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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【33話】獅子奮迅

弥彦(やひこ)


俺と果音(かのん)が帰路を歩き出してから間もなくのことだ。

突然バイクに乗った3人のチンピラが現れ周囲を囲まれた。

それぞれ1本ずつの鉄パイプを携えている。間違いなく武器だろう。


「おいそこのお前、痛ェ思いしたくなきゃ女と有り金全部置いてけよ。」

「そこの姉ちゃんよう、そんなフニャチン野郎より俺たちと遊ばなーい?」

「俺たちみてーな強い男の方が良いだろ?そんなカスなんかよりさぁ。」


好き好きに言いながらじりじりと俺たちを追い詰めようとする3人組。

果音は怖がって俺に縋りつき震えている。

「俺のそばを離れるなよ、果音。」

果音は不安そうな顔をしながらも頷く。


どうにかして果音をここから逃がしたい。

それをどう成し得るかは必死で考えるしかない。

時間の余裕はない。隙を見せたら殴りかかって来るだろう。


追い詰められ、またしても半歩後ろに下がる。

遂には背負ったリュックがブロック塀とぶつかった。

中に入った鍋がガチャッと音を立てた。

背は完全に壁。もうどこにも逃げ場はない。


鍋のことを思い出した時、1つだけアイデアが脳裏を過った。

それが効果的かどうか吟味している時間はない。

使えるものは片っ端から使うだけだ。

でなければこれを切り抜けられない。


「どうして……?」

果音は今にも泣きそうだ。

女子にこんな顔をさせるなんてロクな奴らじゃないな。

尤も、そんなこと見ればわかるか。


「オラオラどうしたァ?早く財布と女を渡せよォ!」

「そんな雑魚さっさと見限ってこっちに来なよぉ~~!」

「オンナの悦びっての、俺たちがたっぷりと教えてやっからよー!」


「果音、ちょっと聞いてくれ。」

武器をアスファルトで打ち鳴らすチンピラ達に聞こえないように呼び掛ける。

彼女は俺の方を見た。小さな声だったが気づいてくれたらしい。


「俺が一瞬隙を作る。そしたら商店街まで全力で走れ。」


「……!?」

果音が目を見開いた。言いたいことはわかってる。

でも無理なんだ。俺の力じゃその程度のことが精いっぱいだ。

「頼むぜ。お前に何かあったら七姉妹(あいつら)に合わす顔がねえんだからよ。」


「おいお前さっきから何をコソコソ喋ってんだぁ?」

「お別れはできたか~?ちゃあんとサヨウナラってなぁー?」

「ついでにこの世にもサヨウナラって言っとけよなぁ~?」


俺は背負っていたリュックを手に持ち変える。

「ほれほれ、早く財布を出せよ。」

こいつら完全に勝ち誇ってるな。

でも思い通りになんてさせてたまるかよ。


俺は持っていたリュックを3人のチンピラの1人に投げつけた。

この1人さえいなくなれば少なくとも商店街までの道はできる。


そのチンピラはリュックを避けようともしなかった。

その必要がないと思ったのだろう。中に何が入っているか知らないのだから。

ガン!という鈍い音と共にその男がよろける。片手に武器、バイクに跨ったまま。

そんな状態でバランスを崩せばどうなるか。自ずと答えは1つだ。


「てめっ……!」

不意を突かれたチンピラ達。だがもう遅い。


「走れ果音!振り返るな!」


果音は俺の言葉通り、一目散に駆け出す。

俺の意図に気づいた2人が慌てて追おうとするも1人目のこけたバイクに躓く。

2人目が躓いたのを3人目が避け、立て直して追いかけようとする。

俺は1人目に殴られる直前にスマホをその男に投げつける。

上手く目の前を掠め一瞬だが怯ませることができたようだ。

「舐めた真似を……!」


3人の怒りが揃って俺の方を向いた。これで良い。

「もう謝っても遅えぞ……!」

「たっぷり懲らしめてやる……。おい、お前は追え!」

「おっけ。そいつ、後で俺にもやらせてくれよ。」


再び3人目がバイクに跨り果音の逃げた方向へ行く。

流石にそれを止める手段は俺にはなかった。

これでもし捕まってたらやりきれない。

俺の稼いだ数秒が活きてくれることを願うばかりだ。


◇◇◇


弥彦を叩き潰すべく残った2人は間もなくして彼の秘めたる異常性に触れた。


「何なんだ、お前……!!」

「バカな……もう立って動ける体力なんかねえハズだろ……!?」


腕っぷしが強い訳じゃない。寧ろ見たまんま弱いとまで言える。

パワーもテクニックもない、こういう喧嘩には慣れていないズブの素人だ。

それを怒りのままに叩き潰し、その表情は面影が残らない程に腫れ上がった。

頭や顔の至る部分から噴き出す血で真っ赤に染まり、元が誰か判別も付かない程。


普通ならとっくに意識なんて残っていないだろう。

或いは残っていたとして立ち上がってくることはないだろう。

しかし弥彦は、この男は、よろめく足で何度も立ち上がり続けた。

幾度となく殴られ地を這わされようとも、それが弥彦の心を折ることはなかった。


チンピラ2人の攻撃が全く効いていないなどということではない。

ちゃんと効いている。寧ろ虫の息だ。弥彦は既に喋るような余裕もない。

だが荒い呼吸はそれが弥彦の駆動音と言わんばかりにチンピラ2人の耳に届く。


「フー……!フー……!フー……!フー……!フー……!」


実際、弥彦には体力などというものは欠片も残っていなかった。

赤い視界は度々に歪み、殴られた全身の箇所は痛みという悲鳴を上げる。

しかしその全てを怒りと気迫が凌駕していた。だから弥彦は立ち上がれるのだ。

意識さえ既に曖昧だ。今の弥彦を動かすものは果音を守りたいという執念だけだ。


「こいつ、バケモンかよ……!」

「只者じゃねえ……!何でまだ立てるんだ……!」


血に染まる化け物は何度倒れようとも立ち上がり続ける。その眼光は消えない。

そしてそれが立ち上がる度に相対する男2人の内には恐怖心が顔を出し始めた。

彼らは目の前の既にボロ雑巾も同然の弥彦を得体の知れないものと認知していた。


既に何度殴ったかわからない。この男が何度倒れたのかも数えていない。

しかし立ち上がる目の前の男が示すは、それが異形たる証左である。

そんなものの前では女への下心の火はとうに消えていた。


「フー……!フー……!フー……!フー……!フー……!」


目の前の男は限界を超えている。

しかし二度や三度と倒したくらいではきっと立ち上がって来る。

弥彦の立ち姿は2人のチンピラにそれを確信させるには十分なものだった。

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