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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【32話】果音とコーヒーブレイク

弥彦(やひこ)


「悪いわね。折角の休みに付き合わせちゃって。」

「全然構わないさ。」


俺と果音(かのん)がやってきたのは金閣(きんかく)町の外れ。目的地は金物屋、目当ては鍋。

鍋程度なら中央商店街でも揃いそうなものだが、実は今だけはそうもいかない。

何せ本来そういうものを扱う店が入っていた『ビッグモール』別館は改装中だ。

それに8人暮らしに耐えうる大きさとなればそこらの安物ではダメなのだ。


そこで今回、果音の目的に合致したものがありそうな金物屋へとやって来た訳だ。

土地勘のある俺は道案内役であり、男手ということで荷物持ちも兼ねている。


金物屋に入って鍋を探し始めてから約5分。目当てはすんなり見つかったようだ。

ステンレス製の底の深い大きめの鍋が3つ。煮込み料理などに重宝しそうだ。

「これ、そのリュックの中にちゃんと入るわよね?」

「鍋は入れたことないからな。まあ、問題ないとは思うが……。」


俺と果音の頭の中をうっすら過った不安に反して鍋は全て無事に収まった。

家にある中で一番大きいリュックサックを持ってきて良かった。

大きくて量のある荷物も背負えばほとんど苦にならない。


「ねえ、途中にあったカフェでお茶していかない?今日のお礼に奢るから。」

「お、悪いな。じゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ。さんきゅ。」


◆◆◆


湯気の立つコーヒーにシロップを掻き混ぜる果音は何やら晴れない顔をしていた。

それも俺をまじまじと見ながら。特にそんな妙なことに心当たりはないのだが。

「……どうかしたか?」


「まだ出会って半月なのにね、私たち君にお世話になりっぱなしだなって。」

「なんだ、そんなことか。こんなこと世話した内に入らねえよ。」

果音の口から出た言葉に俺は笑いながら返す。何も大したことはしていない。


しかし言われてみれば確かに出会ってから2週間しか経っていないんだな。

その間には色々なことがあった。色々なんて言葉では形容しきれない程に。


「そういや出会った日には思いっきり睨まれたっけな。」

「あれは忘れてよ!謝るから!本当、誤解だったんだってば!」

笑いながらからかうと果音が焦り出す。ちょっと意地悪だったかな。


「『ビッグモール』で愛依(あい)を探してもらったりもしたわよね。」

「あったな、そんなこと。でもその後の(らん)のことは寧ろ世話になった側だしな。」

「懐かしんでるみたいだけど、まだ先週の話よ?」

果音の言葉に俺はそれもそうだと笑う。


もっと昔の事のように思えるけど、まだ先週の話なんだな。

出会ってからここまで随分と濃い時間を過ごさせてもらったものだ。


「本当、君がそばにいてくれるだけでこんなに心強いことはないわ。」

「俺はそんなガラじゃないさ。自分にできることをやってるだけだよ。」

果音の改まった言葉につい照れてしまう。過剰評価も甚だしい。


でもそうやって言って貰えることは素直に嬉しいことだ。

近くにいて袖の触れ合う程度には縁もある。

だったら俺のできることはしてやりたい。


それからもコーヒーと小さなパフェを前に他愛もない話が続いていた。


愛依の方向音痴や春佳(はるか)のやんちゃに振り回されること。

畳ヶ原(たたみがはら)飛籐(とびとう)御霊石(みたまいし)茂布川(もぶかわ)を始めとした個性の強烈なクラスメイト達のこと。

咲花(さきか)が誰かと揉めたとか、愛依と御霊石のいつもの喧嘩とか。

学校での日常は七姉妹のお陰で退屈しないものだ。


それと、いい加減に意識の外にはしておけない中間テストのこと。

まだ一ヶ月の猶予はあるが、逆に言えばもう猶予は一ヶ月しかない。

それから高校生としては待ち遠しい、先々に控えるあれやこれや。

秋には文化祭があるし2年生になったら修学旅行も待っている。


どちらも先の話だが、高校生になったばかりの俺たちには輝いて見えるものだ。

溢れる期待についつい話は弾んで花が咲いてしまう。

それこそ、流れている時間を忘れてしまうくらいには。


「あ、いけない。もうこんな時間なのね。そろそろ帰らなきゃ。」

果音がスマホの画面に映る時刻を見て我に返る。

俺もつられて腕時計を見、そしてその時間に驚いた。

多少の一休みのつもりが気が付けば1時間をとうに過ぎていたのだから。


カフェの代金は彼女の宣言通り果音が払ってくれた。

こういうのは男が奢るべきみたいな話を聞いたことがある。

一応提案してみたものの、果音には笑って断られた。

果音が礼でそうしたいというのだから甘んじて受け取っておく。

きっとそれが正解だ。今度は何かの拍子に俺がお返ししてやろう。


金閣町でもここまで来れば流石の土曜日の昼下がりでも人通りは少ない。

中央商店街が夜遅くまで賑わい続けることを思えば衝撃的な温度差だ。

こっちは夜に一人で出歩くには心細い。実のところ治安も良くない。

商店街とは大して離れてないどころか、この道をまっすぐ行くだけなのにな。


◇◇◇


金閣町の寂れた区画を後にしようとする弥彦と果音を物陰から見る者らがいた。

「なあおい、見てたかよ?あの女、すっげー上玉だぜ?」

「バカ、俺が見逃すかよ。出るとこ出ててくびれもキュッとしててな、ありゃさぞ締まりも良いんだろうぜ。見ててムラムラしてきやがる。」

「最近中央商店街の方でべらぼうな美人の噂を聞くが、もしかして今の娘か?」


彼らの下品な視線と会話に果音当人は気付く由もない。


「……なあ、()っちまおうぜ。」

「騒ぎ起こすと兄ィに怒られねえか?」

「んなもん女渡したらいくらでも許してくれんだろ。」


3人の視線は果音の背後を捉えている。


「ちょっくら武器持って来いよ。見た感じ男はヒョロいし、敵じゃねェ。」

「あんなイイ女パコれんの久しぶりだな。やっべ、興奮してきた。」

「さっさとパクッて適当なとこ連れ込むぞ。」

2024年6月22日 以下のように記述を訂正


それからもコーヒー小さなケーキを前に他愛もない話が続いていた。

それからもコーヒーと小さなパフェを前に他愛もない話が続いていた。

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