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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【35話】果音、帰宅

咲花(さきか)


家で一人参考書と向き合う時間や暗記に打ち込む時間。

好き嫌いで語る人は多いけれど、好き嫌いで語るべきではない。

だってそれって学生としては至極当たり前のことでしょう?


因みに好き嫌いで語るべきではない、なんて言いながら私は結構好き。

だって新しい知識を身に付けることって楽しいことだもの。

寧ろ皆がそう思ってないことが不思議に感じるくらい。


今日は少なくとも果音(かのん)が帰ってくるまではそうしていられる。

尤も、時計を見る限りでは多分もうすぐ帰ってくるだろうけど。


「う~~~んっ……!」

一段落したところで伸びをする。

大体この辺りまでが中間テストの範囲。

だから後は繰り返して自分の物にするだけ。


ポケットの中のスマホは正にその時、タイミングよく鳴った。

取り出して画面を見るとそこには意外な名前がある。

珠希(たまき)から?珍しいわね……。」


何か面倒くさいことに巻き込まれるような気がする。

あの子が態々電話してくるってことは、多分そう。

もしかしたら午後の勉強の時間は潰れるかも。

溜め息を付きながら私は通話ボタンを押す。


「もしもし咲花?今家にいるわよね?」


「いるけど、どうかしたの?」

珠希の口調に何か違和感を感じる。


「ううん、わかった。じゃあ、今から果音と一緒に帰るから。」


「どういうこと?ちょっと、珠希?」

問い返すも空しく、既に電話は切れていた。

そもそも果音と一緒に、というのは奇妙だ。

だって果音は今日豪徳寺(ごうとくじ)君と金物屋に行っているハズだもの。


珠希は態々今から帰宅することを電話してくるようなマメなタイプじゃない。

それといつになく真面目な口調。加えて果音と一緒にいるらしいという状況。

段々と大きくなる胸騒ぎ。この悪い予感は多分、的中している。


何か深刻なトラブルがあったに違いない。


◆◆◆


それからしばらくして果音と珠希が帰って来た。

果音は泣きじゃくり、それを珠希が慰めながら歩いてきたようだった。

もう一つ妙だったのは2人に付き添いとして婦人警官が付いてきたことだった。


「えっと、どういうこと?」


「はじめまして、私は朧井(おぼろい)と言います。あなたが咲花さんですね?」

「ええ、まあ……。」


朧井と名乗るは背の小さな彼女。見た目からしてまだ20代前半かな?

よく通る声とキリッとした表情や姿勢は制服も併せて凛々しい印象を与える。

尤も、どうしてこの二人に婦人警官がくっついてきたのかはわからない。

本来ならここにいるべき()がいないのも引っかかる。


私は状況を飲み込めないまま取り敢えず彼女を家に上げることにした。

果音は終始泣き止むような様子はなく、珠希も暗い表情をしている。

どうも私の想像が及ばない何かが起こったのは間違いないみたい。


「今回の事件について、ご家族の方々に説明しなければと思いまして。」

朧井さんは座るなり私をまっすぐな目で見ながら話を切り出した。

「事件……!?」


「こちらにいる果音さんが路上で三名の暴漢に襲われました。」

彼女のその衝撃的すぎる言葉に私は思わず言葉を失ってしまった。

「その暴漢の行方については現在パトロール中の警官が捜索中です。」


「だ、大丈夫なの!?」

大きな声が出た。果音は未だ泣きじゃくるばかりで見るからに大丈夫ではない。


答えられそうにない果音の代わりに朧井さんが答える。

「彼女自身に怪我はありません。ただ……」

朧井さんはそこまで言って目を伏せた。


「豪徳寺君が……!!豪徳寺君が……!!」

果音は泣きながら今ここにいない彼の名前を口にした。


「身を挺して果音さんを逃がしたという彼の行方も現在わかっておりません。」

「……!?」


「その彼の行方も含め、警察はこの事件の捜査を進めます。ただし暴漢が捕まっていない現状、外出については危険であると言わざるを得ません。どうか身柄を確保するまで外出はお控えいただくと共に、このことを家族の方々に共有いただきたくよろしくお願い申し上げます。」

朧井さんはそう言って丁寧に頭を下げる。


「はい、わかりました…。」

私にできるのは返事を返すことぐらいだった。

「それから、どうか今日は果音さんと一緒にいてあげてください。」

「……はい。」


(らん)


買い物の最中、私は凪乃(なぎの)真子(まこ)、それと御霊石(みたまいし)さんに出会った。

少し買い物しすぎてしまったので荷物を持ってもらえてありがたい。

「助かったよ。ちょっと荷物が多くて大変だったんだよね。」

「ううん、大したことじゃないから。」


商店街のあちこちを回りながら買い物を続ける。

付き合わせちゃって何だか申し訳ない。

「随分と買うじゃん。それ、全部使うの?」

「うん。彼、私の料理喜んでくれるから。」

真子の質問に笑いながら答える。


豪徳寺君の家の家事手伝いになって一週間。

彼は私の料理を好き嫌いせずに何でもよく食べてくれる。

その食べっぷりに思わずこっちも張り切りたくなっちゃう。


少しずつだけど彼の好みも把握してきたような気がする。

これからも彼に美味しく食べてもらえる料理を作りたい。


「蘭嬢はすっかり豪徳寺殿の胃袋を手中に収めているのでありますな。ゆくゆくは未来の奥方様ですかな?」

「あはは、まさか。そんなんじゃないって。」

正直、そんな妄想を全くしていないことはないのだけれど。

でも流石に彼の人生をかけてまで私の世話をしてもらう訳にはいかないよね。

彼には彼の人生があるんだもの。私は私の人生を歩むべき。


他愛もない話をしながら買い物は無事に終わった。

ついつい商店街の奥の方まで来ちゃったみたい。

このままだとお昼ご飯の支度が遅れちゃう。

彼、絶対に楽しみにしてくれてるんだから早く帰らなきゃ。


「ねえ、なんだろう。あれ。」

商店街を歩いている最中、凪乃が指を差した。

その先には妙な人だかりができている。

物々しい雰囲気だ。


「え……。」


その群衆の隙間から今朝見たような服が見えた気がした。

それが何か理解した瞬間、今まで出したことのないような低い声が出た。

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