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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【38話】弥彦、入院

◇◇◇


弥彦(やひこ)の祖母、禄絵(ろくえ)はいそいそとリムジンに乗り込んだ。

傍らには秘書の経堂(きょうどう)瑠璃(るり)も引き連れて。

金閣(きんかく)市総合病院まで飛ばしな。」


「はいっ。」

若き運転手は元気な返事を返す。彼はあくまで運転手だ。

行先が予定と違おうとその理由を野暮に詮索するようなことはしない。

彼のそういうところが禄絵には大変に気に入られていた。


禄絵が突然に午後の予定を全てキャンセルして金閣市に戻るのには理由がある。

彼女のたった一人の孫、弥彦が暴漢に襲われて病院に運ばれたからだ。

それを知らせた(らん)によれば幸い命に別状はないとのことであるが。


「弥彦君、心配ですね。」

車内で瑠璃が零す。それに対して禄絵はフンと鼻を鳴らすだけだ。

リムジンは最短距離を正確に進む。しかし金閣市まではまだ遠い。

どうあっても2時間以上かかるのは免れないだろう。


咲花(さきか)


「あ、やっと来た。」

病院の駐車場に入って来た白の高級車。

窓からは私たちを見つけた愛依(あい)がこちらに手を振っている。

試合の観戦を楽しんでいたところを呼び出してしまったのは申し訳ない。


「で、豪徳寺(ごうとくじ)君は?大丈夫なの?」

車を降りるなり開口一番に飛び出す愛依の言葉。

彼女もきっと車の中で気が気じゃなかったんだろうな。

「蘭からは命に別状はないって。」

尤も、それは最低限を保証する言葉でしかない。


畳ヶ原(たたみがはら)さんも、ごめんね。ありがとう。」

愛依と春佳(はるか)をここまで送ってくれたのは畳ヶ原さんだ。

彼女だってコート上の飛籐(とびとう)さんを見ていたかっただろうに。


「こんなん当たり前や。二人にとっては一大事やもんな。」

畳ヶ原さんはそう言って首を横に振ると再び車に乗り込む。

「豪徳寺君、良くなるとええな。何かあったらまた連絡してな。」

彼女の乗った車が駐車場を出ていく。きっと体育館に戻るのだろう。

飛籐さんにも悪いことしちゃったかな。


「早く豪徳寺んトコ行こうぜ!なあ、咲花ぁ!」

春佳も落ち着いていられない様子だった。

彼女は豪徳寺君に痴漢から守ってもらったことがあるらしい。

そんな経験があるからこそ、今回のことは一段と響いているだろう。

「落ち着きなさい、春佳。私たちだって気持ちは同じよ。」


「おーい!」

「あ、蘭嬢でありますよ。」

蘭の声が聞こえ、全員がそちらを向いた。

病院の入り口からこちらに手を振っている。


◆◆◆


どうやら私たちの到着とほぼ同時に彼の手術は終わったらしい。

でも面会はできなかった。仕方ないことではあるけれど。

その当然を当然と納得できない自分がいる。


「ごめん、確認しとくべきだった。無駄足踏ませたね。」

「ううん、謝らないで。焦ってたのは私たちも同じだから。」

多分蘭も私と同じ。同じどころか、多分もっと悔しいと思う。


打ちひしがれ立ち尽くす私に珠希(たまき)が話しかけてくる。

「……咲花、とにかく現状を朧井さんに連絡しましょう?」

「そう……だね。」


◇朧井◇


「わかりました。ご連絡ありがとうございます。はい、それでは。……ふぅーっ。」

被害者の妹、咲花さんからの電話を切ってから大きな溜め息をつく。

あらましが複雑な事件ではないが、解決までは時間がかかる予感。

何せ加害者に関する情報が何もない。目撃者も現れないだろう。


「おう、朧井。お疲れちゃん。」


「きゃっ!」

挨拶と同時に背後から不意に冷えた缶を頬に付けられ、毎度の如く驚いてしまう。

この交番で私にそんなことをするのはただ一人だけだ。

「先輩、それやめてくださいってば。」


「コミュニケーションだよ、コミュニケーション。」

先輩はそう言ってふざけて笑いながらコトッと缶コーヒーを置いた。

買ってきたばかりなのか冷えているが、個人的には温かい方が良かった。

「もうっ!それのどこがコミュニケーションなんですか!?」


「しかし転属早々に【狗虎會(いぬとらかい)】案件とはお前もツイてないよなあ。」

怒る私を無視して先輩は自分のデスクで缶コーヒーを飲む。

自分で飲む分はちゃっかり温かいものを買って来たらしい。


「しかしガイシャの男が見つからねえのは、やっぱ攫われちまったのかねえ。」

「よくもそんな恐ろしいことを軽々しく口にできますね。」

転属してまだ半月、私は金閣町の空気に未だ慣れない。


「そりゃお前、この町の不良の話でそんなのはしょっちゅうよ。」


完全に毒されてしまった先輩の話を聞く度に思う。

私はこうはなりたくないし、ならない。


「その彼ですが、先ほど救急車で搬送されたそうです。命に別状はないそうで。」

「へえ、幸運だな。」


先輩の口調は興味のなさをよく表していた。

この事件に対して欠片も心配していない。

またも溜め息を付き、前に向き直る。


それを狙い済ましていたかのように携帯が鳴った。


「はい、朧井ですが。」

「あ、もしもしリサちゃん?あたしだけど。」

電話を掛けてきたのは警視庁勤務の同期、白吹(しろふき)(かえで)だった。


「何?今ちょっと忙しいんだけど。」

「聞いたよ。凶悪な障害事件でしょ?第四課の人たちが騒いでたもん。」


「…は?」


裏返って素っ頓狂な声が出た。

捜査第四課、それは暴力団事犯捜査を専門に行う課だ。

つまり上は今回の事件が【狗虎會】関連だと判断したのである。

まだ報告書の1枚すら上げていない今の段階で。


私は【狗虎會】の関連が疑われる事案に対して第四課が動いた例を知らない。

【狗虎會】という単語を聞くとお偉いさま方は揃って及び腰になってしまう。

全く奇妙な話だ。そんな第四課がこんな迅速に事に当たるだなんて。

そもそも今回の事件を今の段階で知る人間は多くないハズだ。

一体何がどうしてこうなったのか見当もつかない。


「先輩、今回の事件に際して第四課の人たちが動き始めたそうです。」


「へえ、あの第四課がねえ……。……はあ?」

私の言葉に先輩は如何にもマヌケという言葉が似合いそうな表情を浮かべた。

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