【40話】操る者・操られる者
◇◇◇
「自首ってどういうことじゃア!!納得できるかア!!」
警視庁第四課、鵜北照弘は車の中で声を荒げた。
「鵜北さん声でけェよ。車が揺れるから勘弁してくれって……。」
「ダメだ鷺南、ああいう時の鵜北さん周りの声聞こえてねェから。」
助手席の鳶西が後部座席の鵜北を尻目に溜息をつく。
強面に屈強な肉体を備えた男3人が乗る車が目指すは【狗虎會】の事務所である。
鵜北の車外にすら届く声は通行人を驚かせながら未だ電話越しに怒鳴っていた。
「しかし犯人が自首ねえ。これから捕まえようとしてた矢先に、か。」
「まあ相手はカタギ、それもよりによって豪徳寺のお坊ちゃんだしなあ。組の誰かに言われたんでしょう。」
鳶西の意味深長な言葉に鷺南は運転しながら彼なりに理由を推測する。
関東圏最大の反社会組織、【狗虎會】。
本来なら彼ら警視庁捜査第四課が最も相手にしなければならないものである。
しかし実際にはそんなことはなく、第四課の腰は重いと言われる始末だ。
事実、【狗虎會】関連の捜査は他の組織と比較しても明確に少ない。
何故【狗虎會】相手に第四課が鈍るのかは第四課の彼ら自身も知らない。
ただし彼ら自身に大方の予想は付いている。警察上層部の誰かの癒着である。
無論それは個人ではなく何人か。その中には政治家もいるだろう。
そしてその政治家がそのロクでもないグループの中心だろう。
そこまで推測できるものの、推測では動けない。
ましてや警察上層部の汚職であれば猶更である。
そんな彼ら第四課が何故この一件に限って関わることになったか。
それは警視総監、貝王川鳳凰に直接かかって来たある電話に由来していた。
「もしもし、あたしだよ。禄絵。突然かけちまって悪いね。いや何、ちょっと緊急で頼みたいことがあるんだ。」
名乗られた名前に貝王川警視総監は会議を抜け出さざるを得なかった。
相手は世界的大企業【豪徳寺ホールディングス】会長代理その人である。
そして何より彼にとっては足を向けて寝られない人でもあった。
警視総監直々の命とあってはどんなに重い腰でもふわりと浮かび上がる。
結果、鵜北たちは珍しく遥々この金閣町まで来ることになったということだ。
「しかし犯人が自首したとあっちゃあ、俺たちは何をしに行くんですかねえ。」
鷺南は笑いながら軽口を叩く。彼の言う通り、最大の目的は消えてしまっている。
「お前アホか。その体たらくで第四課がよく務まるな。」
後ろから不機嫌そうに話しかけて来たのは電話を終えたらしい鵜北だった。
「じゃあ俺たちが何をしに行くのか、教えてくださいよ。」
その言葉に鵜北はルームミラー越しに鷺南を睨みつける。
「やつらが自首したのは俺たちの動きに感づいたからだ。連中はさぞ予想外だったことだろうよ。で、もっとヤバい何かを隠すためにとっとと自首させて今回の件を幕切れにしようって腹だろうな。」
鵜北は慣れた手合い相手に経験で培ったベテランの推測を述べる。
「俺たちはあくまで今回の件の情報を操作する体でやつらに挑みつつ、あわよくばそのシッポまで掴んじまえれば良いって感じっすかね。」
鳶西は鵜北の言葉から的確に彼の意図を読み取り、導き出す。
「その通りだ鳶西。流石だな。」
「あ、見えてきましたよ。流石にでけェなあ。」
鷺南は前方右側に姿を現した巨大な門を指差した。
彼らの目的地、【狗虎會】の事務所である。
◆◆◆
某県某所オフィスビルの一角。そこは誰も知らない悪事の跡の集積地。
上下金のスーツという悪趣味な姿のその男はそのデスクで電話をしていた。
「わかった。苦労をかけるな。何かあったら連絡を頼む。」
彼は電話を切った途端に右拳を強くデスクに振り落とした。
「ええい、腹立たしい!」
「お気持ちお察しします、先生。」
男の怒声に頭を下げる長身のサングラスの男は彼の側近、大鵺である。
「それで、【狗虎會】は……?」
「問題はない。今のところは…だがな。しかし呆れ果てて開いた口が塞がらんわ。殴ったガキが偶然【豪徳寺】でした、だと?余計なことをしてワシの立場が危うくなったらどう責任を取るというのだ、あのゴロツキ風情が……!」
金のスーツの男はそう言うと躊躇なく絨毯に唾を吐き捨てる。
「結局はチンピラ、知能は畜生のそれと大差ないのでしょう。」
怒り狂う男に大鵺は冷静にフォローを入れる。これがこの男の存在意義だ。
「ところで先生、これは天が与えた機会と捉えることはできないでしょうか?」
突然に大鵺が発した奇妙な言葉に金のスーツの男は怪訝に眉をひそめる。
「つまり何だ?言ってみろ。」
「話はそう複雑なことではございません。それは……」
大鵺は自らの考えを金のスーツの男にプレゼンし始めた。
それを聞いた金のスーツの男は段々と脂ぎった笑みを強くする。
「ぐふふふふ、流石だな大鵺。では早速仕込みを始めるとするか!」
男の高まった笑い声がフロア中に響き渡る。
それを聞く者は彼ら以外には誰もいない。




