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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【34話】走れ果音

果音(かのん)


「な……何!?」

突然現れたバイクに跨った怖そうな3人組。

彼らはいやらしい笑みを浮かべて私と豪徳寺(ごうとくじ)君を見る。

私は思わず豪徳寺君にしがみついてしまう。


「おいそこのお前、痛ェ思いしたくなきゃ女と有り金全部置いてけよ。」

「そこの姉ちゃんよう、そんなフニャチン野郎より俺たちと遊ばなーい?」

「俺たちみてーな強い男の方が良いだろ?そんなカスなんかよりさぁ。」


彼らは次々に下心に満ち溢れた下品な台詞を恥じらいもせずに吐いた。

無論、それを嫌ですと言って大人しく逃がしてくれるとも思えない。

3人は私たちを囲み、追い詰めようとしている。

怖くて震えが止まらない。


「俺のそばを離れるなよ、果音。」


豪徳寺君が私に目配せしながら呟いた。

こんな状況下でも私のことを考えてくれている。

常々思っていたことだけれど、今この瞬間に改めて強く感じる。

彼は優しい人。どこまでも優しい人。


私は震えてしまって声も出せない。彼のその言葉に頷くのがやっとだった。


状況は変わらない。彼らは詰め寄って来る。

果てには遂に私たちは追い詰められてしまった。

すぐ真後ろにはブロック塀がある。どこにも逃げ場はない。


「どうして……?」

思わず感情が口から出た。答えてくれる人はいない。

一体どうすればこの状況を切り抜けられるの?

神様お願い、私と豪徳寺君をここから逃がして。


「オラオラどうしたァ?早く財布と女を渡せよォ!」

「そんな雑魚さっさと限ってこっちに来なよぉ~~!」

「オンナの悦びっての、俺たちがたっぷりと教えてやっからよー!」


3人は揃って品性のない表情で品性のない言葉を並べる。

絶対に嫌。誰があんたたちの相手なんてするもんですか。

…なんて、責めて言い返せる強さがあったら良かったのに。

今の私は豪徳寺君にしがみついてるだけ。それしかできない。

私は文字通り豪徳寺君の足手纏いにしかなってない。


「果音、ちょっと聞いてくれ。」

豪徳寺君が小さな声で呟いた。

3人組に聞こえないような、とても小さな声で。


「俺が一瞬隙を作る。そしたら商店街まで全力で走れ。」


「え……!?」

彼の言葉の意味が理解できなかった。いいや、理解したくなかった。

一緒に逃げようって、そう言いたかった。でもその言葉が出ない。

彼の言葉を聞いて理解してしまった自分が恨めしかった。

この三人を相手に二人一緒では逃げられないことに。


「頼むぜ。お前に何かあったら七姉妹(あいつら)に合わす顔がねえんだからよ。」

そう言って彼はニッと笑ってみせた。

……バカじゃないの、偉そうに。


どうしてそんな決断を軽々しくできるの?

自分が逃げようとは思わないの?

この状況が怖くないの?


私の返事を待たずに彼は背負っていたリュックを3人の内の1人に投げつけた。

さっき金物屋で買ったばかりの鍋が入っているリュックだ。

鍋が入ってるなんて思わなかったみたい。

男は派手によろめいてバイクごと転んだ。


「走れ果音!振り返るな!」


言うが早いか、私が走るが早いか、ともあれ私は駆け出していた。

彼をこの場に置いていくことが心苦しくて堪らない。

でも彼が作ってくれたこの機会を無駄にすることはできない。


すぐに後ろで音がした。でも振り返らない。振り返れない。


「舐めた真似を……!」

物音の後にチンピラの怒気が籠った声が聞こえた。でも振り返れない。

今から何が始まるのか、豪徳寺君がこれからどうするのか。

その結果、きっと待ち受けている結果は……。


わかってる。振り返ったら足を止めてしまう。だからこそ振り返れない。

こらえていた涙が感情と一緒についに流れ出してきた。止められない。

それでも足を止めちゃいけない。泣きながらでも走らなきゃいけない。

走れ。走れ。走れ。走れ。走れ。ひたすら走れ。ひたすら逃げろ。


「待てェー!」

その声とバイクが向かってくる音が背後からして背筋が凍った。

追い付かれる。猶予はない。私は咄嗟に脇道に入り込む。

そこからジグザグに逃げる。出鱈目に逃げる。

足は止めない。ひた走る。


どこでもいい。とにかく追い付かれないところまで。

まずは人目のある場所へ。それから屋内へ。

少しでも遠くへ。少しでも前へ。より先へ。


◆◆◆


「はぁ……はぁ……はぁ……」

一目散に走って、いつの間にか私は商店街についていた。

人の数に紛れることができる。ここなら人の目がある。

いつの間にか涙も乾いている。誰かに助けを求めなくちゃ。


つい先週も来たばかりの『ビッグモール』入り口横のベンチ。

ここなら見つかることもないだろう。私は震える手でスマホを取り出す。


豪徳寺君の姿が脳裏を過る。

乾いたハズの涙がまた頬を伝ったのがわかった。

でも泣いてなんかいられない。事は一刻を争う。

その時、後ろから不意に声をかけられる。


「果音?あんた、こんなところで何してんの?」

声の主は珠希(たまき)だった。

「珠希……!?珠希……!!」


どうしてだろう。こらえていた涙がまたも溢れだす。

「助けて!豪徳寺君が……!豪徳寺君が!豪徳寺君がぁっ!」

「何かあったの?一回落ち着きなさいよ。泣いてちゃわからないわ。」

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