【31話】金閣町に潜む闇
◇黒鷹◇
あの忌々しい女に似た生意気な娘が大金に化けた。
この金があれば借金を返すどころか事業の再建までできる。
一見使いようにならない物でもこうやって役に立つことがあるのだ。
これで蟇堂のクソオヤジに青い顔で泡を吹かせてやることができそうだ。
「くく、くくく……!」
期待に思わず笑みが零れる。
掠め取られた全てを奪い返す時が来たのだ。
嬉しくて仕方がない。俺はもう一度ここから返り咲いてやるんだ。
思わず車のスピードが上がる。
取引がスムーズに済んだこともあり予想より早く家に帰れそうだ。
深夜の道路が空いているのは当たり前のことだが、今はそれさえ喜ばしい。
まるで俺が通る為に歓迎しているかのような、そんな錯覚をも覚えてしまう。
すっかり浮かれていた気分は家を前に急に落ち着いた。
「あいつらは……。」
見知った顔、それもできることなら会いたくない顔が家の前にいたからだ。
用事は借りた金のことだろうが、しかし返済まではまだ時間があるはずだ。
今手元の金で返済することはできるが、それには必要以上の額がありすぎる。
所詮こいつらは反社会組織。ろくでもない奴らだ。
大金があるとわかれば足元を見てくるに違いない。
今ここで返済できるなら関係も切れて好都合なのは間違いない。
だが今、俺の勘は不穏な何かを感じ取っている。
ここで金の存在を匂わせるべきではない。
こいつらは明らかに俺を待っていた。
だが取引のことはどこの誰にも言っていない。
こいつらは今ここに金があることを知らない。
「待ってたのか。金は期日までに必ず払う、そう伝えてあるはずだが。」
俺を待っていた3人組の男。関東圏最大の反社会組織【狗虎會】の連中だ。
真ん中のワックスの効いた赤髪は幹部とはいかないまでもそこそこの地位の男。
俺が幹部から金を借りるその場にも居合わせていた。
「いや、今日はそっちの用事じゃねェ…。」
「どういうことだ?」
意味がわからない。その用事以外で俺に用事はないはずだ。
俺が迂闊だったと後悔する数瞬前の思考がそれだった。
「何、を……!?」
気が付いた時には遅かった。俺の脇腹には彼の構えたナイフが深々と突き刺さる。
困惑が頭の中を埋め尽くす。一体俺が何をしたというのか。
赤髪は俺の耳元で呟くように真意を告げる。
「さよならを言いに来たのさ。」
◇◇◇
金のスーツの男、その側近の大鵺、そして若葉を乗せた車は金閣町に到着した。
中央商店街にほど近い場所にある寂れたオフィスにはこんな時間でも明りが灯る。
若葉がそちらを見向きもしないことに金のスーツの男は不愉快と鼻を鳴らす。
彼女の反応は人間のものというには余りにも冷たく無機質だった。
「大鵺、女を連れてこい。」
「はい。」
金のスーツの男はカギのかかっていない扉を開く。
中では如何にもガラの悪い茶髪のチャラチャラした男がソファでくつろいでいた。
茶髪の男は帰ってきたオフィスの主を見やると軽く声をかける。
「あら、おかえんなさい、センセイ。」
「そっちの仕事は?」
「ああ、たった今連絡が来たよ。ちゃあんと海に沈めたってサ。」
聞いていて寒々しくなる内容を茶髪の男はさも当然のように話す。
「そいつが持ってた金はウチで貰って良いんでしょ?」
「それが今回の件の報酬だからな。好きにしろ。」
「上がれ。靴を脱げ。」
後ろから大鵺の低い声が聞こえ、茶髪の男はそちらを見やる。
茶髪の男の視界に伸びた長髪と目元まで隠れた前髪の女が入る。
見るからに幸の薄い彼女は黙ったまま大鵺の指示に従い靴を脱いで玄関を上がる。
「へー、ブッサ。」
「……ワシの憂さ晴らしが済むまで手は出すなよ。」
金のスーツの男は茶髪の男を見下げながら釘を刺す。
「オッサン、あんなガキが好みなんだ?」
金のスーツの男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「先生、それでこれは如何ほどに?」
大鵺が金のスーツの男に尋ねるのは手首を掴んでいる彼女、若葉だ。
「空いている部屋に放り込んでカギをかけておけ。後で話もしなくてはな。」
「進め。」
大鵺は男の言葉の通り、若葉を連れて階段を上がっていった。
「で、ありゃあどこの誰よ。ウチに探させてたやつ?」
「そうだ。かつてワシに恥をかかせた女の娘よ。」
茶髪の男はそれを聞きながらケタケタと笑う。
「執念深すぎっしょ。政治家の恨みって怖えー。」
「屈辱に歪む顔で泣き喚く様でも見てやるつもりだったが…。」
大鵺と若葉の行った方を向き金のスーツの男は舌打ちをする。
「ああ、あれじゃあ俺も勃たねえ。マグロ相手のがマシ。」
金のスーツの男の不快そうな顔を見ながら茶髪の男は笑う。
「しばらくコキ使って、時々サンドバッグにでもなってもらうとするか。」
「ぎゃはははは、時々ってもオッサンいつもイラついてるっしょ?」
茶髪の男は金のスーツの男をからかうように笑う。
「寧ろあのツラを見てるだけでイラついてくるわ。ガハハハハ。」
金のスーツの男も茶髪の男に合わせるように大口を開けて笑う。
「逆にあれ、どんだけ痛めつけたら泣くか楽しみじゃね?」
「ほう?良いことを言うな。では試しに泣いて懇願するまで殴ってみるか。」
狂気に満ちた二人の笑い声がオフィスを満たす。
日付はとっくに変わりデジタル時計が示すは土曜日の午前3時。
夜明けはまだ遠い。




