【42話】病室への来訪者
◇弥彦◇
この病室には毎日様々な人が見舞いに来てくれる。
七つ子や蘭は勿論、茂布川や御霊石、担任の吉良星先生。
更には今まで七つ子抜きでは交流のなかった畳ヶ原や飛籐まで。
中にはメロンを食いに来ただけの珠希もいたが、まあそれはそれとして。
早いもので明日で入院から一週間。一日一日があっという間に過ぎていく。
以前までは入院はもっと退屈で一日が無駄に長かった。時間だけがあった。
それがこうも変化したのは見舞いに来てくれる皆のおかげだろう。
更に真子の貸してくれたゲームも退屈しのぎに一役買っている。
今日は誰か来てくれるだろうか。尤も、おもてなしこそできないが。
情けないかも知れないが少しソワソワと期待しながら過ごす夕方。
それにまるで答えてくれるかのように彼女たちは現れた。
今日の来客は果音と春佳だ。珍しい組み合わせかもな。
「よう、何度も来てくれてありがとうな。」
果音の来訪がこれで四度目。春佳は三度目になる。
「あなたのお見舞いだったらいつだって来てあげるわよ。」
「アタシだってこの間豪徳寺に助けられた身だしなー。」
「あれ?そうなの?」
春佳の言葉に果音が彼女を見る。
春佳が言っているのは一緒に出掛けた時の痴漢騒ぎの一件だろう。
あの日はあの日で色んなことがあった。今でも昨日のことのように思い出せる。
そういや蘭が持ってきてくれた着替えの中に猿のTシャツが入ってたな。
「言ってなかったっけ?豪徳寺が変態からアタシを助けてくれたこと。」
「聞いてないわよ。そういうことはちゃんと言いなさい。」
「まあまあ。俺は別にそんな大したことはしてねえよ。」
ムッとする果音をなだめるように声をかける。
俺はあの日、抵抗こそしたが呆気なくやられてしまったのだ。
「俺は何もできてない。あの時だって、それに今回だって……。」
大したことはしていない。何もできていない。
自分の言葉なのに重くのしかかって来る。
「もうちょっとちゃんと守ってやりたかったよ。もしなにか1つ違ったら……。」
「何も違わなかったじゃない。」
俺の言葉を果音が真正面から遮った。
「何も違わなかったじゃない。だから私は今ここにいる。そうでしょ?」
「豪徳寺って結構クヨクヨするんだな。」
果音の言葉に続くように春佳が笑う。
「アタシだってあの時豪徳寺がいなかったらって思うとゾッとするしさ。」
「豪徳寺君は私たちを助けてくれた。その事実だけで十分じゃない?」
果音のその言葉と共に俺に向けられるその微笑みは何だかとても眩しい。
それは俺の内にあるモヤモヤした鬱陶しいものを晴らしてくれる気がする。
「何だかそう言って貰えると救われるよ。ありがとうな。」
◆◆◆
その男の来訪は土曜日の午前中のことだった。
「どうも初めまして。豪徳寺弥彦さん、ですね?」
上下金のスーツという派手な出で立ちの小柄の太った中年男だ。
ここまで見た目から拝金主義をひけらかす者もそういるものではあるまい。
その半歩後ろにいる黒のスーツにサングラスを着用した長身の男は秘書だろうか。
「えーと、あなたは確か……。」
知り合いでこそないものの、俺はこの悪趣味な男を知らない訳ではなかった。
テレビか何かで複数回見たことがある。或いは国会中継などでも時々見る。
彼のトレードマークたる金のスーツは忘れたくても忘れられるものではない。
「禍神福蔵と申します。こちらは秘書の大鵺。どうぞ以後お見知り置きを。」
金のスーツの男、禍神は至極にこやかに俺に名刺を手渡す。
秘書の男、大鵺は禍神の言葉に合わせ頭を下げる。
それが俺と話をするために取り繕った姿勢だというのは何となくわかった。
そしてそこから何となくこの男の目的も窺い知れるというものだ。
今のうちに俺に恩だとか媚だとかいうものを売ろうというのだろう。
これまでも何度も同じような手合いを相手にしてきた。
それは悪いことではないのかもしれないが、俺個人としては気に入らない。
彼らにとって用事があるのは目の前の俺などでは断じてないからだ。
この先に俺が座る【豪徳寺】のポストから生まれる利益なのだ。
「……それで今日は態々病室までどのようなご用向きで?」
沸き上がる不機嫌は敢えて隠さずに表情や言い方に出す。
早く帰ってくれるならそちらの方が俺も清々する。
俺の言葉に禍神は眉をピクりと動かすがニヤついた笑顔は崩さなかった。
「滅相もございません。かの【豪徳寺】のご子息が悪名高き【狗虎會】におケガを負わせられたと耳に致しまして、私居ても立ってもいられずお見舞いに馳せ参じた次第でございます。私の愛するこの金閣町でこのような痛ましい事件が起きるとは、まるで身が引き裂かれる想いでございます。私にできることがあれば何なりとおっしゃってください。全力であなたの力にならせていただきます。」
矢継ぎ早に述べた台詞、そこはかとなく漂う嘘くささたるや。
よくもまあそんなに長く薄っぺらい言葉を並べられるものだ。
愛する金閣町?痛ましい事件?身が引き裂かれる想い?
そんなこと欠片もこの男の中にはないんだろうな。
「例えば金品、例えば人、或いは表沙汰にできないようなことまで…。恐縮ですが私なら貴方様のどんな望みも叶えることができると自負しております。政界では私を『福の神』だなどと持て囃す者もいるのですよ。」
ああ、鬱陶しい。こちらが何も言わないのを良いことにベラベラと……。
そんな言葉に俺が食いつくと思われているのが何よりも不快だ。
「……。」
「それに将来【豪徳寺】の社長になられるのであれば政界へのコネクション、即ち後ろ楯は必要になることでしょう。無論、私なら……」
「帰ってください。」
耐えかねた俺は遂に台詞を遮る形で言い放った。




