋から禍神福蔵が出て行くのを見た。」
「はい…?」
凪乃の言葉に俺の脳内はクエスチョンマークが溢れかえった。
どうして凪乃が禍神のことを知っているんだろう。確かに入れ違いだったが。
そして関係があったとして、どうしてそれを理由に俺に不機嫌になるんだろう。
「……それがどうかしたのか?」
本心からの正直な言葉だ。嘘偽りはない。そんな必要どこにもないからだ。
もっと言えば俺個人としてはもう二度と関わり合いたくない相手ですらある。
しかし俺の返答は何故か凪乃の逆鱗に触れたらしかった。
彼女はそれが返事と言わんばかりに寝ている俺の顔の真横に拳を振り落ろす。
ベッドがバフッと音を立てたが彼女の表情はそんな柔らかなものではなかった。
もはやその眼には俺に対する殺意さえ込められているように見えてしまう。
「嘘だったんだ……!全部……!全部……!この為だったんだ……!」
その言葉は俺に向けられてはいないように思えた。
喉の奥から絞り出したそれらの言葉と共に凪乃の目からは涙が流れ始める。
俺を見下ろし鋭く睨むその目から。
「何の……!何の話なんだよ……!?」
凪乃はとても悲しそうに泣いていた。しかし俺には一切理由がわからない。
凪乃の台詞も表情も感情も行為も涙も、その全ての理由がわからない。
今俺は目の前で泣く彼女を何も理解できていない。
だからこそ俺はそう言う他になかった。
答えは帰って来ないだろうと薄々思いながらも。
「ふざけるなああああああーっっっ!!!!!」
叫びながら凪乃はもう一度その拳を先程と同じようにベッドに叩きつける。
怒りと悲しみにまみれたその表情を俺は困惑しながら見上げることしかできない。
「友達だと思ってたのに!味方だと思ってたのに!君だけは!なのに!」
凪乃は怨嗟交じりにその言葉を俺に吐き捨て、逃げるように病室を去っていった。
次回5月17日の投稿です。




